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にんべん「つゆの素」 老舗260年目の産業革命 けいざい半世紀(2)

2015/1/30

 毎年、多くの商品が登場する半面、ひっそりと姿を消すものもあります。一方、変化の激しい世の中で半世紀も支持を集め、存在感を発揮している商品やサービスもあります。新コラム「けいざい半世紀」では“長寿”商品・サービスを題材に、成長や生き残りの秘訣を探ります。

江戸時代後期から大正の関東大震災まで使われていた「にんべん」本店(東京)

 寒い時期には鍋や煮物が恋しくなる。その時簡単に味を調えてくれる「めんつゆ」調味料は自宅に欠かせない。東京・日本橋に本店を置くにんべんが「つゆの素(もと)」を本格発売したのが1965年(昭和40年)4月。今も人気商品としての存在感は抜群だ。天然だしを素材にした商品は日持ちがしない――。当時の常識を破った業界の産業革命だった。

 にんべんは1699年(元禄12年)に設立した「315年」企業。ここまで歴史を正確に遡れる企業は多くない。1673年(延宝元年)に創業したという三越(現・三越伊勢丹)などとともに老舗中の老舗だ。三重県四日市市出身の初代・高津伊兵衛(当主は代々名前を継承)が日本橋に店を構え、贈答品としての高級カツオ節市場を開拓。小説「商人(あきんど)」(ねじめ正一・著)のモデルとなった3代伊兵衛が日本橋の名店としての基礎を築いたという。江戸後期には現在のギフト券のような商品券も発行している。ただ1960年代半ばの「めんつゆ」市場には各メーカーが参入しており、にんべんは出遅れ組だった。すでにキッコーマンなど醤油(しょうゆ)業界を中心に濃縮のめんつゆが市販されていた。

現在の「つゆの素」。発売から半世紀を迎えた

 戦後の高度成長期には「三種の神器」と呼ばれた電気洗濯機、電気冷蔵庫、白黒テレビに加えて、家庭の食卓を大きく変えたいわば「4番目の神器」があった。自動式電気釜である。東芝が55年(昭和30年)に発売した自動式電気釜は、一時は生産が追いつかず63年までに総生産台数500万台を超えるヒット商品に成長したという。主婦は以前のように、ごはんが炊けるまで「かまど」の前に居続けなくても済むようになった。

 当時の食品メーカーにとって欠かせぬキーワードは「家事の時間短縮」となった。どれだけ調理を簡便化できるかだ。「だし」を食事ごとに醤油やみりん、砂糖などでつくる手間暇は、もう許されない。

 ただ当初のめんつゆは品質を長く保てるよう4~8倍の希釈使用と高濃縮に仕上げてあり、人工調味料などで味を調えていたという。カツオ節の天然だしを加えれば格段に味わいは良くなる。しかし天然だしは「アシが早い(腐りやすい)」が食品業界の常識だった。にんべん経営企画部の戸田山伸一部長は「最初から天然だしを使う発想がなかったようだ」と言う。「動物性たんぱく質の天然だしは『めんつゆ』には使えないと当時は業界全体で考えていたのではないか」(戸田山部長)。にんべん自身も例外ではなかった。

 意外なところからにんべんは背中を押された。設立約10年の新東亜交易から新商品開発の提案があったのだ。にんべんとの取引額は当時月間20万円程度。これを飛躍的に伸ばそうと考えたのが「にんべん」ブランドを利用しためんつゆ新商品の共同開発だった。「開発不可能」とにんべん側は断ったが新東亜交易側は諦めない。結局、にんべんの研究室でとりあえず試作品をつくってみることとなった。ベンチャー企業のアマチュア的発想が江戸時代からの老舗を動かした。

1960年代の「つゆの素」を紹介するチラシ

 研究室ではカツオ節利用の製品として「煮物および麺用つゆ」は以前からテーマのひとつとして挙がっていたという。カツオ節や醤油の素材、殺菌の方法、容器の密封性などの過程を一から再検討してみると、予想に反して(?)商品化が不可能ではないことが分かってきた。老舗企業が約260年目に気づいた、ちょっとした「産業革命」だった。市販品との違いをはっきりさせるため、商品化には色々な料理に使える万能型のだしにすること、より良い味わいを生み出すようカツオ節と昆布の風味を重視すること、その風味を生かすため濃度を約3倍にまで下げること――などの条件が付いたが、何とかクリアしていった。

 「つゆの素」は本醸造の醤油と砂糖、さらにカツオ節と昆布の相乗効果でおいしさを引き出す。人工調味料などには頼らない。塩分は13%と減塩醤油なみに引き下げた。醤油メーカーの「ちば醤油」と連携し65年3月から量産化をスタートさせた。最初の価格は200ミリリットル瓶65円だった。

第12代・高津伊兵衛前社長

 だが当初は苦戦したという。販売を担当したのは当時企画課長だった12代伊兵衛・前社長。すでに市場に出回っているめんつゆは醤油に人工調味料を混ぜたようであまりおいしくないとの声も上がっていた。加えて天然だしはアシが早いという認識を問屋業界が捨て切れていなかった。問屋回りを続けたものの、目の前で商品サンプルをごみ箱に捨てられたり、納入してもすぐ返品されたりしたこともあったという。65年は実売が約1000ケース(1ケース12本)で、売れ残りもほぼ同じ1000ケースと「さんざんな目に遭った」(にんべん)。

 それでもめんつゆ市場の伸びもあって翌66年には約1万5000ケース、3年目約3万ケースと伸ばしていった。だし味の濃淡などは国内でも好みの差も大きい。「辛口」「2倍タイプ濃厚」「減塩」と品ぞろえも充実させていった。ただ市場拡大とともに天然だしが使えると分かった醤油・だし・酢などのメーカー参入も激しかった。「現在はめんつゆ市場でシェア5位」(経営企画部)

「つゆの素」の海外市場開拓に意欲を見せる高津克幸社長

 万能調味料をPRする墨書の字体、オレンジ色の包装といった外観イメージはこの半世紀でほとんど変わらない。ただ13代伊兵衛を継承することになる高津克幸・現社長は「内容はほぼ10年ごとに変更を加えてきた」と言う。13%だった塩分は現在は10.5%にまで引き下げた。発売10年後の75年には夏のめんつゆとしての用途を広げるため味と風味のバランスを見直した。85年には健康意識の高まりに応じるかたちで砂糖・食塩の使用量を減らす一方、「宗田鰹節」を加えてコクを出した。生まれた時から高津社長の自宅には「つゆの素」が備えてあったという。「食事中に父(12代伊兵衛社長)が『売れるのは2倍濃厚より3倍なんだよな』などとつぶやいていた」という。

 醤油に比べ鰹だしが立ち遅れているのは海外市場だ。和食の国際的な関心が高まるなか、にんべんでも「つゆの素」の海外売上高は全体の約1%、約1億6000万円にすぎない。17年は5億円にまで高める計画だ。「まず北米市場を開拓したい」(高津社長)。これまで販路が日系スーパー向けなどに限られていたが個々のレストラン向けを開拓していく。最終的には「すし」のように米国人の家庭で使われるようになるのが狙いだ。

 そのためにはつゆの素も、煮物やめんつゆ用などだけではなくレシピを広げていく必要がある。高津社長は自宅では厨房に入り鰹節などを使った新作を試すことも少なくない。そのオススメはサラダドレッシング。つゆの素、酢、オリーブオイルを混ぜてつくる。「つゆの素の甘みが隠し味になりますよ」(高津社長)(電子整理部 松本治人)

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