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過重な勉強も虐待か、児童虐待相談は20年で約70倍に

2015/2/19

日経DUAL

 ここ20年、児童虐待の相談件数は約70倍に激増しています。全体の3分の1が「心理的虐待」を占めるなど、内容も変化しています。「過重な勉強や受験も、本来の意味での『児童虐待』に当てはまるのではないか」と教育社会学者で武蔵野大学講師の舞田敏彦は指摘します。

 こんにちは。武蔵野大学講師の舞田敏彦です。児童虐待の英訳をご存じでしょうか。授業で学生さんに尋ねると、かなりの確率で「チャイルド・バイオレンス」という答えが返ってきます。子どもを殴る・蹴るというイメージからでしょうが、これは正しくありません。

 子どもの虐待は有形の暴力だけに限られるのではなく、他にもさまざまなバリエーションがあります。それを示す前に、児童虐待の基礎統計をご覧いただきながら、話を展開していくことにしましょう。

■児童虐待の相談件数は1年で6万7000件に

 まずは、児童虐待の相談件数です。新聞などでもよく見かけるデータですが、図1は、全国の児童相談所が受け付けて、実際に対応した事案の件数のことです。ここからわかるように、この20年間にかけて激増しています。1990年度では1000件ほどでしたが、2012年度では6万7000件にもなっています。近年の少子化傾向にもかかわらず、70倍近くの増加です。

 これは、虐待の実数が増えたというよりも、人々がそれに敏感になり、通報が活発化したことによると思われます。2000年に児童虐待防止法が制定され、その第6条で児童虐待の通告義務が定められたのですが、この時期以降、件数の増加のスピードが増しています。よく「虐待の相談件数が過去最悪に」などと報じられますが、この数が増えるのは悪いことではありません。人々の道徳意識が鋭敏になったことの証でもあるわけですから。

■全体の3分の1が「心理的な虐待」

 ところで、一口に児童虐待といっても、それにはいくつかのタイプがあります。上記の法律で規定されているのは、身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、そしてネグレクトです(第2条)。近年、虐待の相談件数が著しく増えているのですが、増加幅が大きいのはこの中のどれでしょう。図2は、1997年度と2012年度の内訳を比較したものです。

 相談件数の激増もさることながら、タイプの内訳も変わっています。以前は身体的虐待が半分を占めていましたが、最近ではその比重が減じ、代わって心理的虐待のウエイトが高まっています。2012年度では、全体の3分の1が心理的虐待です。

 子どもに暴言を吐く親が増えた、ないしはそれが積極的に通告されるようになったこともあるでしょうが、最も大きな理由は2004年の児童虐待防止法改正です。これにより、「児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(心身に有害な影響を及ぼす言動を含む)」も心理的虐待に含まれることとなりました。子どもの面前での暴力などを伴う深刻な夫婦げんかなども相当するわけです。

■早期受験も「虐待」になりうるか?

 このように人々の道徳意識が鋭敏になり、概念の拡張がなされるのは結構なことですが、そもそも児童虐待とは何かという原義(もともとの意味)に遡ると重要な部分が抜け落ちていることに気づきます。ここで冒頭のクイズの答えを申しますが、児童虐待を英語でいうと「チャイルド・アビューズ(child abuse)」です。abuseを分解すると「ab(異常に)+use(扱う)」ですから、この言葉のもともとの意味は、子どもを異常な仕方で扱うこと、すなわち「児童乱用」のようなものということになります。

 昔は、この意味合いで児童虐待という語が使われていました。朝日新聞の新聞記事データベースからは、「児童虐待」というキーワードの最も古い記事として1906(明治39)年9月12日の「児童虐待の弊」という社説が出てきます。そこでは、児童虐待の主要類型として3つが挙げられています。

 記事の筆者は、「以上の三項を以て、わが少国民に対する現代社会の虐待と為し、国民体力の発達を阻害し、帝国将来の運命にも関する重大の事項なるを信ずる」と述べています。

 当時から100年以上経った現在にあっても、これらに類する事態は見受けられます。子が望まぬ早期受験を強制することなどは、上記の(2)に相当するといえるでしょう。過去の記事で、小・中学生の自殺原因として「学業成績」「親の叱責」「入試の悩み」が多いことをみたのですが、こうした潜在的な虐待に苦しんでいる子どもは決して少なくないと思われます。

 先ほど述べたように現行法では児童虐待のタイプとして4つを想定しているのですが、もともとの意味に近い「児童乱用」というのも加えたらどうかと、個人的には考えています。工場で長時間働かされるような「abuse」はほぼ皆無になりましたが、今日では別の意味の「abuse」が生じる条件が強くなってきているのですから(子どもの早期受験など)。

 われわれは今、児童虐待という言葉の原義に思いをはせるべきではないでしょうか。

舞田敏彦
 1976年生まれ。東京学芸大学大学院博士課程修了。博士(教育学)。武蔵野大学、杏林大学兼任講師。専攻は教育社会学、社会病理学、社会統計学。著書に『教育の使命と実態』(武蔵野大学出版会)、『教職教養らくらくマスター』(実務教育出版)など。近著は『平均年収の真実 31の統計から年収と格差社会を図解【データえっせい】』(impress QuickBooks)。

[日経DUAL2014年12月18日付の掲載記事を基に再構成]

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