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10歳で誘拐、地下室に8年監禁されたウィーンの少女 ありえない生還劇

2015/1/18

ナショナルジオグラフィック日本版

 1998年3月1日の朝、オーストリアのウィーンに暮らす少女、ナターシャ・カンプシュは、かばんに勉強道具を入れ、いつものように学校に向かった。ところがそれ以来、彼女は8年にわたって家族の前から姿を消してしまう。ナターシャは10歳だった。

ウィーンの街並み。(S-F/Shutterstock)

■警察、痛恨のミス アリバイのない男の説明を信じる

 ナターシャが白いマイクロバスに引きずり込まれるのを見たと、12歳の目撃者が証言した。警察は大がかりな捜索を開始し、776台のマイクロバスを調べた。その中にはボルフガング・プリクロピルの車もあった。彼はナターシャが暮らす家から30分ほどのところに住む元エンジニアだ。

 プリクロピルにはアリバイがなかった。マイクロバスを所有していることを認めたが、仕事でいろいろなガラクタが出るので、それを自宅に持って帰るのに必要なのだと主張した。警察はその説明を真に受けた。

 ナターシャは誘拐された時にパスポートを持っていたので、警察は国外にも捜索の輪を広げた。しかし、それ以上手がかりはつかめず、結局、彼女の行方はわからなかった。

■広さ5平方メートル、地下室に8年間

 プリクロピルは、ガレージ下の窓のない防音の地下室にナターシャを閉じ込めた。広さはわずか5平方メートルで、扉は鋼鉄で補強されたコンクリート製だった。この出入り口は金庫で塞がれていた。

 「お前はもうナターシャじゃない。俺のものだ」

 その後の6カ月間、この小さな部屋が彼女にとっての全世界となる。のちに、プリクロピルは彼女が一時的に上の階で過ごすことを許したが、眠るときと、自分が仕事に出かけるときは、必ず地下室に戻した。加えて、家のドアと窓には強力な爆薬が仕掛けてある、逃げようとしたら持っている銃で撃ち殺す、と脅していた。

 ナターシャは誘拐犯に絶対服従の生活を強いられた。家の中では、プリクロピルのきっちり1メートル後ろを歩くよう強制された。たびたび殴られ、歩けなくなることもあった。眠っているときは手錠をかけられた。髪をそられ、奴隷として家事をさせられた。

 プリクロピルは少女の望みをすべて打ち砕こうとして、お前の家族は身代金の支払いを拒否しており、お前を「厄介払いできて喜んでいる」と告げた。ナターシャは16歳になっても、体重は38キロ足らずだった。プリクロピルはナターシャをいつも空腹の状態にしておき、衰弱させて逃げられないようにしていた。

 肉体的、精神的に虐待されていただけでなく、ナターシャは孤独にも苦しめられていた。深い孤独のあまり、誘拐犯と少しでも長く、一緒にいようとさえした。

 「誘拐犯が帰ってくると、自分をちゃんとベッドに連れて行って、お休み前のお話をしてくれるように頼みました。お休みのキスまでねだりました。どうにかして自分は普通の生活をしているんだと思い込もうとしたのです」

■独学で勉強、不屈のサバイバル・スピリット

 まだ幼く無力だったにもかかわらず、ナターシャの中には、屈することを拒む何かがあった。監禁生活の最初の数年間、塀に水のボトルを投げつけて、通行人の注意を引こうとした。脱出が不可能だとわかると、状況を改善するため独学で勉強した。プリクロピルが持ってくる2、3冊の本や新聞をむさぼり読み、ラジオはいつも教育番組やクラシック音楽番組を聴いていた。

 「独学で勉強し、技術を身につけようとしました。編み物も自分で覚えたんです」

 18歳の誕生日が過ぎると、ナターシャはプリクロピルのすぐ横について、外に出ることを許された。ただし、ちょっとでも声を出したら撃つと脅された。

 「それから彼は私の首をつかんで流し台まで引っ張って行くと、頭を水に押し込んで、気を失いそうになるまで首を絞めました」

 2006年8月23日、ナターシャは庭でプリクロピルの車の掃除をしていた。午後12時53分、携帯電話が鳴ったため、プリクロピルは掃除機の騒音から離れた場所に移動して電話を受けた。ナターシャはチャンスだと思った。掃除機を地面に置くと、走って逃げた。

 プリクロピルはナターシャが出て行くのを見ていなかった。電話をかけてきた相手はのちに、電話を終えるとき彼は落ち着いていたと語っている。おかげでナターシャは非常に有利なスタートを切ることができた。何年ものあいだ、これほど速く脚を動かしたことはなかった。

 郊外の住宅の庭を200メートル駆け抜け、フェンスを跳び越え、通行人に警察に電話するよう頼んだ。なかなか本気にしてもらえず、脱出から5分後、ある家の前に立ち止まり、必死で窓をたたいた。

 その家に住む71歳の婦人は、だらしない格好をした青白い顔の若い女がこちらをのぞき込んでいるのを見て、面食らった。「ナターシャ・カンプシュです」と女は言った。

 婦人が警察に電話をかけると、数分後には警官が到着し、ナターシャを保護した。ナターシャは体の傷痕とDNAテストによって正式に身元が確認された。のちに警察は、彼女が監禁されていた部屋で、1998年発行のパスポートを発見した。

 ナターシャの健康状態は総じて良好だった。ただし、体重はたったの48キロで、身長も誘拐されたときから15センチしか伸びていなかった。

 警察に追われていることを知ったプリクロピルは、ウィーン北駅の近くで列車に飛び込んだ。彼は何年も前に、当局が自分を「生きて逮捕することはない」とナターシャに言っていた。

■新たな生活が始まった…

 苦しい試練の間もずっと、何かがナターシャの生きる力になっていた。警察は彼女の知性と語彙力に舌を巻いた。ナターシャは虐待にもかかわらず、誘拐犯に同情し、「かわいそうな人」と呼び、プリクロピルが死んだと聞かされると涙を流した。

 ナターシャは新しい生活になじんでいるようだ。2008年には、自分がたいへんな苦難を経験した家を購入し、時おり訪れた。2008年6月1日には、オーストリアのテレビで、自身がホストを務めるトーク番組が始まった。

(日経ナショナル ジオグラフィック社)

[『本当にあった 奇跡のサバイバル60』を基に再構成]

本当にあった 奇跡のサバイバル60

著者:タイムズ
出版:日経ナショナルジオグラフィック社
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