コロナ、感染したらワクチン不要? 接種勧める専門家
すでに新型コロナウイルス感染症(COVID-19)にかかったことがある人も、ワクチン接種を受ける必要があるのだろうか? 新型コロナウイルスワクチンの接種が鈍化しているなか、感染者がまた増え始めた米国で、くすぶり続けてきたこの疑問が再浮上している。
自然免疫は水痘(水ぼうそう)、麻疹(はしか)などの病気に対して強い力を発揮する。麻疹に感染して回復すれば、ワクチン接種に匹敵するか、場合によってはそれ以上の免疫を獲得できると、米ジョンズ・ホプキンス大学ブルームバーグ公衆衛生大学院の小児科医ルース・カロン教授は話す。
だが当然ながら、患者はまず生き延びなければならない。
また、新型コロナにかかって獲得した免疫が、ワクチン接種によって得た免疫と同じくらい強力かどうかはまだはっきりしていない。今のところ、現行のワクチンはデルタ株のような感染力の強い変異株に対しても、重症化や死亡を防ぐ効果が高いことが明らかになっている。
さらに、新型コロナにかかったことがある人は、米モデルナ製や米ファイザー製のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンを1度接種するだけでも免疫が強化されるという研究結果もある。
「まだワクチン接種を受けていない人は全員、できるだけ早く受けることをおすすめします」と米フレッド・ハッチンソンがん研究センターの研究者アリソン・グリーニー氏は呼び掛け、ワクチンは「とても危険なウイルスから私たちを守ってくれます」と言い添えた。
ワクチンの抗体は変異にも強い
大学院生のグリーニー氏が率いる研究チームは、ワクチンが自然感染よりも優れた免疫をもたらすと示唆する論文を2021年6月30日付で学術誌「Science Translational Medicine」に発表した。研究チームは、COVID-19から回復した人々と、モデルナの第1相臨床試験で同社のmRNAワクチンを2回接種した人々の抗体を調べた。
その結果、どちらのグループも新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の「受容体結合部位(RBD)」を標的とする抗体を持っていた。RBDはウイルスのスパイクたんぱく質に存在し、ヒトの細胞表面にある受容体たんぱく質(ACE2)と結合するところだ。両者が結合するとウイルスはヒトの細胞に侵入し、感染を引き起こす。もし抗体がRBDに付着すれば、ウイルスを無力化できる。
COVID-19から回復した人の抗体は主に、RBDのなかでもE484という部位の周辺に結合していることが判明した。一方、ワクチンを接種した人の抗体はRBDのより広い範囲に付着していた。つまり、E484に変異をもつベータ株(南アフリカで初確認)やガンマ株(ブラジルで初確認)、近くのL452に変異をもつデルタ株(インドで初確認)などで、変異のない領域もターゲットにできるということだ。
SARS-CoV-2にとってRBDは最も弱い部分なので、分子に細工を施し、抗体に見つからないようにしているのだと、感染症と微生物学を専門とする米ピッツバーグ大学のエイミー・ハートマン准教授は説明する。しかしmRNAワクチンは、RBDを標的とする強力な抗体を誘導するようにつくられている。さらに、mRNAワクチンの免疫は「多くの場合、自然免疫より強固」であることを今回の発見は示唆しているとグリーニー氏は述べている。
新型コロナウイルスワクチンが重症のCOVID-19から回復した人と同等またはそれ以上の「抗体レベルを確実に誘導」することはすでにわかっていたとカロン氏は言う。なお、氏は今回の研究には関わっていない。グリーニー氏らの研究は、ワクチン接種によって「より多くの、より良い抗体が得られる」ことを示唆しているとカロン氏は分析する。「つまり、量と質の両方です」
目標は感染防止ではなく重症化の阻止
ただし、COVID-19の自然免疫は強固だと主張する研究結果もある。7月14日付で学術誌「Cell Reports Medicine」に発表された研究では、COVID-19から回復して最大8カ月後の254人を評価し、「持続的で広範な免疫反応」が確認された。軽症で済んだ人も例外ではなかったという。
1度かかれば長く持続する免疫が得られる病気は他にもある。例えば、水痘に感染した人は多くの場合、生涯にわたる免疫を獲得し、かゆみを伴い死に至ることもあるこの病気と無縁になる(編注:ただしウイルスは治癒後も体内に潜伏し、のちに帯状疱疹(ほうしん)として再発することがある)。ワクチンで同様の免疫を得るには、数年の間隔を置いて2度接種する必要がある。
水痘ワクチンが開発される前、米国では毎年約1万人の子どもと大人が入院し、肺炎やウイルス血症などの合併症で苦しんでいた。
米マウントサイナイ医科大学のシャーロット・カニンガム・ランドルズ教授はSARS-CoV-2について、「この特定のウイルスに関する手持ちの知識からは、(ワクチン接種と自然免疫の)どちらが優れているかを断言することができません」と述べている。
ただし、次のように補足した。「このウイルスに感染した人はワクチン接種を受ける必要はない、と言えるだけのデータを集めた人もいないと思います」
またカロン氏は、SARS-CoV-2の「大きな未解決の謎」として、なぜ無症状や軽症で済む人がいる一方で、重い症状に苦しむ人がいるのかという点を挙げている。同様に、一部の人々ではなぜ、どんな場合に他の人々より強い免疫反応が起きるのかについて、科学者たちはいまだに解明できずにいる。
例えば、ハートマン氏によれば、回復者のなかにはCOVID-19に対する有効な免疫を獲得する人がいる一方で、抗体レベルが急速に低下する人もいることを示唆する研究結果がある。科学者たちはこの他にも、ワクチンや自然免疫の効果はどれくらい持続するかといった重要な疑問の答えを求め、今もデータを集めている。
ワクチンを接種すれば、大半の人には確実に強い免疫反応が起こる。すでにCOVID-19にかかったことがある人も例外ではない。回復者はmRNAワクチンを1回接種するだけで、感染したことがない人が2回接種した場合と同等の抗体レベルに高まることが、4月1日付の学術誌「Nature Medicine」や4月15日付の学術誌「Science Immunology」に発表された論文など、複数の研究によって示されている。
米国では現在、COVID-19で入院した人の97%以上はワクチン接種を受けていない。ワクチン接種済みで感染した人も少しはいるものの、いずれも症状は圧倒的に軽い。サウスカロライナ州選出のリンジー・グレアム上院議員(共和党)は20年12月にワクチン接種を受けたが、21年8月2日、検査で陽性反応が出たことを発表した。検査前の症状は軽かったという。
グレアム氏は声明で、「ワクチンを接種していて本当に良かったです」と述べている。「もしワクチン接種を受けていなかったら、今のような体調ではいられなかったはずです。症状ははるかに重かったでしょう」
「多くの病原体にとって、私たちはどちらかと言えば弱い存在です」とカロン氏は話す。エイズやマラリアなど、「一度たりとも感染したくない」病気もある。「しかし多くの病原体、特にSARS-CoV-2のような呼吸器病原体については、私たちの目標はもう少し控えめです。私たちの目標は(感染しないことではなく)重症化や死亡を防ぐことです」
(文 JILLIAN KRAMER、訳 米井香織、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2021年8月7日付]
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