電動キックボードで最高時速50キロ 怪物ぶりを検証
新たな移動手段として注目を浴びる電動キックボード(キックスケーター)。さまざまな製品が登場する中、ひときわ異彩を放つのが「ZERO10X」だ。見た目は普通の電動キックボードだが、前後にモーターを装備し、最高時速は何と50キロメートル。運転には小型二輪免許が必要というモンスターマシンは一体どんな乗りものなのか、試乗して確かめた。
扱いは「原付二種」、小型二輪免許以上が必要
思ったより大きいな――それが最高時速50キロメートルの電動キックボード「ZERO10X」を初めて見たときの印象だ。事前の写真では、サスペンション付きのちょっと頑丈そうな電動キックボードくらいの印象だった。ところが実物を見てみると、形こそこれまで乗ってきた電動キックボードに似ているが、タイヤ、サスペンション、ステップボードなど、すべてのサイズが一回り大きい。これまでの電動キックボードとは明らかに違う迫力があった。
このZERO10Xは、日本では公道走行可能な電動キックボードの専門店SWALLOW(川崎市)が取り扱っている。そこで今回は同社を訪ね、試乗させてもらうことにした。
ZERO10Xは法律的には125cc以下のバイクと同じ「第二種原動機付自転車(原付二種)」となる。普通運転免許では乗れず、小型二輪免許以上が必要になる。原付二種は高速道路こそ乗れないものの、速度制限は時速60キロメートルで、50cc以下の「第一種原動機付自転車(原付一種)」に課せられる二段階右折も不要。比較的手軽に免許を取得できることから、バイクでは最近人気が高まっているカテゴリーだ。
SWALLOWの代表を務める金洋国氏は、もともとソフトウエアエンジニア。2018年に出張で訪れた米国でシェアリングサービスを体験し、電動キックボードの可能性に魅了された。これを日本でも広めたいと考え、帰国後すぐに事業コンセプトを考えた。当初は米国と同様のシェアリングやレンタルサービスを念頭に置いていたという。
そんなときにインターネットで見つけたのが、シンガポールの電動キックボードメーカー、Falcon PEVだ。連絡してみると印象が良かったため、数日後には現地へ飛んだ。現地では社長に温かく迎えられ、製品も信頼が置けるものだったことからタッグを組むことにした。
19年ごろからは、サービスのコンセプト実証のために、横浜で試乗会を開催し、電動キックボードを友人たちや、通りがかりの人に試してもらった。試乗した人たちに感想を聞くと、多かったのは「売ってほしい」という熱心な声だった。
19年11月には、リニューアルオープンした渋谷パルコで電動キックボードを展示する機会にも恵まれた。試しに出展してみたら、1週間で60台もの予約が集まったという。そこで金氏はサービス提供から電動キックボードの販売へとかじを切った。
こだわったのは「公道走行可能」という点だ。警察庁をはじめとする関係機関に何度も問い合わせ、慎重に対応を進めた。現在SWALLOWでは、普通自動車免許で乗れる原付一種の「ZERO9」と、原付二種の「ZERO10X」の2車種を取り扱っているが、いずれもナンバーを取得して公道走行可能だ。
それでは、試乗リポートに移ろう。運転方法は一般的な電動キックボードと同じで、右手親指でスロットルレバーを押し込んで加速する。ブレーキは自転車と同様ハンドル左右に取り付けられたブレーキレバーを握ればよい。
軽く地面を蹴って勢いをつけ、スロットルレバーを慎重に押し込みながら飛び乗ると、ZERO10Xはするすると加速した。ZERO10Xは前後2つのタイヤにそれぞれモーターを搭載し、モーター1つだけで走行するシングルモードと、両方のモーターで駆動するデュアルモードの2種類の走行モードがある。
まずは機体に慣れるためにシングルモードを選択した。
シングルモードとはいえ、走りは予想以上に力強い。それもそのはず、モーターの出力はそれぞれ500ワットと、電動キックボードの中でも力強い部類に入るのだ。デュアルモードにすれば、合計1000ワットという強大なパワーを発生する。日本では原付一種は600ワット以下、原付二種は1000ワット以下と定められているから、上限ギリギリだ。
安定感抜群だがスキルが求められる
10インチという大きいタイヤを装着し、足を乗せるステップボードには高さがある。このため、走行中は視点が高く見晴らしがいい。その分、信号待ちなどで足を着く際は、大げさにいうと階段を一段下りるような感覚だ。
前後のタイヤには深くストロークするサスペンションが装着されており、路面からの衝撃を柔らかく受け止めてくれる。これなら荒れた路面やちょっとした未舗装路でも走れるはずだ。安定性が高く、スピードを出してもハンドルがグラグラするようなことはない。一般的な電動キックボードをコンパクトカーとすれば、ZERO10Xは大型セダンに乗っているような感覚だ。
その感覚は、カーブを曲がるときにより強く感じる。一般的に電動キックボードはホイールベース(前輪と後輪の間の距離)が短く、タイヤも小さいためキビキビと走り、小回りも得意だ。だがZERO10Xはとにかく安定していて、まっすぐ走りたがる。このため、曲がるときにはしっかりブレーキをかけ、車体を倒して曲げる必要がある。自由自在に乗りこなすには、より乗り手のスキルが求められる印象だった。
時速50キロを出すには練習が必要
慣れたところでデュアルモードにしてみたが、公道ではフルパワーを使う機会はないかも、と思うほど強烈に加速する。特に恩恵を感じたのは、上り坂のとき。他の電動キックボードなら速度が落ちてしまうような坂でも、ZERO10Xは余裕たっぷりだ。原付二種ということで、法規上はZERO10Xは右車線を走ったり、右折レーンから右折したりすることもできる。そんな場面ではこのパワーは高い安心感につながる。
ただ最高時速の50キロメートルを出すには、しっかりとした練習が必要だと感じた。というのも電動キックボードは、シートに座った姿勢で乗るバイクと違い、体の支えが少なく不安定なのだ。特に高い速度からブレーキをかけるときは、ハンドルを握る両手で自分の体重の大部分をしっかり支える必要がある。これが時速30キロメートル程度なら何とかなるかもしれないが、時速50キロメートルともなると、しっかり腰を落として安定した体勢を取る必要があるだろう。
ZERO10Xを乗りこなすには、相応のスキルが要求される。今回の公道の試乗では、とてもその実力をすべて引き出せなかった。だが、車体は35キログラムとバイクと比べれば圧倒的に軽く、電動ならではの大きなトルクも相まってその動力性能は高い。自在に乗りこなせるようになれば、電動キックボードならではの爽快な走りが楽しめるだろう。
ちなみにZERO10Xの航続距離は、シングルモードで約60キロメートル。デュアルモードにすると約30キロメートルと、日常の使用でも少し心もとない距離となってしまう。普段の移動にはシングルモードを使い、走りを楽しむとき、オフロードを走るときなど、ここぞという場面でデュアルモードを使うのが現実的かもしれない。大柄な車体だがハンドルポストを折りたためるから、クルマに積んで運ぶこともできる。
走りを楽しむZERO10Xと、街乗りに便利なZERO9
さて、ZERO10Xの試乗後、原付一種のZERO9にも試乗した。乗ってみてすぐ感じたのは、その軽やかさ。車体重量は18キログラムとZERO10Xの約半分だ。自由自在に走り回ることができ、小回りも利く。電動キックスクーターを日常の移動手段として捉えると、これくらいのスペックが最適解なのかもしれない。
以前は、最高速度30キロメートルのモビリティーは、原付一種のスクーターが受け持っていた。長く庶民の足として親しまれてきた「原付き」だが、度重なる排ガス規制による価格高騰や取り締まりの強化など、多くの要因により減少の一途をたどる。日本自動車工業会によると、30年前は100万台を超えていた販売台数が、19年には約13万台まで縮小。だが普通自動車免許で乗れるパーソナルモビリティーとして、生活や仕事のためにこのカテゴリーの乗りものを必要としている人はまだまだいるはずだ。
そんな原付一種の枠に、ZERO9のような小型電動モビリティーはぴったりはまるのではないだろうか。電動モビリティーは航続距離こそまだ短いものの、ガソリン補給が不要、車体が軽く扱いやすいなど、エンジンにはないメリットもある。
一方、ZERO10Xは日常の足としてはオーバースペック。だが圧倒的なパワーで「走る楽しさ」を感じられる。大型バイクのように趣味性の高い乗りものだ。SWALLOWの金氏は「ZERO 10Xはもっと速いのが欲しい、という人に向けたニッチな製品」だと考えている。走りを楽しめるZERO10Xと、街乗りに便利なZERO9。電動モビリティーの多様な可能性をそこに見た。
(文・写真 ライター 出雲井亨)
[日経クロストレンド 2021年6月22日の記事を再構成]
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