オンライン学習の効果は? 英検合格者が倍増の学校も
政府は全国の小中学校でタブレット端末やパソコンの配備を進めています。新型コロナウイルスの感染拡大で、従来の計画を前倒しし、3月末には「1人1台」を達成するとの目標を掲げます。子どもたちが学習用端末で授業や宿題に取り組むオンライン学習にはどんな効果があり、課題は何でしょうか。先行する学校を訪ねてみました。
私立の中高一貫校、安田学園(東京・墨田)は2020年3月から教育ソフト「モノグサ」を活用した英語のオンライン学習を始めました。当時は新型コロナの感染拡大に伴う休校期間で、生徒が家庭にあるスマートフォンから小テストに答えるという形でのスタートでした。
ソフトの特徴は、テストの内容が全員一律の内容ではなく、生徒の理解度に合わせて難易度が変わることです。教師は、それぞれの生徒が単語や構文をどこまで覚えたかを即座に把握することができ、遅れている生徒には激励のメッセージを送ることもできます。
効果は英語検定の合格率にあらわれました。中学2年の約90人のコースでは、21年1月時点の英検3級の合格率が前年の59%から93%に上昇。高校2年の約70人のコースでも準2級の合格率が34%から80%に上がりました。進路指導部の市川祐部長は「生徒一人ひとりの家庭学習の様子が可視化できる」とソフトの利点を挙げています。英語に加えて国語や数学など5教科で活用しているそうです。
公立の学校ではどうでしょうか。埼玉県飯能市は20年8月末までにすべての公立小中学校にタブレットを配布し、9月からオンライン学習を始めました。市立富士見小学校では約520人の児童が、自分の考えや意見をタブレットに書き、先生やクラスの仲間と共有できるアプリを使っています。
意見を口に出して言いにくい児童も、タブレットに書くことで「コミュニケーションが活発になった」と同校の浅沼健一校長は話します。先生の側にも、紙のノートを集める手間が省けるといった利点があるそうです。ただタブレットは終日ネットに接続可能なため、先生と児童のやりとりが夜間に及ぶこともあります。特に心身の不調で学校に来られない児童との交信には大いに役立つ半面、「長時間労働につながる恐れもある」(浅沼校長)といいます。
オンライン学習には、子どもの能力や状況に合わせた対応が可能になる利点と、それに伴う課題があるようです。東京大学の山口慎太郎教授は「ソフトを生かし、個々の生徒に最適なレベルで教えられる環境を整えられるかどうかが成功のカギとなる」と話していました。
山口慎太郎・東京大学教授「教育、多様性の尊重を」
経済学の立場からオンライン学習の効果について研究する東京大学の山口慎太郎教授に、新しい学び方について聞きました。
――オンライン学習について経済学ではどのようなことがわかっているのですか。
「主に大学生を対象にした研究では対面とオンラインとで効果に大きな差はない。一方、昨年の休校期間中に教育ソフトを用いた学習状況を調べると、中高生でオンライン学習の利用時間が伸びていたことがわかった。学校での学びを一定程度、補っていた状況がうかがえる。さらに教師からソフトを通じて生徒に送るメッセージの数も増えていた。メッセージの数が多いほど学習時間の伸びも大きいという相関関係も確認できた」
――子供の学力にもたらす影響はどうでしょう。
「海外でもパソコンを子供に配る政策が導入されてきたが、配るだけでは成績が良くならないことがわかっている。一方、子供一人ひとりに合わせた出題ができるソフトを導入すると、数学の成績がよくなったという研究結果がある」
「従来の教室での学びは、全員に一斉に同じ教え方をする前提だった。先生は生徒の学力に個人差があることに気づいてはいても、きめ細かい対応はとりにくい。ソフトを用いれば同じ時間帯に生徒それぞれの進度に応じた学び方ができる。『個別最適化』とよばれる学び方で、特に学力が低い層に効果があることが知られている」
――日本の児童・生徒も1人1台タブレットなどを持つことになります。
「これまでの教育は全員一律の傾向が強かったが、対面の学びが得意な子もいれば、コンピューターを使った方がよい子もいる。人によって最適な学び方は異なるかもしれないという前提に立ち、多様性を重んじる方向に教育界全体が進んでほしい」
――大学の授業もオンライン化されましたね。
「私の授業を履修した学生にアンケートしてみると、大人数での講義は対面よりオンラインの方が評価が高かった。移動時間を節約できるし、匿名のチャット形式で質疑も活発に交わせる。リアルタイムでは100人しか受講していないのに、動画の再生回数が500回という授業もあった。運動部の朝練で早朝の授業は出られなかったという学生も、録画を見られれば履修することができる」
「ただし少人数の講義は『授業の前後に雑談をしたい』など、対面を求める学生の要望があった。こうしたコミュニティーとしての大学の機能は絶対に必要だ。何でも対面が良いわけではないし、逆にすべてがオンラインで良いわけでもない」
(高橋元気)
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