香取慎吾 三谷さんはいいときほど何も言ってくれない
『誰かが、見ている』研究(中)
三谷幸喜が脚本・演出、香取慎吾が主演のシチュエーションコメディ(シットコム)『誰かが、見ている』(Amazonプライム・ビデオ)。香取ふんする、予想もしない失敗を繰り返すフリーターが巻き起こすドタバタ劇だ。香取が作品への思いや三谷との関係性を語ってくれた。
香取が初めて主演で三谷と手合わせしたのは18年前、フジテレビで半年間放送されたシットコム『HR』。以降、大河ドラマ『新選組!』の近藤勇役など、三谷作品では基本的に、周りの強烈なキャラクターに振り回される"受け身"の役だったのだが、今回は自らが事件を巻き起こす"火付け"の役どころ。新たな課題に、どう対峙したのだろうか。
「シットコムって、18年前に初めてやらせてもらった時は、きっとこれを機に日本にこのスタイルがあふれて、いろんな作品が見られるようになるんだろうなと思ってたんですけど……そうはならなくて(笑)。ドラマだけど一発本番で作っていく楽しさがあるし、またやりたいなと思っていたんですが、今回、三谷さんにとって初めての配信という場所でかなってすごくうれしいです。
でも僕、舞台自体は苦手意識があるんですよ。やっばり緊張するから。なのにシットコムは好き。テレビで育ったので、カメラ位置を感覚的に把握しながら動くのとかが好きなんですよね。"今こう映ってるな"って分かるから。シットコムはその作業をしつつ、お客さんの反応も見ながらだからより難しいけど、それに挑戦するのがワクワクするんだと思います。
これに近いのはコントかな。お客様はいないけれど、目の前にたくさんのスタッフさんがいて、その笑い声を聞きながら芝居していたりするからでしょうね。とにかくシットコム、好きですね。
でも今回は、あまりに今までの役と違って、"どうしてほしいんだろうこれは?"と。どちらかというと、(佐藤)二朗さんの役のほうが、今までの三谷作品の僕なんですよね。だから"真一くん(香取の役名)が周りを振り回しているようで、実は振り回されている"みたいな、僕が読み解けていない何かがあるのかなと考えてしまって。台本に文字では書かれていないことって結構ありますから。
でも三谷さんに聞いてみたら、全然それはなくて、『大暴れしてほしい。そっちを初めて一緒にやってみたかったんだ』と(笑)。ちょっと戸惑いつつも、これまでと違う演技を求められていることに、うれしさを感じていたりします」
「三谷さんの作品にはいろいろ出させていただいてますが、こんな才能のある方とお仕事ができるなんて……ってやるたびに幸せを感じています。だから、1つ1つ逃さず要求に応えていきたい、さらには超えていきたい。きっとこういうことを求めてくれてるんだなと思うものを、きっとこれで合ってるだろうなと思いながらやっていくのが、本当に気持ちいいんです。
三谷さんは、いいときほど何も言ってくれない(笑)。役が固まるまでは意見をキャッチボールしながら詰めていくんだけど、役の形ができ始めると、言葉があまりなくなるんです。そこで『ちょっとさっきのところ…』と言われたら、よくなかったサイン(笑)。
今回、自分たちでも驚いたんですけど、三谷さんが何か言おうとしたときに、僕がまだ言われてないのに『そうですね、あそこは……』って答えちゃうみたいなことが何度もあったんです。実際に会話を聞いたら、主となる言葉は声に出していないはず。なのに、お互いに通じていて。でも、その瞬間は驚くこともなく進んでいく。それぐらい必死に、一緒に頭を動かしているから。今思い出すと、"あんなに才能ある人と同じ気持ちになれたあの瞬間、気持ちよかったな"って思うんですけど(笑)」
互いが描く目的地を共有できている2人だが、その根本は"面白いと思う感覚が似ている"といった単純なことではないようだ。
時代が変わっても、変わらないことの大切さ
「何かが似ているというよりは、経験をいっぱいさせてもらうなかで、"三谷幸喜はこうしたい"というのを勉強させてもらったのかな。今ふと思ったのは、欽ちゃん、萩本欽一さんのこと。欽ちゃんとずっとお仕事できているのも、"欽ちゃんはこうしたいんだ"とか"今こうしてほしいんだ"というのが僕の中に植え付けられているからな気がする。だから、あっちの現場とこっちの現場では、同じ"僕"ではないかもしれない(笑)。
僕は"この芝居であの俳優さんに勝ちたい"とか"うまいと思われたい"とかは一切ないんです。ただあるとしたら、"この監督が作りたいもの、頭の中にあるイメージに近付きたい"っていうこと。
三谷さんは、時代が変わっても、変わらないことの大切さをずっと貫いている。でも、そこにYouTubeが出てきたりするんです。三谷作品にYouTubeってだけでも面白そうじゃないですか? で、その化学反応をご自分で楽しんでいる感じは変わってない(笑)。
今回、この作品ではセリフなしで動きだけで見せるという僕の違う一面を引き出してもらったんですが、人との出会いやつながりって大事だと改めて思いました。僕だけだと何もできない。だから、いろんな才能ある監督さんに僕を薦めてください!(笑)」
「これだけいろんなことをやり尽くしても、求められるのはうれしいものですか?」と尋ねると、声をワントーン上げて答えた。
「もちろんです! もちろんですよ! 求められたくて、有名になりたくて、応援してほしくて……。それは変わりませんもん。やっぱりそれが始まりだから。それが始まりだし、そういう方々とずっと一緒に生きてきましたから」
(ライター 関亜沙美)
[日経エンタテインメント! 2020年10月号の記事を再構成]
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