ノーコードが促す「AIの民主化」 プログラミングいらず
コンピューターやスマートフォンのアプリを、プログラムの知識がない人でも作ることができる「ノーコード」や「ローコード」と呼ばれる開発手法が注目されています。新サービスや社内システムを、業務内容を知る担当者がプログラミングなしで素早く開発できるのが特徴です。デジタルトランスフォーメーション(DX)に向けた新しいスタイルになりそうです。
コードはプログラミング言語で書かれた文字列です。これに対しノーコード開発はプログラムを書く必要がありません。コンピューターを動かす機能は、あらかじめ「部品」のような形で用意されており、それを組み立てるような感覚で業務ソフトやアプリを作ります。
コンピューター画面上で必要な機能を組み合わせてソフトウエアを作る「ノーコードツール」を、システム開発会社が相次いで製品化、企業や行政での利用が増えています。最近も兵庫県加古川市の職員が、特別定額給付金の申請システムを1週間足らずで開発したことが話題になりました。
業務のデジタル化推進には、社内の業務処理を効率化するシステムを導入したり、リモート勤務に対応したスマホアプリなどを開発したりする必要があります。業務内容を熟知する従業員がこうしたツールを使ってソフトウエアを開発すれば、外注より低コストで素早く導入できる可能性があります。
人工知能(AI)技術である機械学習モデルを、ユーザーの手で複雑なプログラミングなしで構築できる仕組みも、米グーグルなどがクラウドで提供しています。画像解析や様々なデータ分析といった高度なAI機能も簡単に実現でき、「AIの民主化」と呼ばれています。
あらゆるモノがネットにつながる「IoT」分野でも、プログラミングなしでシステムを作り上げる試みが動き出しています。東芝グループが今年から推進している「ifLink(イフリンク)」という開発プラットフォームを使えば、センサーやスイッチといった様々な「部品」を組み合わせることで、体温の高い人をセンサーで検知して警報を鳴らすといったシステムが自作できます。
プログラミングを必要としないソフトウエア開発は世界的な傾向で、米調査会社ガートナーは、2024年までにソフト開発の65%がこうした手法になると予測しています。東芝の島田太郎執行役上席常務(最高デジタル責任者)は、「ソフトウエア開発が簡単になるのは歴史の流れ。今後はプログラミング能力より、何を作るかというコンセプトを生み出す能力が重要になる」と話しています。
島田太郎・東芝執行役上席常務「やりたいことを手軽に実現」
あらゆるモノがネットにつながる「IoT」を活用して、業務やビジネスに役立つシステムを「自作」しようという活動が、企業や大学などの参加で始まっています。ソフトウエアのノーコード開発と同様に、プログラミングの作業なしでシステムを作れるのが特徴です。推進団体である「ifLinkオープンコミュニティ」の代表を務める東芝執行役上席常務(最高デジタル責任者)の島田太郎さんに、プログラミング不要のソフトウエア開発やシステムづくりが注目を集めている理由やメリットを聞きました。
――ソフトウエア開発やアプリ開発で、プログラミング作業を必要としない「ノーコード」や「ノンプログラミング」が盛んな理由は何でしょうか。
「ソフトウエア開発の歴史の必然と言えます。プログラミングは時代とともに簡単な仕事になりつつあります。これはプログラムが動くコンピューターのハードウエア性能が急速に向上したことと関係があります。以前はコンピューターのメモリーの制約のために、プログラマーはとにかく頭を使って無駄のないコンパクトなプログラムを書いていました。そうしたプログラムをすらすらと書ける人は天才だ、などと尊敬されていた時代です。私自身も若いころに航空機の設計業務でプログラムを書いていましたが、必要以上に長いプログラムはご法度で、先輩から『プログラムというものは1枚の紙に収まるよう書くものだ』と注意されたものです」
「その後コンピューターのハードウエアの性能が飛躍的に向上しました。特に大容量で安価の半導体メモリーやハードディスクが使えるようになって、こうした制約はなくなりました。今ではコンピューターのハードウエア資源をそれこそ湯水のように使って、長いプログラムを開発したり動かしたりできるようになりました。プログラムを記述するプログラム言語もかつては習得に時間がかかりましたが、最近よく使われるPython(パイソン)などは、もはやプログラム言語とは思えないほど平易で、誰でも少しの勉強でマスターできると思います」
「ノーコードとかノンプログラミングというのは、さらに進んでプログラムコードを意識しなくてもソフトウエア開発ができるようにしたものです。ソフトウエアにやらせたいことが部品のような形で用意されており、それらを組み合わせるような感覚でソフトウエアを完成させることができます。プログラムの知識がない人でも、コンピューターで自分がやりたいことを手軽に実現できる時代が訪れました」
――IoTプラットフォームのifLinkもシステムの開発にプログラムが要らないということです。これもノーコードと同じ流れですか。
「その通りですが、我々はさらに先を行っています。今話題になっているノーコードとかノンプログラミングはソフトウエアやウェブ上に限定されたものです。これに対してifLinkを使えば、IoTというリアルな世界でモノとモノをつないで、企業の従業員などエンドユーザーが自分が使いたいシステムを自ら開発することができます。例えば『帰宅者が自宅近くまで来たら、風呂を沸かす』とか『外国人観光客が案内看板の前に立つと、看板の文字がその人の出身国の言葉に変わる』といった仕組みができています。接近を感知するセンサーなどのデバイスや、『風呂のスイッチを入れる』『看板の表示文字を変える』といったサービスを、それぞれモジュール化して、これらを組み合わせることで、新しい仕組みやサービスを生み出すことができます」
「3月に活動を始めたifLinkオープンコミュニティには、様々な業種の企業や大学などから100を超える会員が参加しています。センサーやカメラ、表示装置といったハードウエアやサービスを開発することが得員な会員と、これらのモジュールを組み合わせて新しい仕組み(ユースケース)作りをすることが得意な会員が、交流しつつifLinkを活用してたくさんのアイデアを生み出しています。これまでに約90のモジュールが開発され、約300のユースケースのアイデアが生まれました。活動開始からわずか半年という短期間で、驚くべきペースで成果が出ています。これはプログラミングが不要なため、アイデアを早期に実現できるからにほかなりません」
――東芝グループはifLinkのプラットフォームを広く公開して普及を後押ししています。このプラットフォームで将来どのようなビジネスを考えているのですか。
「例えればグーグルのようなビジネスを考えていると思ってください。グーグルは検索や位置情報などのプラットフォームを無償で提供しつつ、大きな収益を上げています。我々の具体的なプランをここで言うことはできませんが、将来構想はちゃんと考えています」
――プログラミング不要の世界が広がると、プログラマーは要らなくなりますか。
「ノーコードとかノンプログラミングといっても、そのような仕組みを作るためのプログラムを書く人は必要です。また、ノーコードでは対応できない、高度で複雑なプログラムやシステムを考えるプロフェッショナルが少数精鋭で活躍することになります。それ以外の人たちは、プログラムについて一般的な知識は持っていた方がいいですが、プログラムを自分で書ける必要はありません。その代わり、ウェブやIoTなどデジタル技術を使って何をやりたいのかというアイデアを出すことが、これからの時代では重要になってきます」
(編集委員 吉川和輝)
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