私はどう育てられたか 作家が育児書を読み知ったこと
児童文学作家の藤野恵美さんは小説の参考文献として育児書を手に取り始めてから、これまで1000冊もの育児書を読んできました。育児書に触れていく中で、子どもを産む決意をし、今では9歳のお子さんを育てています。
「子どもの頃の母との関係」と向き合うために、そして今では親として、とさまざまな目線から育児書に向き合ってきた藤野さんに、どうして藤野さんが育児書を読むようになったのか、感銘を受けた育児書との出合いについて語ってもらいます。
子どもがいない頃から育児書を読みまくる
育児書に興味を持ったのは、もう十年以上も前のことです。
その頃、私には子どもはいなかったのですが、小説を書くための参考文献として、育児書を手に取ったのでした。
当時、書こうと思っていた小説は、シングルファーザーが主人公でした。妻に先立たれた頼りない父親が、ひとり娘の結婚式の日に、これまでの子育ての日々を回想するという「ほのぼの子育てミステリー」を考えていたのです。(その後、小説は『ハルさん』というタイトルで東京創元社から出版されました)
本はよく読むほうですが、書店に行っても物色するのは文芸書や雑誌や新書の棚ばかりで、このときまで育児書のコーナーに立ち寄ったことはありませんでした。
育児書がずらりと並んだ棚を見て、世の中にはこんなにも子育てについて書かれたものがたくさんあるのか、と軽くカルチャーショックを受けたのでした。
小説の人物造形に役立てるためという理由で、手当たりしだい育児書を読んでいたところ、とりわけ心に響いた一冊がありました。
佐々木正美氏の『子どもへのまなざし』(福音館書店)です。
育児書を読んで、目からうろこが落ちる
この『子どもへのまなざし』は、児童精神科医である佐々木正美氏の講演録をもとにしたもので、とてもやさしい語り口で書かれています。
たとえば、こんな文章があります。
「すこし極端な例を、お話ししますが、今日、親が子どもを虐待するということも多くなりました。(中略)早期教育も、なんとか自分の思いどおりに子どもをひきまわそうとする、親の別の虐待の例であることが多いと思います。もとの感情はおなじものなのですね。現代の親は、子どもを所有物にしすぎてしまっているのです。子どもにべつの人格を認めてあげられるほど、親のほうが成熟や自立をしていないのですね」(『子どもへのまなざし』38.39ページより引用)
刊行は1998年なので、文中の「今日」や「現代」は20年以上も前の昭和の時代の話だったりするのですが、元号が令和になったいまでも、まさに「教育虐待」というキーワードが話題になっていたりします。
実は、私自身、幼少期に親に過剰な期待をかけられ、かなり偏った早期教育を受けたという過去があり、この文章を読んだ途端、当時のことがフラッシュバックしたのです。
本文に書かれた「子どもを所有物」にしてしまう親というものについて、「ああ、これ、うちの親のことだ……」と目からうろこが落ちる思いでした。
育児書を読んで、自分の過去と照らし合わせる
この頃、私はあくまでも「子ども目線」で、育児書を読んでいました。育児書に書かれている「正しい親の言動」を読んでは、自分の親もこんなふうに接してくれたらよかったのに……と苦い気持ちになることもありました。
育児書を読むことで、自分が「どのように育てられてきたか」という過去と向き合い、それが過酷な環境であったのだと自覚したのでした。
しかし、一方で、さまざまな年代に書かれた育児書を読んでいると、自分の親が「私を育てていた頃」は、今とはずいぶんと違っていたのだな、という気づきもありました。
1960年代に書かれた松田道雄氏の『私は赤ちゃん』『私は二歳』(岩波新書)は、高度成長期のサラリーマン家庭を想定した、当時における「新しい型の育児書」です。
若い夫婦が憧れの団地に住み、子どもが生まれ、しゅうとめと同居をすることになり……という設定が、私の幼少期とまったくおなじで、うちの両親も若いころはこんな生活をしていたのか、と興味深く読みました。
私が子どもであった頃、私の親は若く「未熟だった」のです。
育児書を読んだことで、そのような見方をできるようになりました。
育児書が私の背中を押してくれた
育児書を読みはじめた頃、私は「子どもの立場」で、親の未熟さを恨み、傷つき、苦しさを抱えていました。
物心ついた頃から、将来は仕事に生きると決めており、自分が「母親になる」という選択肢はないものだと思っていました。
もともと体が丈夫ではなく、妊娠や出産は避けたほうが望ましいとされていたというのが表向きの理由でしたが、実際には、親との関係が良好ではなかったので、幸せな親子関係というものがイメージできず、親になる責務を負う自信がなかったのです。
子どもを産まない人生に、迷いはありませんでした。
たとえ、血のつながった子どもがいなくとも、仕事や社会貢献を通して、次世代の育成に関わることはできます。
児童文学の作家としてデビューしたということもあり、たくさんの読者の子たちのためにいい作品を書くことが、自分の役目だと考えていたのです。
ところが、『ハルさん』という小説を書き上げたあと、その心境に変化が起きました。
資料としてあまたの育児書を読み、子育てとはなんぞやということを考え続けた結果、心の奥底に「子育てをしてみたい」という気持ちが芽生えたのでした。
そして、いま、私には9歳の息子がいます。
最初は小説のための参考資料として読みはじめ、それから「自分が子どもの頃の親との関係」と向き合うために読み、最近では「親という立場」で、育児書を読んでいます。
児童文学作家。1978年、大阪府堺市生まれ。2004年『ねこまた妖怪伝』で第2回ジュニア冒険小説大賞を受賞し、デビュー。「お嬢様探偵ありす」シリーズ(講談社青い鳥文庫)など人気シリーズを手掛ける。児童文学で活躍する一方、『初恋料理教室』(ポプラ社)や『淀川八景』(文藝春秋)など文芸書作品も執筆しており、ほのぼの子育てミステリ『ハルさん』(創元推理文庫)はドラマ化されるなど好評を博した。息子に大切なことを伝えるために書いた童話『しあわせなハリネズミ』(講談社)が発売中!
[日経DUAL 2019年9月4日付の掲載記事を基に再構成]
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