1枚しか焼けない3万円トースター 完売の秘密は?
トーストが1枚しか焼けないのに3万円――三菱電機の「ブレッドオーブン」は、「究極の1枚焼き」というふれこみで話題になった、パン専用オーブンだ。2019年4月25日の発売前に、予約分で最初に生産した製品は完売するほどの人気だった。コスパが悪そうに見えるが、何がそこまでウケているのか。
本当に使いやすい家電は何かをレビューするために自宅とは別に専用の一軒家を用意してしまった家電プロレビュワーの石井和美さんが、三菱電機ホーム機器の八百幸史晃(やおこう ふみあき)氏に話を聞いた。
◇ ◇ ◇
――まず聞きたいのは、やはり焼けるのが1枚だという点です。最初から「1枚だけ焼く」というコンセプトだったのでしょうか。
いいえ、実は開発検討の結果、1枚になったんです。それまでの弊社のトースターは、4枚同時に焼けることを訴求していましたから(笑)。朝はかなり忙しい時間ですし、一気にたくさん焼けるのがトースターの基本だと考えていました。
ただ、ブレッドオーブンは既存のトースターとは全く考え方を変え、「おいしさ最優先」で開発された製品なのです。当初は最低限「2枚焼き」という話もあったのですが、試作機をいろいろ作ってみたところ、1枚焼きに比べるとおいしくならないんですね。2枚で焼けるような形にすると、空間が大きくなってしまって、おいしく焼くことができないのです。おいしさを損なっても2枚焼きにするのか、最初のコンセプトを貫いておいしさを優先するのか、という選択になり、最終的においしさを選びました。
――食べてみましたが、ミミまでふわふわで、本当においしいです。ただ、やはり最初に1枚焼きと聞いたときには驚きました。企画の段階で社内から反対意見は出なかったのでしょうか。
たくさん出ました(笑)。幹部からも反対意見があり、「開発自体をやめたほうがいいんじゃないか」と言われたこともありました。ブレッドオーブンを開発した弊社(三菱電機ホーム機器)は三菱電機の子会社という位置付けなのですが、本社からも反対されたこともありました。
ところが実際に試食してもらったらガラッと反応が変わったんです。開発コンセプトの情報だけを共有したときは反対意見が多かったのですが、試食から流れが変わり、開発のゴーサインが出ました。
出来たての食パンを再現したい
――「おいしい」という定義はいろいろとあると思いますが、どういった方向性を目指したのでしょうか。
食パンは大多数の方がスーパーマーケットで買ってきて、トースターで焼いて食べています。でも行列ができるような人気店のパンはそのまま食べることも多いですよね。なぜスーパーで買ってくる食パンはそのままではなくトーストするのか、ということを考えました。
そこで生まれたのが「食パンは、焼きたてであたたかい、一斤の状態が一番おいしいのではないか」という仮説です。そこからパン屋さんを何軒か回ってヒアリングしていったのですが、この仮説は合っているという結論に達しました。
スーパーで並んでいるパンは作ってから時間がたっているので、作りたてに比べれば味が落ちてしまいます。それをおいしく食べるために、オーブントースターで調理していることが多い。ただトースターで調理すると水分がどうしても抜けてしまいます。
本当のおいしさを追求するなら、出来たての食パンの状態が一番。そこで、その状態になんとか近づけるために開発された調理器がブレッドオーブンです。「出来たての状態を再現したい」という思いで「オーブントースター」ではなく「ブレッドオーブン」と名付けました。
熱と水分と香りを逃がさない
――基本的なことですが、どうしておいしく焼くことができるのでしょうか。
ポイントは狭い庫内とヒーターです。
ポップアップトースターのように、食パンから近いヒーターで焼けば、水分減少を抑えてすばやく焼くことができます。ただポップアップトースターは、蓋が開きっぱなしの状態なので、水分が飛びやすいというデメリットがありました。
「熱」と「水分」と「香り」、これがおいしさを左右する要素です。ブレッドオーブンはその3要素を外に逃がさないように、優しく焼き上げる構造になっています。
――従来のトースターは水分が外に漏れているわけですね。
一般的なトースターは大きな庫内になっているため、空間が大きく、どうしても水分が減少します。また前にも後ろにも空気が抜ける穴があるため、そこから水分がかなり逃げています。
ブレッドオーブンは小さな蒸気口から蒸気が集中して出るようになっています。そのため、かなり蒸気が出ているように見えますが、従来のトースターから出ている水分の半分以下しか蒸気が出ていません。あの蒸気は実は余分な水分なんです。蒸気口にも秘密があり、途中まで蒸気を逃さないような弁が付いており、飽和状態になったときに初めて弁が動いて蒸気が出る仕組みとなっています。
――ギリギリのところまで水分を閉じ込めて不要なものだけ出しているということですか。
その通りです。その結果、ミミまで固くならず、ふわふわにおいしく焼くことができます。
そしてもう一つのポイントは、プレート加熱方式を採用していることです。密閉した空間でフライパンのようにフラットなヒーターで焼き上げ、蒸し焼きのような状態で調理しています。ヒーターはかなり高出力で、上のヒーターは480度、下のヒーターは220度。すばやく表面を焼き上げて最後に余分な蒸気を出すという仕組みですね。
山形食パンを収めるため設計変更
――原理は分かりましたが、それならこの構造のままで本体を大きくすれば2枚焼きにできたのではないでしょうか。
加熱ムラや庫内が大きくなってしまうなどの問題があり、同じように仕上がらないのです。単純に2枚並べたらうまくいくというわけではなかったということですね。
1枚焼きとはいえ、サイズを決めるまでにはさまざまな試行錯誤がありました。あらゆるメーカーのパンを購入して、ちゃんと焼けるかどうかテストしていったのですが、開発も終わりが見えた段階で、山形食パンが一般的な食パンよりも大きくて試作機に入らないことがわかったんです。そこで、またヒーターの配置から作り直しました。
――パン屋さんでは小さめのミニ食パンが売っていますよね。ああいった食パンを焼くと水分量が足りなくなる、ということはないのでしょうか。
大丈夫です。弁はある一定の圧力がかかったときにだけ抜ける仕組みなので、水分量を一定にしたサウナと同じような状態に保つことができます。その中に収まるサイズであれば、おいしく焼き上がります。
――実際にテストをしてみたとき、野菜やカマンベールチーズなどを焼いてもおいしかったのですが、ホームページなどを見ると「食パン専用」というアピールをしています。これはどうしてですか。
実は他の食材もおいしく調理できるんです。でも「マルチ調理器」とうたうと、コンセプトがブレてしまう懸念がありますし、最もブレッドオーブンの良さが出るのが開発の原点である食パンだったので、「食パン専用トースター」として発売しました。
「今まで食べたトーストと違う」
――発売は2019年4月25日。これまでの反響はどうでしたか
ブレッドオーブンは、発売当初から店頭で販売しておりません。家電量販店のウェブサイトや大手ECサイトのみの販売となっていますが、発表前から反響が大きく、最初の生産ロットは発売日までに完売となりました。発売日がゴールデンウイーク直前だったこともあり、生産が追いつかないままゴールデンウイークに入ってしまったので、一部の方にはかなりお待たせしてしまいました。
――実際に使ったユーザーの声は届いていますか。
ECサイトのレビューや弊社へ直接届いている声は、狙い通りでした。「今まで食べたトーストとは全然違う甘さがある」 という感想が多いですね。
――1枚焼きは使いにくい、といった声はありませんでしたか。
確かに発売前には、パンは朝に焼くというイメージから「忙しい時間に1枚をゆっくり焼いていられない」と言われたことがあります。ただ朝食を家族そろって食べない家庭も増えていますし、ブレッドオーブンはダイニングテーブルに置いて使う形を想定しているので、家族がそれぞれ自分の食べるパンを焼くという使い方ができます。また1枚目は2分半くらいで焼けるのですが、同じ焼き方でも2枚目からは1分くらいで焼けるので、「思ったよりも早く焼ける」という声もいただいております。
――ダークなブラウンカラーと木目調に決めた理由は何ですか。女性の間では「白が欲しい」という声も聞きます。
一度は白の方向でまとまりつつあったのですが、「トースターは朝に使う」というイメージから脱却したいという思いもあり、落ち着いた雰囲気の色にしました。またランチやディナーにも使っていただきたいと考えているため、ダイニングテーブルに置いて使っていただけるように部屋と調和する色味にしたという意図もあります。
――今後、カラーが増える予定はあるのでしょうか。
それももちろん考えています。ただ確定はしていません。今はまだお客様に認知していただく段階です。今後の販売状況次第で、カラーや機能の追加など、いろいろな展開ができたらと考えています。
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食パンだけでなく、フレンチトーストも絶品のブレッドオーブン。「パンを焼くトースターは、朝に使うもの」という概念を変える製品を目指して開発された製品だが、実際に使ってみると、その意図がよくわかる。ブランチや夜食などで、少量のおいしいパンをテーブルの上で焼き、その場で熱々を食べられるのは新しい体験だった。トースターとは違う、今までにない家電だと感じた。
いろいろ試してみたところ、パン以外の料理も作ることができた。今はあえて食パンのみにしているということだが、今後はおつまみなども気軽にできるように、パン以外の調理モードも備えてほしいところだ。新たな展開もありそうなので期待して待ちたい。
家電プロレビュワー。白物家電や日用品などを中心に製品レビューを行う。レビュー歴15年以上。茨城県守谷市に家電をレビューするための一戸建てタイプ「家電ラボ」を開設。冷蔵庫や洗濯機などの大型家電のテストも行っている。
(写真 吉村永、渡辺慎一郎)
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