イヌの脳は品種ごとに「個性」 構造の進化に人の影響
小さなチワワからどっしりとしたセントバーナードまで、世界には数百にのぼるイヌの品種が存在する。これは何世紀にもわたって人間が行ってきた選択的交配の成果だ。イヌの体格や気性がこれほどまでに多様化してきたことを考えれば、彼らの体だけでなく、脳にも違いがあっても意外ではないだろう。
33品種を対象に、磁気共鳴画像装置(MRI)によるスキャンを行った新たな研究によると、どのような品種改良が加えられたかに応じて、イヌの脳の構造が異なることが明らかになった。この論文は2019年9月2日付けの学術誌「Journal of Neuroscience」に発表された。
たとえば、ラサアプソなど小さくなるように改良が加えられたイヌは頭部が丸く、頭骨内に丸い脳がぴったりと収まっている。一方、ゴールデン・レトリバーのような大型犬の頭部は細長く、脳も長く伸びた形状をしており、頭骨内部の空間にはやや余裕がある。
「スキャン画像を見ただけでとても驚きました」と、米ハーバード大学の進化神経科学者で、研究を主導したエリン・E・ヘクト氏は言う。「科学の分野で、複雑な統計などを一切取らずに、何か重要なことが起こっているとわかるのは、本当にすごいことなのです」
イヌの脳についての新たな知見は、品種というものがどれほどイヌと分かちがたく結びついているかをよく示している。引いてはこれからイヌを飼おうと考えている人たちに、自分の家にふさわしい品種を選ぶうえで参考にしてもらえるだろうと、ヘクト氏は述べている。
行動特性と関連する6つのネットワーク
今回の研究のために、ヘクト氏のチームは、米国の家庭で飼われているイヌを62匹集めた。品種としてはたとえば、ビーグル、ヨークシャーテリア、ドーベルマン、ボクサーなどが含まれていた。
品種によって脳の大きさと形状に違いがあることに気づいたチームは、その後さらに、特定の行動特性を持つさまざまな品種において、脳がどのように異なっているかを詳しく調べた。
たとえば、ブルドッグはもともと雄牛と戦わせるために開発された後、家庭のペットにふさわしいよう改良された品種だ。そのため、「競技用の戦闘」と「明確な友愛意識」の両方の行動特性グループに分類される。
調査の結果、匂いの追跡や友愛さといったイヌの行動特性から識別できる6つの脳内ネットワークを特定した。
たとえば、脳内の前頭前皮質という部位にある、群れの大きさや仲間との交流と関連するエリアには、家畜を集める、警察・軍隊・戦場で働く、外敵を管理する、鳥を追い立てたり取ってきたりする、競技用の戦闘を行うといった作業に向くよう改良された品種で、同じ変化が起こっていた。
これは理にかなっていると、ヘクト氏は言う。そうした品種は「認知的に複雑で要求レベルの高い厳しい役割をこなすため、前頭前皮質からの強力なサポートを必要としている」と考えられるからだ。
かつては「偽の動物」とさげすまれたイエイヌ
過去には、イエイヌは科学者から「偽の動物」とさげすまれ、科学的な研究をする価値がないと言われた時期もあった。だが、最近では研究対象になることも増えている。特に盛んなのは感情や認知に関する分野だ。たとえば、2万年にわたる共生により、イヌは人間の感情を、おそらくはほかのどの動物よりも正確に解釈できる能力を獲得した。
今回の論文を書いたヘクト氏らは、統計的な分析も行っている。おかげで、品種ごとのイヌの脳の変化が遠い過去ではなく、最近起こった現象であることがわかった。これは「イヌの脳の進化が急激に進んだ」ことを示していると、ヘクト氏は言う。
「この結果を見ると、人間が自分たちを取り巻く世界をどのように変えてきたのかを実感します。わたしたちの脳が地球上の他の動物の脳に変化を及ぼしているということには、重大な意味があります」
(文 LIZ LANGLEY、訳 北村京子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2019年9月5日付]
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