ジンベエザメ、実は雑食? 新研究で判明した食生活
ジンベエザメは世界最大の魚だが、ろ過摂食をするため、仲間のサメたちのような血に飢えたイメージはない。とはいえ一応サメなのだから、優しい巨人であっても、食物はほぼ完全に動物性だと考えられてきた。
だが、学術誌「Ecological Monographs」誌に掲載された最新の研究によれば、そうした認識は誤りのようだ。13匹のジンベエザメの血液および組織サンプルを調査した結果、植物や藻類を含むかなり雑食な食生活を送っているらしいことが明らかになった。ジンベエザメの胃から海藻を見つけた先行研究はあるものの、日常的な品目として藻類を摂取している可能性を示唆する研究は、今回が初めてだ。
論文の筆頭著者である東京大学の生物学者、アレックス・ワイアット氏が率いた研究チームは、謎めいたジンベエザメたちの食生活を解き明かすため、飼育下および野生の個体から得られたサンプルを組み合わせて分析した。
「ジンベエザメは世界中で絶滅の危機に瀕しているカリスマ的な種ですが、効果的な保全を行うために必要な生態学的情報が不足しています」とワイアット氏は語る。「彼らを今よりも理解するために、貢献したいと強く思っています」
動物が何を食べているのかを調べることは「最も基本的なこと」であると、米ジョージア水族館のアリステア・ダブ氏は言う。ダブ氏は同水族館の研究・保全副部長で、ジンベエザメ研究者でもある。「同時に食物のデータは、絶滅危惧種の保全案を策定するための個体群モデルを作る際に、中心となるものでもあります」
種を守るための最良の方法を決定する際に必要となるのが、個体がどう移動しているのか、何を食べているのかといったことを含む、その動物の習性に関する確実な情報だ。データロガーを装着する研究によって、動きについてはかなり明らかになってきた。しかし、移動の多い彼らを始終追跡して食物を確認することは、基本的に不可能と言っていい。だからこそ、ワイアット氏のチームの手法は魅力的だ。様々な機会に入手した血液や組織のサンプルを用いて、ジンベエザメが何を食べたのかを後から調べることができるのだから。
「ジンベエザメの採食と食物に関して、素晴らしい知見が加わったと思います」と、米国の海洋生物保護団体マリーン・メガファウナ・ファウンデーションの科学者、クレア・プレブル氏も話す。
宴会か、絶食か
研究チームは、ジンベエザメが何を食べているのかを解明するため、血液や組織のサンプルに含まれる窒素や炭素等の自然界に存在する「安定同位体」を調べた。藻類、動物プランクトン、魚など、食物源によって同位体の割合が異なる。そのため、ジンベエザメの組織にこれらがどのぐらいの割合で含まれているかは、食物についての強力な手がかりになる。
とはいえ、気を付けなければならないこともある。安定同位体では、食物を消化し吸収する過程についてはわからず、そこは推測するしかない。よって今回は、摂取した食物があらかじめわかっている、沖縄美ら海水族館で飼われていた5匹のジンベエザメのデータが用いられた。これによって、野生の8匹から得られたデータを検証できたのだ。「大変な仕事量でもありますし、自然条件において知りたい事柄に、水族館で得られる知見を応用した、とてもよい研究だと思います」とダブ氏は話す。
ジンベエザメは、英名を「ホエールシャーク」、すなわち「クジラザメ」というとおり、非常に大きな動物だ。体長は12メートル近く、体重は20トンほどにもなる。当然、そのような身体を維持するにはたくさんの食物が必要だ。
しかし、研究者たちが発見したのは、彼らは4カ月もの間何も食べないことがあるらしいということだ。ワイアット氏が言うには、おそらくそれは彼らが移動中に食べないからだ。道中にはわざわざ止まって食べるほどのものがないのかもしれない。
プレブル氏が言うには、長期間におよぶ絶食は、彼らの生息環境を考えれば納得できる。「外洋における食物の豊富さは、場所によって非常にまちまちです。だから、食物がたくさんあるときにたらふく食べ、そのエネルギーを利用して移動をしたり、次のご馳走のありかに向かったりするのは、よい戦略だと言えます」
だからといって、すべての個体に長く絶食した期間があったわけではない。大きな個体差があることについては、プレブル氏もダブ氏も興味深いと考えている。個体によって、特定のエリアで食事をしたり、特定の食物を好んで食べたりしている可能性がある。そして一般的に言っても、今まで誰もが考えていた以上に、彼らはバラエティに富んだ食生活を送っているようなのだ。
なぜ大量に藻類を食べるのか
ワイアット氏のデータによると、ジンベエザメは半分かそれ以上の栄養を植物と藻類から得ている。一体なぜ彼らは、大量に藻類を摂取するのか? 可能性はいくつかある。
「藻類を食べることが利益になっているのか、そもそも彼らが意図的に藻類を食べているのか、わかりません」とワイアット氏は言う。「しかし、他の食物が得られにくいときに、藻類が代わりの食物源になるというのは、十分考えられることです」
「ジンベエザメは海水から食物を濾し取って摂食するので、種ではなく大きさによって食べるものが決まります。なので、植物を多く摂取していたとしても不思議ではありません」とダブ氏は言う。2013年に発表された研究でも、藻類が頻繁にジンベエザメの胃からみつかる理由について、そう結論付けていた。だが、今回の新しいデータからは、ジンベエザメが藻類の栄養を多く利用していることが判明し、菜食寄りの食物レパートリーが必ずしも偶然の産物ではない可能性が出てきている。
ジンベエザメの雑食が偶然の産物かどうかを知るためには、藻類が豊富で、なおかつ動物性の食物が少ないエリアを選んでいるのかを調べなければならない。さらに、ジンベエザメがどれだけ効果的に藻類からの栄養を利用しているのかを調べる必要もある。実際のところ、ウチワシュモクザメの消化管から海草が次々と見つかったときに、生物学者たちはそうした調査を行った。すると驚くことに、胃の中にある特殊な酵素のおかげで、海草を消化していることがわかった。
ダブ氏は、ジンベエザメが真の雑食動物だったとしても驚かないと言う。「ジンベエザメの親戚にあたるサメたちは海底に暮らしているのですが、きっと彼らのうち何種かも雑食だろうと思っています」と言う。「それがサメの魅力的なところです。彼らを調べれば調べるほど、私たちが彼らの生態について思いこんでいたことに挑戦状がたたきつけられるのです。だからこそサメは、研究対象として最も面白い動物グループのひとつなのです」
(文 Christie Wilcox、訳 桜木敬子、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2019年2月5日付]
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