装甲車の胴体にハンマーの尾 新種の恐竜ズール公開
カナダのロイヤル・オンタリオ博物館で「生きた戦車」のような新種の恐竜、ズール・クルリバスタトル(Zuul crurivastator)の化石の一部が公開された。体長はおよそ6メートル。尾の先端にはハンマーのようなこぶがついており、ティラノサウルスの骨すら砕く強力な武器となる。鎧竜のアンキロサウルス類に属し、北米で見つかったこのグループの恐竜では、もっとも保存状態が良い。
ズールの発見が発表されたのは2017年5月だったが、18年12月15日に公開されたのは頭骨と尾骨だけ。化石の残りの部分は、今も砂岩からきれいに削り出す作業(クリーニング)が続けられている。
化石が公開される数日前、博物館から東へ160キロほどの展示模型製作会社、リサーチ・キャスティング・インターナショナル(RCI)社の施設を訪れた。社長のピーター・メイ氏が、ポリエステル樹脂の酸っぱいにおいが鼻をつく作業場を案内してくれた。
茶色いテントの中に、コンクリートが敷き詰められたような岩塊があり、4人の技術者が覆いかぶさるように作業していた。先がとがった小型の削岩機を使い、ミリ単位で岩を削り取っては、茶色っぽい鉱物を露出させていく。驚いたことに、皮のようになめらかに見えるその石は、装甲の一部だった。
化石のクリーニングは、非常に手のかかる作業だ。しかし、手間をかけるだけの価値は十分ある。アンキロサウルス類の化石は珍しく、たとえ見つかったとしても、腐敗の過程でバラバラになっていることが多い。しかし、このズールは、まるで全身が一瞬で化石化したかのようだった。
「最高クラスの標本です」と、カナダのロイヤルBC博物館の学芸員で、アンキロサウルス類に詳しい古生物学者のビクトリア・アーバー氏は語る。このズールの脇腹の装甲が破損していたことがすでにわかっており、ほかの鎧竜と争ったときについた可能性もある。
ロイヤル・オンタリオ博物館の古生物学者でズールを研究しているデビッド・エバンス氏も、「装甲や皮の保存状態は、私たちの想像をはるかに超えて良いものです」と述べている。
運命のいたずら
アーバー氏とエバンス氏が初めてズールについて発表すると、そのニュースは世界的に報道された。だが運命のいたずらか、数日後、同じカナダにあるロイヤル・ティレル博物館が、のちにボレアロペルタ・マークミッチェリ(Borealopelta markmitchelli)と名付けられる奇跡的に保存状態の良い鎧竜について発表した。
ただし、ボレアロペルタとズールはまったく別の種類の恐竜だ。ボレアロペルタはズールよりも3500万年以上前に生きていた恐竜で、同じ鎧竜でもノドサウルス類に属すると考えられており、尾にハンマー状の武器はついていない。また、ボレアロペルタはズールより数年早く見つかっていたことから、2017年にボレアロペルタの全体像が公開されたとき、ズール化石のクリーニング作業は始まったばかりだった。
今回のズールが死んだのは、7600万年前、現在の米国モンタナ州北部にあたる河口付近だった。あたりには、シダや広葉樹が茂り、水の中にはワニやカメが潜んでいた。浅瀬に沈んだズールの死骸は、膨らんで仰向けになった状態で流木に引っかかり、渦に巻きこまれた。そして、体の大半が短時間で砂に埋もれ、化石として保存されたのだろう。しかし、全身が残されたわけではなかったようだ。ほかの動物に食べられたのか、手足はまだ見つかっていない。
2014年、テロポーダ社という企業の化石発掘作業員が、米国とカナダの国境のすぐ南側にある個人農場で、バラバラになったゴルゴサウルス(ティラノサウルス科の恐竜)の骨を発掘していた。そして、地下30メートルまで掘り進めたとき、固い砂岩に突き当たった。作業員は、「妙なものがあるぞ」と叫んだ。明らかにティラノサウルス類ではなかった。出てきたのは、ハンマー状になったアンキロサウルス類の尾の部分だった。
テロポーダ社の取引客の大半は個人の化石コレクターだ。しかし、このズールの化石は特別であり、公的に管理されるべきものであることは明らかだった。そこで同社はエバンス氏に連絡し、エバンス氏がロイヤル・オンタリオ博物館に働きかけた結果、ズールの化石は2016年に同博物館の手に渡った。
テロポーダ社の作業責任者トミー・ハイトカンプ氏は、「理想的な結果になりました」と話す。
映画『ゴーストバスターズ』にちなんで
ズールがカナダにやってきたのは、アーバー氏にとって思いがけない幸運だった。化石が到着した直後から、2年間にわたる調査を開始することになった。エバンス氏とともに頭骨や尾骨を研究する中で、この恐竜がアンキロサウルス類の新種であることを明らかにした。
2人は新種の種小名に「クルリバスタトル」という言葉を選んだ。ラテン語で「すねを破壊するもの」という意味で、この恐竜の尾についている武器にちなんだものだ。角のような突起が1984年の映画『ゴーストバスターズ』に登場する番犬「門の神ズール」を思わせることから、属名はズールとした。この名前を学名として記載するにあたり、エバンス氏はある友人の賛同を求めた。『ゴーストバスターズ』の脚本に関わり、出演もしたダン・エイクロイド氏だ。熱心な古生物ファンであるエイクロイド氏は、よろこんで同意した。
一方で、ズールの体を覆っていた20トンの岩塊は、RCI社の倉庫に運びこまれた。運搬さえ一苦労で、この砂岩を運ぼうとしたフォークリフトが駐車場で倒れてしまったほどだ。
2018年1月になってから、ようやくズールの背骨と胸郭を取り出す作業が開始された。その8カ月後には、背中の装甲に取りかかる準備ができた。そのためにRCI社は岩塊を半分に切断し、8トンほどの岩を裏返した。
それ以来、標本の抽出を担当しているアメリア・マディル氏らが、装甲を掘り出す骨の折れる作業を進めている。5人の女性からなるこのチームは、この発見の重要さを誰よりもよく知っている。「岩塊が到着したとき、父にそのことを話しました。人生をかける仕事がここにあるのよ、と。すばらしい仕事です。信じられません」
ズールがあまりに現実離れしているためか、RCI社の予定は遅れている。マディル氏のチームの作業が終わるのは、早くても2018年末だ。化石の科学的な分析はそれからになる。恐竜に由来するタンパク質の化学的調査などが行われる予定だ。
ロイヤル・オンタリオ博物館には、アクリル樹脂のケースに入れられたズールの頭骨が展示されている。新しい展示の主役であることは誰もが認めるところだ。口を大きく開け、つねに眉をひそめたような表情をじっと見つめていると、にらみ返されているようにすら感じる。この恐竜が生きていた7600万年前の日常を感じられるようだ。このあごで、中生代の植物を食べていたのだろう。骨ばったまぶたの下の目は、失われた世界を見つめていたに違いない。
見れば見るほど、陳列ケースや説明書きが消えていくようだ。ここには現在はない。化石の時代に舞い戻った私の目の前には、ズールだけがいる。
(文 MICHAEL GRESHKO、写真 MARK THIESSEN、訳 鈴木和博、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2018年12月20日付]
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