ハイエンドテレビに液晶 ソニーがあえて投入する理由
西田宗千佳のデジタル未来図
ハイエンドテレビはもはやすっかり有機ELばかりだ。だが「ハイエンドなら有機EL」というイメージを覆す商品をソニーが2018年10月に発売した。液晶を使った「BRAVIA Z9F」シリーズだ。
液晶にこだわり続けているシャープを除くと、ほとんどの家電メーカーは、「ハイエンド製品を有機ELで、お手ごろな価格のものは液晶で」というすみ分けを進めている。画素単位で光のオンオフを制御する有機ELは、バックライトでパネル全体を照らす液晶と比べ、黒を表示するときに発光しない分、締まりのいい、コントラストの高い映像を楽しめる。現状、パネルの供給は韓国LGディスプレイに限られているが、LG製パネルの性能も上がっている。以前は輝度が低く「絵が暗い」と言われたが、その問題は払拭されたし、各社の競争によって価格も下がってきて、この1年でずいぶん手に入れやすくなってきた。
液晶の欠点「視野角」を解消したソニー
こうした流れに一石を投じたのがソニーの「BRAVIA Z9Fシリーズ」だ。
ソニーは有機ELの「BRAVIA A9F」シリーズと、液晶の「Z9F」シリーズの二つのハイエンドを展開している。パネルの技術は異なるが、映像を表示する「高画質化プロセッサー」については、同じソニー製の「X1 Ultimate」を使っており、まさに兄弟機といった様相を呈している。
液晶と有機ELを比較た場合、黒色以外に液晶の弱みとされてきたのが「視野角」だ。液晶は斜めから見ると色が変わって見えやすい。特に50型を超える大きなサイズの製品では、体を少し動かしただけで色が変わることがあった。
視野角の問題が出にくい技術として、「IPS液晶」がある。スマホやタブレットに使われているのはIPS液晶のパネルが多い。だが、IPS液晶はコントラスト比が低い。有機ELと比較すると色の再現性の幅が狭く見えてしまいやすいので、高級なテレビには向かない。高級テレビでは、視野角特性は劣るがコントラスト特性の良い「VA液晶」が採用されている。
Z9Fで使われているのも、やはりVA液晶だ。だが、VA液晶の弱点だったはずの「視野角」がほとんど気にならない。少なくとも、IPS液晶に見劣りしないレベルだと筆者には感じた。
視野角を広げた技術をソニーは「X-Wide Angle」と呼んでいるるのだが、これは「光をディスプレー表面まで導く技術の総称」(ソニー担当者)とのことで、実は、技術的な詳細は明かされていない。とにかく、ソニーはディスプレーパネルに光をうまく拡散して導く技術を組み合わせることで、VA液晶の欠点を解消したのである。
Z9Fは液晶なので、有機ELほど黒が純粋な黒にはならない。しかし、色の変化の自然さでは、高品質なバックライトを組み合わせた液晶の方が有利な部分があり、さらに「ピーク輝度の強さ」でも液晶の方が有利だ。視野角問題を解決することで、ソニーはあえて「ハイエンドに液晶を残す」選択をしたのである。これは、他社とはかなり異なる戦略だ。
液晶併存は「米国市場」のため
一方、ソニーが液晶を残したことには、明確な理由もある。そして、その理由はどちらかといえば「米国市場向け」の事情だ。
兄弟機とはいうものの、有機ELのA9Fが55型・65型のサイズ展開なのに対し、液晶のZ9Fは65型・75型の2サイズ構成と大きい。米国では75型以上の需要が明確に存在するためだ。
有機ELでは現実的な価格で大きなサイズのパネルを用意するのが難しい。だからこそ、「サイズ重視」のラインとして液晶を使いつつ、コントラスト重視の顧客には有機ELで、という使い分けが出てくるわけだ。実際、同じ65型で比較すれば、価格はA9FよりZ9Fの方が安くなる。
ソニー以外の国産テレビメーカーは、もはや世界の市場ではほとんど戦えていない。パナソニックはB2Bにシフトし、AV機器は日本と欧州を中心に、比較的小さな市場に落ち着いている。シャープは復活しつつあるものの、海外展開の立て直しはこれから。東芝(REGZA)はハイセンス傘下となり、日本を中心としたビジネスになっている。米国市場向けに、有機ELでカバーできない大型ハイエンド機種を展開しなくてはいけないのは、今では日本メーカーの中ではソニーだけになってしまったのである。
フリージャーナリスト。1971年福井県生まれ。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、ネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。
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