川栄李奈、大切にしていること 「調子に乗らない」
今、勢いのある若手女優の1人として、現在23歳の川栄李奈の名前を上げることに異論の余地はないだろう。AKB48在籍中に出演した『ごめんね青春!』(2014年)で女優として注目され、15年にグループを卒業して以降も活躍を続けている。
川栄は、これまで多彩なジャンルの作品で脇を固めながら、確かな存在感を発揮してきたことから、若き実力派バイプレイヤーとのイメージも強い。そんな彼女にとって、記念すべき初の主演作となる映画『恋のしずく』が10月20日に公開された。ワインソムリエを目指すも、ひょんなことから広島県の酒蔵で酒造りを学ぶことになり、戸惑いながらも新しい世界に足を踏み出していく一本気な性格の女子大生、詩織を演じている。
「主役でも脇役でも、1つの作品づくりに参加させてもらうという意味では変わらないので、『恋のしずく』のお話をいただいたときも、いつもと同じように出させていただく感じでした。主役だからといって、現場で座長的なことをやらなきゃと意識していませんでしたし(笑)。周りの方たちからプレッシャーを与えられることもなく、あまり気負わずにいつものように過ごさせてもらいました。
現場に入って実感したのは、主役というのは思っていた以上に出番が多いんだなと。でも絡める方が限られている脇役とは違って、主役は登場人物みなさんとお芝居ができるじゃないですか。それがすごくいいなって思いました」
役と一緒に成長した主演作
「台本を読んで最初に思ったのは、1人の女の子が東京から広島に来て、慣れない環境の中で人間的にも成長する物語なんだなということ。広島で1カ月間くらいロケをしたので、みんなでコミュニケーションをとりながら過ごしたことが、自然に役に入っていく助けになりました。楽屋としてお借りしたお家にこたつがあって、そこで集まったり、ご飯を食べたりしていたんです。初日からそんな感じだったから、『何かいいですね、こういう雰囲気』って話をして。私は撮影が早目に終わった日に時々参加するくらいでしたが、みなさんは毎日のように飲みに行っていたみたいですよ(笑)。
私自身も日本酒について全然詳しくなかったので、教えてもらいながらだんだんと知識を得ていったし、周りの人たちとの交流によって少しずつ心を開いていくところは、詩織とリンクする部分がありました。詩織の心の流れについて理解できないところもなく、とても自然にキャラクターに入っていくことができたと思います。自分1人で決め込んだ役作りをするというよりも、目の前にいる共演者の方との会話の中で何かを発見していく毎日でした」
もともと川栄は、ドラマ『ごめんね青春!』『フランケンシュタインの恋』などで演じたヤンキー的なキャラクターや、『au 三太郎シリーズ』CMでのツンデレな織姫役をはじめ、インパクトの強い個性的な役を任せられることも多かった。しかし『恋のしずく』や、11月16日に公開される映画『人魚の眠る家』で演じるのは、いわゆる"普通の女の子"だ。『人魚の眠る家』は意識不明のまま、回復の見込みはないという幼い女の子をめぐって家族や周囲の人々が暴走とも言える行動を取る様子が描かれていくなか、川栄は1人、事の成り行きを客観的に見る女性を演じる。そのフラットな感覚の演技は、見る者に「常識とは何か」という揺さぶりをかける。これまで多く演じてきた個性的な役と、新たな挑戦となる普通の女の子の役とでは、アプローチの仕方に違いはあるのだろうか。
"普通"を演じること
「個性が強い役のほうが見る方にとってはインパクトがあるかもしれませんけど、やる側としてはとんがった役も普通の役も、向き合い方はそんなに変わらないです。でもちょっと癖のある役は普段の自分からは遠いので、より演じるのが楽しいですね。『人魚の眠る家』は周りの人たちが普通ではない状態になっていくので、私が演じた役の普通さが際立っていくという面白さがあると思います」
「どんなキャラクターでも役に入っていく過程は同じで、台本を読んで『こういう子かな』と想像を膨らませて、自分が思った台詞の言い方をしてみる。まずは自由にやってみて、現場で監督から違うと言われたら直していくという流れです。基本的には自分が最初に感じた気持ちを大事にしますけど、『亜人』のように原作があるものはそこからイメージを広げて、学生役を演じるときは『そういえばこういう子って、学校にいたな』というふうに想像をしていくこともあります。あとは人間観察が好きなので、それも役に立っているかもしれません。小さいときから周りの人たちのことをよく見ている子でした」
川栄にとって、どんな役を演じるときもキャラクターをつかむための大きな入口になるのは、メイクだという。ドラマや映画の仕事の際には、台本を読んでイメージを固め、いつも自分でメイクをしているというから驚く。
「例えば、真面目な役だったら薄めにして、弾けた役ならちょっと濃いめに。心情的に落ち込んでいるシーンのときには、あまりメイクをしなかったり…と、その時々で自分なりに考えて変化をつけています。自分でメイクをすることは役に入るための第一歩になっています」
デビューしてからずっと大切にしていることは何かと問うと、川栄から、「調子に乗らないようにすること。これから先も、てんぐにならない自信があります」と返ってきた。この言葉の裏側にある思いについて聞いた。
「調子に乗るんだったら、AKB48のときに乗っていたと思いますね。調子に乗らなかった自分を褒めてあげたいぐらい(笑)。グループでいたときは1人の行動が、全員の責任になったり、リーダーの責任として、誰かが引き受けてくれることもあるので、調子に乗ろうと思えば乗れる環境だったと思うんです。でも今は個人の名前でやっているわけじゃないですか。自分の行動は、すべてが自分に返ってくる。だから今のほうが、気が引き締まっています。
調子に乗らないと言っても、自分に対して『今日は頑張ったな』とかは毎日思ってますよ(笑)。でも疲れやストレスがたまっても、お芝居の現場に行くとすべてが発散されるんですよね。今はその繰り返しができているので、すごく楽しいです。大好きなお芝居がやりたいと言ってAKB48を辞めたので、その楽しさは軸として持ち続けていきたいと思っています。
AKB48で活動させていただいたことで、メンタルがすごく強くなったと思います。ものすごく忙しく、ちょっとした変更が毎日あるような中で活動していたから、動揺せずに対応できる力みたいなものが身に付いたので、相当なことがない限りパニックになることはないですね。女優としても作品を掛け持ちすることになったり、スケジュールがハードだったりしても大丈夫。あまりつらいとは感じません」
目立たない場所にいたい
淡々とした調子でインタビューに答えるが、それでいて聞き手を緊張させるような空気を醸し出すことは全くない。「バラエティー番組のときはこのままだと無愛想に見えちゃうので、頑張ってテンションを上げようと意識しています」と語るが、23歳という年齢とは結びつかないほどの抜群の安定感や落ち着きも、彼女の魅力だ。
「今年は出演映画が何本も公開されて、安くないお金を払って見ていただくことの責任も感じるようになりました。ドラマが大好きだったので以前は映画よりもドラマに出たいと思っていたのですが、最近は映画の楽しさも感じています。だからこそ『恋のしずく』は自分が主演ということが申し訳なくて…。キャストの方々が素晴らしいので、そこを見てくださいという感じです(笑)。普段、三番手、四番手の時は主演の人は宣伝に関するいろいろなこともやっていて大変だなと思いながら見ていたのですが、今回は宣伝も大事な仕事の1つと考えて頑張らないと、と思っています。
目標は、息の長い女優さんになること。『若いから仕事があるだろうけど、5年後には消えているんじゃないか』と思われるのは嫌だなって。主演だけをやってトップをキープするのは難しいことだと思うので、今のように目立たない場所、低い位置を続けさせていただけている状況はとてもありがたいですし、これが続いていけばいいなと思います。作品や役柄との出合いはご縁なので、今はとにかくたくさんの現場を経験したいです」
(ライター 細谷美香)
[日経エンタテインメント! 2018年10月号の記事を再構成]
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