もはや少数派 米国の白人社会に何が起こっているか
分断――現在の米国社会を象徴する言葉だ。米国が昔から抱える人種間の分断も例外ではないが、中身はかつてと大きく違う。ナショナル ジオグラフィック9月号の特集「白人が少数派になる日」では、人口構成で白人の割合が年々減る米国で、変わりゆく白人の立場と、急激に変化する社会の中で白人たちが今何を感じているのかをリポートしている。
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米国北東部に位置するペンシルベニア州東部の町、ヘイズルトン。炭鉱が相次いで閉鎖され、工場の雇用がなくなり、人口は減る一方。しかし、町の経済が落ち込んでも、毎年秋に行われる恒例の祭りでは、目抜き通りに住民たちが繰り出していた。
しかし、祭りは一変した。毎年参加していた白人女性サリー・イエールに言わせれば、今の祭りは怖くて、とても参加する気になれない。ぶしつけな言い方をすれば、褐色の肌をした人たちの祭りになったという。「公共のイベントに行くと、数で負けていることを痛感させられるわ。それでも行く気になる?」
斜陽の町を活気づけたのはヒスパニック(中南米系の人々)の流入だった。2000年にはヘイズルトンの人口2万3399人の95%が非ヒスパニック系の白人(「黒人」「ヒスパニック」「アジア系」「北米先住民」「ハワイ先住民など太平洋諸島に住む人」「2つ以上の人種」以外の人)で、ヒスパニックは5%足らずだったが、2016年までにはヒスパニックが人口の52%を占める多数派になり、白人の割合は44%に減った。ヘイズルトンは米国の人口構成の推移を端的に示す一例だ。
米国勢調査局の予測では、2044年までに非ヒスパニック系の白人が人口に占める割合は50%を割る。米国の人種間の関係と白人の地位が変わるのはほぼ確実だ。
ヘイズルトンで起きていることは、白人が多数派の地位を失う近い将来の米国の縮図でもある。すでにこの問題は全米で活発に議論されている。一部の白人はインターネットのフォーラムで意見交換し、南北戦争で奴隷制存続を主張した南部連合を記念する銅像の撤去に抗議するなど、自分たちの生き方が脅かされていると感じて、不安と怒りをあらわにしている。
学校や工場、ショッピングモールでは、地位の逆転がいち早く進みつつある。2000年以降、マサチューセッツ州、メリーランド州、ノースカロライナ州、カリフォルニア州、ニュージャージー州、テキサス州などでは、これまでマイノリティーと呼ばれてきた人々が人口に占める割合が非ヒスパニック系の白人を上回る郡も出てきた。
米国では長年、人種について考えることは白人以外の人々の地位向上や苦境に着目することを意味していた。米国社会は基本的に白人社会であり、ほかの人種・民族グループは社会の周辺に押しやられた人々で、人種問題は彼らが直面する問題だと考えられていたのだ。ところがバラク・オバマ前大統領からドナルド・トランプ現大統領の時代まで、ここ10年ほどで状況が変わり、白人の立場の問題が注目されるようになってきた。
米国の白人にとって人種問題が人ごとでなくなった証拠はいくつもある。移民法と差別撤廃措置をめぐる論争。最終学歴が高卒以下の白人中高年層で薬物やアルコール、自殺による死亡率が増えていること。人種による線引きで有権者の分断が進んでいること。そして白人至上主義者が精力的に活動し、支持を広げ始めたことだ。
2017年8月、バージニア州シャーロッツビルで起きた惨事は、ほかの人種への憎悪をむき出しにするヘイト団体が堂々と表に出てきた事件として、人々の記憶に刻まれるだろう。この日、ネオナチやクー・クラックス・クラン(KKK)などの白人至上主義者が、南軍司令官の銅像撤去に抗議するためにシャーロッツビルに集結。この集会に反対する人々の群れに車が突っ込み、死傷者が出る事態となった。
大半の米国人は、白人至上主義者の主張や活動に強い違和感をもっている。だが米国の人種関係に詳しい学者や専門家によれば、シャーロッツビルのヘイト集会は、政治から雇用市場まで、さまざまな場に影を落としている問題を浮き彫りにしたという。社会が急激に変わるなかで、今の地位を失うことに不安を抱いている人々がいることだ。
白人がマイノリティーになったら、米国はどうなるのか。米国社会のなかで経済や政治、教育の基盤が確立してしまった現状を考えると、白人、特に白人男性が金融業界と実体経済を取り仕切る構造は当面変わらないだろう。変化は気づかないうちに進みそうだ。いつの間にかスーパーの野菜売り場に今まで見かけなかった商品が並び、学校で白人以外の生徒が多数を占めるようになる。
18歳未満の人口だけを見れば、あと2年で非ヒスパニック系の白人がマイノリティーに転落する。その証拠に音楽や映画、テレビなどではすでに白人以外の人々が主流になっているし、企業にとっては肌の色より利益が重要だから、広告も白人以外をターゲットにしたものが目につく。
多様性を受け入れる若者たち
最近の調査で、圧倒的多数の若い成人が米国における人種間の関係は2017年に悪化したと考えていることが明らかになった。そうした状況のなかでも多様化した環境で育つ若者たちは、肌の色の違いを超えて、一緒に通学しているし、お互いの音楽を聴いたり、好きな人と付き合ったりもしている。
大人は肌の色が違う相手を警戒して、なかなか声をかけようとしないが、若年層は気軽に声をかけ合う。違う考えを聞けば戸惑うこともあるものの、それでも相手の話に耳を傾ける。アメリカンフットボールの試合では、肌の色に関係なく声援を送ったりもする。
米国の高校では年に一度、卒業生と在校生が交流する行事「ホームカミング」が催され、生徒のなかから男女一人ずつ、キングとクイーンが選ばれる。ヘイズルトン地域高校では2017年、クイーンに選ばれた金髪のサバナ・ブターラと並んで、2011年にドミニカ共和国から移住してきたラファエル・サントスがキングの栄冠を得た。しかし、生徒たちはそんな結果に驚きもしなかった。
(文 ミシェル・ノリス、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック 2018年9月号の記事を再構成]
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