宝田明さんの生き方で知る、年をとる意味(井上芳雄)
第17回
井上芳雄です。2月15日に『レジェンド・オブ・ミュージカル in クリエ』の第2回を催しました。ミュージカル界のレジェンドをお迎えして、日本のミュージカル創生期の話を、僕がホストとしてうかがう企画です。今回は宝田明さんに来ていただきました。歌も披露していただき、その姿に、歌声に感動しました。ミュージカルのお話をうかがおうと始めた企画ですが、結局のところは、どう生きるか、どう生きてきたかという話になるのだなと感じました。この先、自分が行く道の指針を得たような気もします。
宝田さんには『南太平洋』から『魅惑の宵』をソロで、『ファンタスティックス』から『トライ・トゥ・リメンバー』を僕とデュエットで、そして最後に『ラ・マンチャの男』から『見果てぬ夢』をソロで歌っていただきました。その歌の説得力がすごかったです。
「お芝居の中で歌うのだから、ミュージカルの歌詞というのはセリフであって、それがはっきりお客様に伝わらないとだめなんだ」という話をした後に歌ってくださったのですが、まさにおっしゃったように歌われました。本当に語りかけるように歌っていて、お芝居しながら歌うとはこういうことなんだと。ミュージカル俳優としてとても勉強になったし、歌手としても、こういうふうに歌えたらいいなと思いました。
83歳なので、もちろん若いときの声の出方とは違うと思います。でも、それを補ってあまりある表現というか技術というか、気持ちで歌っている気迫に圧倒されました。歌はその人自身なのだ、と納得しました。
宝田さんは長身でハンサムなスターとして、東宝ミュージカルでは二枚目の役を一手に引き受けてきた方です。僕も東宝ミュージカルの中では同じ立ち位置で演じてきたと思うので、そういう意味では目標というか、先を歩んでいる先輩だと思っています。そんな目から見ても、歌っているたたずまいがかっこいい。立ち姿が美しいというのか、それ自体がひとつの芸になっていると感じて、すごく勉強になりました。
二枚目を演じていると、ヒロインを引き立てる役割のときもあるし、キャラクターとして脇の個性的な役の方が面白いと感じるときもあります。「宝田さんもそう感じることはありませんか」という話をしたら、「まあ、そうだね。自分のやるべきことをやるのみだね」と。きっと、どんな役でもご自身の役目を毎回きちっと果たされて、その積み重ねの上に今があるのだなと感じ、そういう真摯な姿勢にも勇気づけられました。それですてきに年をとれるのなら、すごくうれしいことです。
というのも、今の日本のエンタテインメント界は、若くてきれいな男女をめでるといった風潮が主流で、それに対して僕は最近、危惧も感じているからです。ミュージカルの出演者にしても、以前よりも若い世代が中心になり、確実に低年齢化が進んでいます。
でも、お芝居って若い人しか出てこないわけじゃなくて、おじいさんやおばあさんがいて、若者もいるという多様性こそが面白いと思うのです。若い人だけが重宝されるのだと、俳優の側としても年を重ねると、なかなか先が見えないという感じになります。
僕も今年39歳。もう若くもないし、でもベテランというほど年もとってない。そういう立場になり、ミュージカル俳優としてどう年を重ねていけばいいのか、ミュージカル界はどうなっていけばいいのか、を考えるようになりました。それで温故知新じゃないですが、先輩たちはどういう道を歩んできたのか知りたいと思い、始めたのが『レジェンド・オブ・ミュージカル』の企画でした。
若さの価値もわかるけど、年をとる意味も知りたい。そう思っていたところでの宝田さんのお話や歌だったので、経験を積むことでこれほど表現する力が培えるのなら、年を重ねるって素晴らしいことなんだ、と実感しました。それには努力も必要だろうし、誰もがそうなれるわけではないけど、ひとつの指針というか、歩むべき道を見た気がしました。
■人間の誰もが等しく持てる宝物
宝田さんは旧満州で育ち、子どものころにソ連兵に撃たれ、瀕死の重傷を負う経験をしました。終戦後に帰国して、1954年に東宝ニューフェース第6期生としてデビュー。54年に映画『ゴジラ』で初主演して、その後、映画界で活躍します。
ミュージカルに初めて出たのは64年の『アニーよ銃をとれ』。そして『キス・ミー・ケイト』『サウンド・オブ・ミュージック』『スイート・チャリティ』などに出演されミュージカル俳優の草分け的な存在になります。その後も『南太平洋』『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』『ビッグリバー』『ピーター・パン』『ビッグ』『ミー&マイガール』など有名な作品に出演されています。
大劇場の作品だけでなく、71年には渋谷の小劇場ジャンジャンで、エル・ガヨ役の宝田さんが中心となり『ファンタスティックス』を上演します。ニューヨークで見たこの作品に深く感動して、日本でもぜひ上演したいと、自ら動いたそうです。80年には日本で初めてのミュージカル俳優の養成学校、宝田芸術学園を開設されました。
ただ演じるだけではなく、作品を立ち上げたり、人を育てたりと、俳優の域を超えたことも成し遂げてこられました。戦争を体験して、あのように悲惨なことを決して繰り返してはならないという強い信念もお持ちです。
トークも最後となり、「人間の誰もが、等しく持つことのできる宝物は何だと思われますか?」と客席に向かって問いかけた宝田さんは、こう続けました。
「それは、夢を持ち続けることだと思います」
そして、歌われた『見果てぬ夢』。僕は舞台上で、その後ろ姿を見ながら、宝田さんの生き方そのものが、ひとつのミュージカル作品のように思えました。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP社)。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第18回は3月17日(土)の予定です。
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