グーグルマップも誤記 現代を惑わす「存在しない島」
地図に示された通り、目的の島を目指して船は進んだ。ようやく島があるはずの地点にたどり着いたとき、船員たちは信じられないものを目の当たりにする。見わたす限り海が広がるばかりで、数々の地図や海図に記されてきた島の痕跡は、どこにもなかったのだ……。
このように、歴然とした事実と思われていたことが、実は虚構だったという話はめずらしくない。しかしこれは、地球が未知の世界に満ちていた遠い過去の話だとは言い切れない。21世紀の我々が目にする現代の地図にも、そのような「存在しない島」が記載されているケースが少なからずある。
ナショナル ジオグラフィックの書籍『世界をまどわせた地図』は、そのような「存在しない島」や「幻の土地」を記した地図を集めて、その由来や真実を解説する本だ。ここではその中から、つい最近までグーグルマップにも記載されていた「サンディ島」と「マリア・テレサ礁」の物語を紹介しよう。
2012年に実在しないと判明
サンディ島は、オーストラリアの北東、ニューカレドニアの西にある島として、100年以上前から海図に描かれてきた。南緯19度13分、東経159度55分と位置もはっきりわかっていたのだが、2012年11月になって驚きの事実が判明した。
2012年、調査船サザン・サーベイヤー号でプレートテクトニクスに関する調査を行っていたオーストラリアの海洋調査チームは、サンディ島のデータに気づき、調査ルートにこの島を加えることにした。だが、島に向かった彼らを待っていたのは、何もない海だった。わけがわからないままに彼らが水深を測定すると、約1300メートルもあった。さらに調べてみると、グーグルマップでは島の記載を確認できたが、船の航海用海図では同じ場所に何も載っていなかった。
はじめのうち、島が消えた原因はデータの技術的なミスだと考えられた(グーグルのデータにも誤りがまぎれこんだと思われていた)。だがそれは、衛星画像データとイギリス海軍の古い地図情報を組み合わせて作成された最新の電子地図で、時おり発生する問題の典型例だった。
島の出現は1774年までさかのぼる。その年にジェームズ・クック船長が、グーグルのデータより約420キロ離れた位置に「サンディ島」を記録した。1876年には捕鯨船べロシティ号が、クック船長より現在の座標に近い場所に島を見ている。べロシティ号が発見した「サンディ島」などは、19世紀後半の様々な海図に掲載された。1895年に作成されたイギリス海軍水路部の海図もその中の1枚だ。
「誰かが島を捏造(ねつぞう)した可能性は低いでしょう」と英国地図学協会のダニー・ドーリング会長は2012年の記者会見で答えている。「可能性が高いと思われるのは、島の発見時に記録された位置が間違っていたということです。周辺海域のどこかにこの島が実在していたとしても、私はおどろきません」
サンディ島は現在、グーグルマップからは姿を消しているが、いまだに「セーブル島」や「サブル島」の名で記載されている地図が存在する。
ナショジオ地図にも登場した幻の岩礁
もう一つ、21世紀の地図に出現した小さな幻の島を紹介しよう。ナショナル ジオグラフィック協会の地図にも掲載された「マリア・テレサ礁」だ。
1843年11月16日、マサチューセッツ州ニューベッドフォードの捕鯨船マリア・テレサ号のアサフ・P・テイバー船長は、波間に見え隠れする岩礁を目撃し、位置を記録した。これがマリア・テレサ礁として、地図に掲載されはじめる。発見した船長はほかにいなかったが、マリア・テレサ礁は地図から抹消されることなく、生き残り続けた。船に危険を知らせる情報を消す責任を引き受ける者は、誰もいなかったのだ。
1966年にはアマチュア無線雑誌『CQアマチュア無線』に、アマチュア無線愛好家のドン・ミラーがマリア・テレサ礁から生放送の電波を送ったとする記事が掲載された。だが、この記事が出る前の1957年に行われたマリア・テレサ礁の調査では何も発見されず、マリア・テレサ礁は実在しないことが世間の常識になっていたため、ミラーは冷笑を浴びた。
その後、ニュージーランドの海洋調査船HMNZSトゥイ号が、マリア・テレサ礁があるとされた海域の調査を実施。水深は約5000メートルであることが判明した。だが、国際水路局が1978年に発行した海図2683番にはマリア・テレサ礁が掲載されている。1983年に国際水路局はマリア・テレサ礁の位置を計算し直して、西経151.13度から西経136.39度に修正した。
地図でマリア・テレサ礁は、同じ海域にあるという数々の岩礁、例えばジュピター礁やワチュセット礁、エルネスト・ルグベ岩礁などと一緒に描かれていることが多い。これらはすべて実在しないが、最新の地図にも時おり姿を見せている。例えば、エルネスト・ルグベ岩礁は2005年発行のナショナル ジオグラフィック世界地図に掲載されていた。2016年まではグーグルマップでも、南緯35度12分、西経150度40分のところに表示されていた。
[書籍『世界をまどわせた地図』を再構成]
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