日本酒×洋食 ワイン好きも驚く「マリアージュ」
日本酒が世界に広がるにつれ、和食だけでなく洋食やデザートにも合わせて飲めることが重要になってきた。ワインで食事との相性を表す「ペアリング」や「マリアージュ」といった言葉が、最近は日本酒でも使われる。江戸や明治時代から続く蔵元でも、若手が伝統にとどまらない味を求めて酒造りに挑戦している。日本酒と食事のマリアージュが今後どのように広がっていくのか探ってみた。
新世代の日本酒、酸味を意識
「食事で今までのセオリーを打ち破るような日本酒が続々と登場している」。東京・恵比寿で人気の日本酒バー「GEM by moto(ジェムバイモト)」を切り盛りする店主で利酒師(ききざけし)の千葉麻里絵さんは熱っぽく語る。近年は蔵元も若い世代が台頭し、世界各国の料理に親しんで育っている。
若手が造る日本酒の特徴の一つが酸味を意識していることだ。洋食に使うマヨネーズやドレッシングにはビネガーが入っており、酸味とお酒の相性が考えられるようになった。「従来の日本酒の考え方だと酸味はできるだけ避けていた。今はむしろ海外の料理や調味料とも合わせられるよう、酸味を意識したお酒づくりが増えてきた」。栃木の「仙禽(せんきん)」や秋田の「新政」などが代表だ。
これまでの定石だと、魚の刺し身を食べるなら繊細な味わいを邪魔しないようなすっきりした吟醸酒。肉料理だったら逆に肉の味に負けないよう、山廃(やまはい)・生酛(きもと)系のコクのある銘柄が合うとされてきた。ただレストランで一皿ごとに合うワインを紹介されることがあるのに比べ、日本酒はそこまで説明できる人材が多くなかったのも事実だ。
千葉さんは「そもそも日本酒にはマリアージュという言葉が存在しなかった」とみる。コメと水からできている繊細な飲み物なので、それ自身では主張しない「寄り添うお酒」と呼ばれていたという。
熟成酒、新鮮な魚とかんきつ類で
最近、海外の日本酒ファンやソムリエから注目を集めているのが熟成酒だ。酒造会社や飲食業などで構成する長期熟成酒研究会によると、古酒のなかでも特に蔵元で3年以上寝かせたものを「熟成古酒」と分類し、一般的には熟成酒と呼んでいる。日本酒は熟していくと琥珀(こはく)色になり、味は丸みを帯びていく。江戸時代までは熟成酒を飲む文化があったが、明治時代に税制上の理由などから下火になったという。現在は日本酒に深みをもたらす存在として、再び注目され始めた。
千葉さんは「熟成酒は口に含むとスパイシーでコクもあるので濃い料理にも対応できる」と話す。店でお薦めしているのは「サンマ、ネギ、レンコンの梅レモンカルパッチョ」との組み合わせ。サンマは生なら刺し身をしょうゆで食べるのが定番だったが、レモンとオリーブオイルであえることで脂のうま味が引き立つという。
木戸泉酒造(千葉県いすみ市)の熟成酒(純米)"Afruge Ma Cherie 2012"は、藍色のボトルが印象的。サンマを食べてから濃厚な熟成酒を口に含むと、芳醇(ほうじゅん)な香りが漂う。食事のアクセントとなっている酸味と熟成酒のまろやかな味が合わさり、箸を進める効果があるようだ。
「サンマだったら純米吟醸のようなさっぱりしたお酒を合わせることが多かったはず。もちろん合うが、熟成酒で新たな食味を求めることができる」と千葉さんは話す。魚に生野菜を合わせ、オリーブオイルをたらし、かんきつ類の果実を合わせる。レモンの皮を用いても爽やかだ。さらにミントも載せると、香りが食欲をそそる。熟成酒が重く感じたら、氷を入れてロックにしたり水で割ったりすると紹興酒のようで面白いという。
日本酒を飲み始めたという人ほど、実は生魚の料理でオリーブオイルとかんきつ類を使うのがお薦め。通常の魚と日本酒を合わせると、魚特有の臭みまたはアルコールの匂いを鋭敏に感じすぎるケースがあるという。
サンマのように脂がある程度のった魚にオリーブオイルやレモン、ハーブを合わせるとバランスがとれて「お酒との味をつないでくれる」。かんきつ類は料理によってライムやすだちもお薦め。ミカンの汁も甘酸っぱさが味を引き締める。ミントのほか、ほろ苦いディルもリフレッシュ効果があるので合うという。から揚げなど脂が多めの肉料理にも応用できる。
どぶろくの刺激、意外と合うブルーチーズ
個性的なお酒こそ食事との相性を探る楽しさもあるようだ。GEM by motoで意外性があって人気なのは、ブルーチーズを挟んだハムカツとどぶろくの組み合わせ。どぶろくをドレッシングのように使うこともでき、ブルーチーズの塩味に合う。
日本酒は、蒸したコメを麹(こうじ)の働きで糖化させ、糖分を酵母によってアルコール発酵させていく。水も加えて発酵した状態の醪(もろみ)を搾ると、日本酒と酒かすに分けられる。どぶろくは醪のまま取り出したお酒で、酒かすがあるので柔らかなコメの食感も味わえる。
ただ、どぶろくは一般的な日本酒と比べて酸味が強かったり、発酵によってできる炭酸の泡が残っていたりする。個性が強いので、どんなシーンで飲めばいいのか初心者には分かりづらいお酒でもある。千葉さんが出すのは民宿とおの(岩手県遠野市)の「どぶろく・水もと」。熱々のブルーチーズがとけたハムカツはごはんが欲しくなる味。どぶろくを口に含むと酸味とチーズが合うほか、サクサクの衣の食感とどぶろくの柔らかなコメの舌触りが調和する。
「熱かん×お茶=熱かん茶」の美味
冬が近づき、寒さの到来とともに人気となるのが熱かんだ。実際にどの日本酒が熱かんに向いているかを見極めるのは難しい。千葉さんは「お湯の代わりに温めた日本酒でお茶をいれると、日本人だけでなくフランス人にも受け入れられる美味になった」と語る。お茶の香りが立つので、あれこれと日本酒を選ばなくとも気軽に楽しめる「熱かん茶」になる。
千葉さんは様々な茶葉や温度帯で試していき、たどり着いたのはほうじ茶。緑茶だと独特の苦みも出るが、ほうじ茶は香ばしくうま味もあるので、日本酒のコメ由来の甘みと調和してくれる。「初心者が熱かんをつくるときはお酒の酸味が出すぎて風味を損なうリスクもある。ほうじ茶だと酸味が出ても包み込んでくれる」。日本酒は60度程度に温めると、ちょうど良い具合にお茶の成分が出てまろやかな味わいになる。通常の茶こしに茶葉を入れるか、急須を使ってもいいので簡単だ。
実際に飲んでみると、日本酒のキレを残しつつも、温かいお茶でほっとするような感覚。今回合わせたのは「仙禽ナチュールアン」という銘柄。冷酒で飲んだときの爽やかさと比べ、お茶との組み合わせでは趣の異なった優しい味わいになる。
昆布やかつお節のような「だし」を使った料理に合うという。この「熱かん茶」は香りがしっかりした日本酒より、すっきりした純米酒のほうがお茶の風味を引き立てやすい。
試行錯誤を重ね、新たな日本酒と食事の関係を見つける楽しみに浸ってみてはいかがだろうか。
(小太刀久雄)
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