致死率30%「人食いバクテリア」の正体 対処法は?
2017年8月に米国テキサス州をハリケーン「ハービー」が襲い、ヒューストンの街は洪水により甚大な被害を受けた。その濁った水の中に、誰知るともなく危険な生きものが潜んでいた。目には見えないその生物は、浸水した自宅で転倒し、腕を骨折した77歳のナンシー・リードさんを攻撃した。
ほどなくリードさんは亡くなった。犯人はいわゆる「人食いバクテリア」である。強力に進化した菌がリードさんの皮下組織に侵入し、筋膜と呼ばれる組織に感染し、まるでハリケーンのように行く手にあるもの全てをみるみるうちに破壊したのだ。
人食いバクテリアという呼び名は、厳密には正しくない。細菌は人の肉を食らうのではなく、毒素を出して、それが組織を液状化させる。医学的には「壊死性筋膜炎」と呼ばれる。米国疾病予防管理センター(CDC)によると、米国では年間およそ1000件の症例が報告されているが、実際にはもっと多いとも言われている。
これはいったいどんな菌なのだろうか。対策はないのか。現在までにわかっていることを以下に紹介する。
【人食いバクテリアの正体】
壊死性筋膜炎を引き起こす劇症型の細菌は数種類いる。なかでも最も一般的なのはA群連鎖球菌である。実は、私たちの身の回りに普通に存在する菌だ。人間の喉にもよく生息しており、普段は何の害も及ぼさないが、時に咽頭炎やしょうこう熱を引き起こし、組織を壊死させることもある。
2014年に、A群連鎖球菌のゲノムの塩基配列が決定されると、細菌には過去数十年の間に4段階の変化が起こり、その結果より伝染力の強い病原菌が生まれたことがわかった。特に、別々のウイルスに2度感染したことによって、細菌は病気を引き起こしやすいウイルスの遺伝子を併せ持つようになった。
【どのようにして体の中へ入り込むのか】
「ほとんどの場合、どこかに入り口があるはずです。切り傷があると、細菌はそこから皮膚の下深くまで潜り込めますが、トゲや針先による小さな傷口や、虫刺されの跡も侵入経路になります」。米バンダービルト大学医療センターの感染症専門医で、連鎖球菌の研究を数十年間続けているウィリアム・シャフナー氏はそのように説明する。だが、侵入口が見つけられない場合もあるので、まったく傷のない皮膚でも、細菌は通過できるのかもしれない。
【感染症はどのぐらいの速さで広がるのか】
細菌の動きは速い。シャフナー氏によると、感染は1時間に2.5センチの速度で拡大し、短時間で敗血症や多臓器不全を引き起こし、およそ3人に1人は死に至るという。
【初期症状は?】
主な症状は、発熱や表面的な皮膚の変色ではなく、激痛であることが多い。体の奥深くで組織が破壊されるためだ。「本当にそれとわかる頃には、既に大変なダメージを受けていることが多いです」と、シャフナー氏は言う。
【治療法は?】
シャフナー氏によれば、「主な治療法はふたつ。抗生物質を投与することと、手術で細菌を酸素に触れさせることです」。これらの細菌の多くは嫌気性であり、したがって、空気にさらされると死滅する。また、既に壊死したりダメージを受けてしまった組織も切除して、傷の回復を助けることも必要だ。
【これらの細菌に一度感染すると、免疫はできるのか】
「まさにそれを現在研究中です」と、シャフナー氏。第一に、A群連鎖球菌の中でも特に壊死性筋膜炎を引き起こしやすいタイプがあるのかどうかを特定しなければならない。それから、感染症を発症した患者を調べ、遺伝子が関係しているかどうかを明らかにする。
「咽頭炎にかかる人は多いですが、深刻な疾患に発展する患者はまれです。A群連鎖球菌に感染した場合に、重篤化しやすい遺伝的な要素を持った人々がいるのでしょうか。まだ答えは見つかっていません」
【ワクチンの研究は進められているのか】
「『はい』とも言えるし、『いいえ』とも言えます」と、シャフナー氏。壊死性筋膜炎の原因となる全ての菌に有効なワクチンは存在しないが、A群連鎖球菌全般に効くワクチンは研究されている。A群連鎖球菌は、リウマチ熱など数多くの疾患を引き起こすためだ。もし、広範に対応できるワクチンが開発されれば、人食いバクテリアに感染した患者をもっと多く救うことができるようになるだろう。
(文 Elizabeth Armstrong Moore、訳 ルーバー荒井ハンナ、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2017年10月6日付]
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