顔は真っ青で手は震え… 困った!僕の彼女は落語嫌い
立川笑二
師匠と兄弟子の吉笑とともにリレー形式で連載させていただいている、まくら投げ企画。27周目。今回の師匠からのお題は「困った話」。
この連載で何度か書いたことがあるが、私には高校2年生のころからかれこれ10年近く付き合っている彼女がいる。そして、この彼女が大の落語嫌いで困っているのだ。
そもそも、彼女が落語嫌いになった原因は私にある。私が上京し落語家になって間もないころ。沖縄と東京という遠距離で付き合っていた私たちのコミュニケーションはもっぱら電話であり、私はその電話で毎日のように覚えたての落語を彼女に延々と聞かせていたのだ。
一番最初に覚えた「道灌」という落語は50回じゃきかないぐらい電話越しにしゃべったと思う。後に彼女は「修業中の人間の落語を聞かされるのが、何よりもつらい修業であった」と語っている。この時期に、彼女の中では落語嫌いの心がむくむくと育まれていたらしい。
そして決定的なとどめを刺したのは、彼女が就職活動で東京に出てきたときのこと。東京に知り合いがいない彼女は就職活動期間として設けた3カ月の間、私の部屋で同棲(どうせい)することになった。そこで毎晩のように、逃げ場のない四畳半の部屋の中、夜通し、差し向かいで落語を聞かせた結果、同棲を始めて1週間もたたないうちに発狂した彼女は
「もし何かの間違いでお前が売れたとしても、そこに私の犠牲があったことを忘れるな!」
と言い残し、マンスリーマンションへと去って行ってしまったのだった。
その後、どうにか仲直りすることはできたのだが、それは私が「落語の話は一切しない」という条件を承諾したからである。
そういう経緯で、私の彼女は落語嫌いになってしまったのだ。全くもって遺憾である。しかし、その条約が締結された3年後。埼玉の企業に勤め始めた彼女は、私の落語を聞かざるを得ない状況に陥っていた。今回はその時のお話。27投目!えいっ!
彼女は薬物アレルギーを持っている。薬物に含まれるなんとかいう成分(詳しく聞いたけど忘れた)が体内に入るとアレルギー反応を起こしてしまうため、子供のころから病気を患っても薬を飲まずに、ひたすら自然治癒を待っていたそうだ。
それでも、就職して社会人になってからは、そうそう長期間仕事を休むわけにはいかなくなった。
あるとき、体調を崩してしまった彼女は近くの総合病院へ行き、お医者さんに薬物アレルギーの検査をした上で、アレルギー反応が出ないと思われる薬を処方された。
「大丈夫なはずですが、念のため薬を服用してから48時間は、付き添いの人にみてもらってください」
と先生から言われたことで、私がその付き添い人になることとなった。
しかし、彼女が薬を服用したその日、私には朝から晩まで3公演の仕事が入っていたため、私は自分の出演する落語会についてくるよう彼女を説得した。
もちろん私のキャリアで、多くの先輩方がいらっしゃる楽屋に彼女を連れていくことはできないので、彼女には客席に座ってもらう。彼女が客席から私の落語を聴くのではなく、私が高座から客席にいる彼女の無事を確認するという方法を提案したのだ。
一人で発作に苦しむ可能性と、私の落語を聴くことを天秤(てんびん)にかけ、随分と悩んだ末に
「死んじゃうぐらいなら落語を聴くわ」
と彼女は言った。なにはさておき、遺憾である。
かくして落語嫌いの彼女は、よっぽどの落語好きでもあまり行わないであろう1日3軒の落語会をハシゴすることになったのである。
そして、事件は夜の落語会が終わった直後に起きてしまった。
3軒目の落語会の終演後。他の出演者とともにロビーに立ち、お客さんを見送っていたのだが、なかなか彼女が客席から出て来ず、とうとう彼女以外のお客さんは全員帰ってしまった。
自分が見逃してしまっただけで、彼女はすでに外に出たのかしらん? と思いながら客席をのぞくと、彼女はいた。
客席の最後列の一番端の方。両ひざにひじをつき、両手で顔を覆うようにしている。寝てるのか? と思って近付くと、どうやら少し震えているではないか。
慌ててかけ寄り
「どうした?」
と声をかけると、真っ青になった顔を上げた彼女が
「ごめんなさい。私、本当に落語ダメみたい……」
翌日、彼女はケロッとしていた。
落語家の彼女が落語アレルギーなのは、本当に困った話である。
(次回9月10日は立川吉笑さんの予定です)
1990年11月26日生まれ。沖縄県読谷村出身。2011年6月に立川談笑に入門。前座時代から観客を爆笑させ評判に。14年6月、二つ目に昇進。出囃子は「てぃんさぐぬ花」。立川談笑一門会のほかにも、立川吉笑、立川笑坊ら一門、立川流の若手といっしょに頻繁に落語会を開いて研さんを積んでいる。
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