ラジオで毎週「生歌」 しゃべりも絶好調(井上芳雄)
第3回
井上芳雄です。今回はラジオの話をしましょう。4月からTBSラジオで『井上芳雄 by MYSELF』という番組を持っています。30分の番組の中で毎週2曲、ピアノの生演奏で生歌を披露しています。「ラジオで毎週、生歌なんて、誰もしたことないですよ」と周りの人に驚かれますが、「だからこそ僕らしい」と考え、思い切って始めてみました。
前から、自分のラジオ番組を持ちたいと思っていました。舞台俳優としてのキャリアが長くなるにつれ、自分の言葉で話す機会が増えてきたこともあって、しゃべる仕事に興味が出てきたからです。舞台のカーテンコールでのあいさつから、トークショーやテレビのバラエティー番組への出演まで、舞台俳優の中でも僕はしゃべる機会が多いと思います。
舞台だと、メークをして衣装を着るので、準備に時間がかかります。それに比べると、ラジオは気楽に普段着感覚で臨めるのかな、という興味もありました。
そんな折に、今の番組のディレクターの方が担当している別の番組にゲスト出演したのがきっかけで、自分のラジオ番組を持つという夢が幸運にも実現したのです。
生で歌うのは、僕のアイデア。リスナーの方に何が一番喜ばれるだろうと考えたとき、やっぱり歌だろうと。ミュージカル俳優が面白おかしくしゃべっているだけでは、お笑い芸人の方や本業のパーソナリティーの方にはかないません。すると僕は歌えるのが最大の強みだし、歌うのはそれほど特別なことでもないから、逆にやりやすくもあるかなと思いました。自分が一番得意なことで勝負しようと考えたのです。
■日曜夜のシークレット・コンサート
1人でしゃべって、1人で歌って、全部自分でやる。そういう意味で「by MYSELF」です。生演奏をしてくれるのは、僕が信頼している、素晴らしいピアニストの大貫祐一郎さん。大貫さんと一緒にコンサートをやるみたいな感覚で、曲目は事前に明かしませんから日曜夜のシークレットコンサートです。
2曲のうち1曲はポップスで、誰もが知っている曲をまず歌い、もう1曲は僕の本業であるミュージカルの曲を歌います。普段から歌いたい曲のリストをストックしておいて、スタッフの方と相談しながら、実際に歌う曲を決めています。
これまで歌った曲は、ポップスは井上陽水さんの『少年時代』、松田聖子さんの『瑠璃色の地球』、坂本九さんの『心の瞳』など幅広いですね。ミュージカルナンバーは最近まで自分が出ていた『グレート・ギャツビー』からの曲や、『レ・ミゼラブル』『美女と野獣』といった有名な作品からの曲も取り上げました。
スタジオにはマイクが2つあります。トーク用と歌用です。トークが終わると、「じゃあ、次はこの曲を聴いてください」と言って、歌用のマイクに向かって歌い始めます。舞台に立って歌うときのように声を張り上げるわけでもなく、座ったままで軽く歌うのは、僕にとってすごく新鮮なシチュエーションです。「あと何分」とか次の進行を考えながら、歌うのも本当にコンサートのよう。ライブ感が満載で、とても面白い。
練習は、もちろんします。初めて歌う曲も多くて、母の日にかりゆし58さんの『アンマー』を歌ったのもそうでした。だから、本当にうまく歌えるかどうか、毎回が賭けです。
トークに台本はありません。ミュージカルにまつわる質問や悩み相談に答えるコーナーはありますが、前もって質問や悩みを聞かないようにしています。その場で浮かんだ答えをしゃべっています。
たぶん、あまり考えるとダメなのだと思います。ライブは、その瞬間で出てくるものが一番面白いはずだから。とは言っても、言葉が何も浮かんでこないときもあります。とても怖いことですが、そこは勇気を持ってチャレンジするしかない。
■毒舌を吐いたり、適度に本音も
ほかの方のラジオ番組を聴いていると、個人的な出来事というか、何を食べたとか、こんな人に会ったという、友達としゃべっているみたいな感じのトークが多いですね。僕も、日常生活の中で気になっていることを話しているうちに、次のネタが出てくるし、1つのことを言い出したら、そこから枝葉が分かれていって、というふうに話を広げていきます。
でも、番組を始めるまでは、本当に自分にラジオができるかわかりませんでした。台本もないのに、何をしゃべればいいんだろうと不安だったし、トークの訓練をしたわけでもないし、先生もいない。それを考えると、今の自分はすごいと思います。よく1人でペラペラとしゃべれるものだなと、我ながら感心します(笑)。
やはり最初に言ったように、キャリアを積むにつれてしゃべる機会が増え、そこで得た経験が生きているのでしょうね。ちょっと毒舌を吐いたり、適度に本音を出したりすると、興味を持たれたり、喜ばれたりというノウハウも自然と身につきましたし。
10月には東京国際フォーラムで番組のスペシャルライブが開かれます。今度はお客さんの前で実際に歌を披露するわけですが、リスナーの方とのリアルなふれあいも楽しみです。
1979年7月6日生まれ。福岡県出身。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。大学在学中の2000年に、ミュージカル『エリザベート』の皇太子ルドルフ役でデビュー。以降、ミュージカル、ストレートプレイの舞台を中心に活躍。CD制作、コンサートなどの音楽活動にも取り組む一方、テレビ、映画など映像にも活動の幅を広げている。著書に『ミュージカル俳優という仕事』(日経BP社)。10月12日(木)に「井上芳雄 by MYSELF スペシャルライブ」を東京国際フォーラムで開催。
「井上芳雄 エンタメ通信」は毎月第1、第3土曜に掲載。第4回は8月19日(土)の予定です。
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