凄腕トレーナー直伝 失敗に負けないメンタルの鍛え方
格闘技界のチャンピオンメーカー・古家政吉さんに聞く【後編】
格闘技界の「チャンピオンメーカー」として知られる古家政吉さんに、ビジネスパーソンに役立つ「メンタルの鍛え方」を聞くインタビュー。本番に強いメンタルを作る方法を聞いた前編「『本番に弱い人』を強くする 万年2位からの脱し方」に引き続き、後編では、失敗してしまったときのメンタルの立て直し方について聞いていこう。
ショックの大きさに配慮して言葉を濁してはダメ
この「切り替える」という言葉は、スポーツ選手が試合で負けてしまったときによく使いますね。「切り替えて、次の試合に備えたい」と。しかし、実際に敗戦で強いショックを受けた選手が「気持ちを切り替えること」はなかなか難しいものです。
――「切り替えます」と言葉にすることで、気持ちを切り替えようとしていることもあるでしょうね。
それはあると思います。前向きな言葉を口にすることは、自分にも、周囲にも良い効果があるんですよ。
まず、私が普段、試合で負けた格闘家とどう接しているかについてお話ししましょう。格闘技会場のバックステージでよく見られるのは、試合を終えて、敗北のショックにうなだれている選手を中心に、少し離れてトレーナーや同僚の選手たちが輪を作っている光景です。負けた選手には、誰も声をかけられない空気なんですよ。
――そっとしておくんですね。
しかし、それではダメだと思います。私は、負けたときほど選手のそばにいて、声をかけます。むしろ、勝った場合は離れていますね。放っておいても「よくやった」「おめでとう」とみんなが寄ってきますから。
前編「『本番に弱い人』を強くする 万年2位からの脱し方」でもお話ししましたが、格闘家の「1敗」は非常に大きい意味を持っています。私が指導している選手はK-1を主戦場にしていますが、タイトルマッチで負けてベルトを失ったり、トーナメントに出場して負けてしまったら、経済的にも打撃を受けます。勝者は「K-1チャンピオン」の栄誉を手にして、次も華やかなK-1のリングで試合することが約束されます。しかし、ベルトを失った者やトーナメントで優勝できなかった者は、次にいつ、K-1で試合ができるかは分かりません。
――名誉を失い、これからの生活の不安もある。それはショックが大きいですね。
ですから、負けた直後の選手はみんな呆然としています。相手のパンチをたくさん受けているケースも多く、試合内容をよく覚えていないことも多いです。だから、必ず「試合はどうだった?」と周囲に確かめるのですが、周囲の人は選手のショックの大きさに配慮して、たいていは「良かったよ」とか「頑張ったよ」と言葉を濁してしまう(苦笑)。
選手からすれば、良かったならなぜ自分は負けたんだ、と思いますし、私が選手なら「そばで見ていて、なぜ何も言ってくれないのか?」とトレーナーに不信感を持つでしょう。
私は、必ずその場で「敗因」を言います。「攻めに出るタイミングが遅かったね」とか「終盤に失速したね」と。
敗因をその場ではっきり指摘し、改善策を伝える
――それは、傷口に塩を塗るようなことになりませんか?
敗因を指摘された選手はショックを受けるでしょう。もし、私がその場で「お前、もうダメだよ」と言えば、絶望して辞めてしまうかもしれません。
そこで大事なことは、敗因を指摘するだけでなく、「だから、これからの練習ではここをこう改善しよう」と改善策を出すことです。「お前のポテンシャルなら、ここを改善したらもっとできるはずだ」と。負けた直後に、その場で改善策が出せるかどうかが、トレーナーの手腕だと思っているんですよ。
「そっとしておく」や「気休め、慰めの言葉をかける」だけでは何も変わらないですし、敗戦のショックを受けたままで家に帰してしまうのは一番やってはいけないことです。立ち直るまでに長い時間がかかってしまいます。
格闘家のピークはせいぜい5、6年。その間にタイトルを取り、防衛し、メディアにもどんどん出て知名度を上げて、引退後の第二の人生を充実したものにしなくてはいけません。そのために、現役時代は1分、1秒を惜しんで、強くなるためのトレーニングをしないといけないんですよ。敗戦のショックをいつまでも引きずっているわけにはいきません。
――なるほど。
これはビジネスシーンでも共通するポイントだと思いますが、失敗して、落ち込んでいるヤツが一人であれこれ考えたところで、「次はこう改善しよう」なんて考えられないですよ。ショックが大きすぎて「あのときにこうしていればよかった」と、つい過去ばかり振り返ってしまう。
ですから、私はすぐに選手と改善策を話し合います。負けた直後の選手には酷なことですが、暗闇の中に放置してはいけないんです。「何がいけなかったのか?」「どこが悪くて負けたのか?」と頭の中でグルグルと考える時間を少しでも短くして、冷静に「次はこう改善しよう」と前を向かせてあげるのがトレーナーの仕事です。
――切り替えが上手くいかない選手はいますか?
いますね。私の知る選手は、負けて1カ月間家に引きこもりました。信頼できるトレーナーもそばにおらず、敗北のショックを一人で抱え込んで、なかなか立ち直れなかったのです。
私は、負けた選手には「まず、周りの人に感謝しなさい」と伝えます。敗北のショックで「負けた。ダメだ」と目の前の結果だけしか見えなくなっている状態なので、少し視野を広げてみるように促すのです。
そうすると、試合までに協力してくれた仲間や家族の存在に気づきます。いろんな人が協力してくれたからこそ試合ができたわけで、結果よりもまず「試合をするまでの過程」に感謝しなければいけない、ということを思い出すのです。
そうして試合までの過程を振り返ることで「結果が出なかった。俺はダメだ」としか考えられなかった頭の中が少しずつ整理されて、冷静に周りを見ることができるようになります。その状態になると「この悔しさを晴らすために、次は試合に臨むまでの練習をどうしようか? どこを改善しようか?」と前を向けるようになります。
――「失敗した!」とパニックになった頭の中を整理してあげる。そうしたコーチングをするんですね。
そうですね。敗北という結果だけを見ていても落ち込むだけで、何も解決できません。そんな状態で「そっとして」おかれても、結果を引きずってしまうだけ。もし、この記事を読んでいるビジネスパーソンが、部下が大きな失敗をして落ち込んでいるときは、ただ見守るだけではなく、「次にチャンスをつかむために、何をどう改善していけばいいか」を冷静に助言してあげてほしいと思います。
周囲に敗因を聞けるかどうかで、立ち直り方は大きく変わる
――失敗して落ち込む部下に的確な改善策を示してくれる「理想の上司」もおらず、自分で切り替えるしかない場合はどうすればいいでしょう?
失敗してメンタルが落ちない人はいませんが、切り替えが上手い人、下手な人は、負けた直後の態度を見れば分かります。切り替えの下手な選手は、ガックリと落ち込み、うなだれて、ずっと「ちくしょう」とブツブツ言っています(苦笑)。そうなってしまうと、周囲の人間も「悔しいね」しか言えないですし、遠巻きに眺めるしかないんです。
一方、切り替えの上手い選手は、すぐに周囲に聞きます。「どうでした?」「どこが悪かったですか?」と。そうすると、周囲も気づいたことを指摘しやすいですよね。「動きが悪かった」とか「終盤、攻めが足りなかった」とか。そうした指摘から敗因が明らかになり、「では、次はここを改善しよう」という前向きな話ができます。けががなければ、早々にトレーニングに復帰して「よし、次へ!」となります。
次に向けて体を動かし始めると、自然と心も回復していきます。しかし、切り替えが下手な人は「負けた自分」「失敗した自分」を引きずり、トレーニングの再開は遅れ、心の回復も遅くなります。
――周囲に敗因を聞けるかどうかで、大きく変わるんですね。
そうですね。自分で気持ちを切り替えるしかない環境にいる人には「周囲に話してみること」を勧めます。上司でも同僚でもいいですし、家族や友人でも「こういう商談が上手くいかなかったんだけど、どこが悪かったのだろうか」と聞いてみる。
納得のいく答えが返ってこなくてもいいんです。人に話すことで、自分の頭の中が整理できますし、様々なアドバイスや意見を聞いてみると、自分の仕事の仕方を見直すヒントが得られたりします。失敗して、落ち込んでいる人には周囲も気を遣ってしまい、アドバイスもしにくいでしょう。自分から「こんなことがあったんだけど、どう思う?」と切り出せば、周囲もアドバイスしたり、意見を言いやすくなりますよ。
切り替えの下手な人は、普段から自分の殻にこもりがちで、周囲には「聞く耳を持たない人」と思われていることが多いですね。
――そういう人が負けたり、失敗すれば、なおさら周囲は「腫れ物に触る」感じになってしまいますね。
そうです。ますます孤立して、切り替えることができなくなります。失敗したときは、つい下を向いてしまいますが、そういうときほど意識的に顔を上げて、周囲の人と話した方がいいです。
物事をポジティブに捉えられるかどうかも大事です。「失敗は恥だ、ダメだ」とネガティブに捉えるのではなく、失敗したことで自分のやり方を見直し、上司や同僚や他の人の意見を聞く機会を得た。つまり「この失敗は、成長するチャンスなんだ」と捉える。それができると、失敗して落ち込んだ気持ちからの「切り替え」も早くできるようになります。
私は人材育成に携わってきて「失敗する人ほど、伸びていく」というケースをたくさん見てきました。
教わったマニュアル通りにやれば、一定の仕事はできるようになります。しかし、マッサージやトレーニングの世界は、日々新たな理論が発見されていて、情報は更新されています。我々専門家は、そうした新たな知識をいち早く吸収して、新たな方法にチャレンジすることが求められます。
新しいことにチャレンジするのはリスクを伴いますから、当然失敗することもある。しかし、失敗するからこそ分かることがありますし、教訓にして改善すればより良いものになる。結局、常に好奇心、探求心を持ち、どんどん新たなチャレンジをする人ほど成長していきます。
――なるほど。
失敗は、成長するチャンスです。そして、失敗をして、落ち込んで、気持ちを切り替えて立ち上がる経験をすることで、メンタルは強くなっていきます。失敗したときは「よし、これは強いメンタルを作るチャンスだ」と思ってください。
メンタルを鍛えたいなら「走ること」がお勧め
――最後に、もっとメンタルを強くしたい、切り替えが上手くなりたい、というビジネスパーソンにアドバイスはありますか?
メンタルを強くしたい人には「走ること」を勧めたいですね。仕事とプライベートの切り替えになりますし、走ることで、心も体も鍛えられます。
――……頭では分かっているのですが、なかなか(苦笑)。
走るのはキツい作業ですよ。別に走らなくたって誰かに怒られることもないので、「今日は疲れているから」とかいろいろな言い訳をして走らないこともできます。だからこそ、走ることはメンタルを鍛えてくれるんです。
私も普段、トライアスロンのトレーニングのために週4日走っていますが、走り始めは毎回葛藤しています(笑)。今日は足が痛いな、体が重いなとか。しかし20分も走ると「悩むのは時間の無駄だ。よし、切り替えて最後まで走り切ろう!」とスイッチが入り、「無」になって1時間、走り切れます。
この「切り替えよう!がんばろう!」という体験を積み重ねると、日常生活でも決断が早くなりますし、失敗した後の切り替えもスムーズにできるようになります。「自分の決めたルーティンをやり通した」という自信にもつながります。走ると体形はシュッとして、体調の変化にも敏感になります。周囲から一目置かれますし(笑)、得することばかりですよ。
私は指導するプロの選手には必ず「毎朝走るように」と言いますが、これを読んでいるビジネスパーソンにもぜひおススメしたいですね。
パーソナルトレーナー。1969年生まれ。リラクゼーション&パーソナルトレーニング「HOGUMI」オーナー。40代からトライアスロンを始め、現在は「世界一過酷なレース」アイアンマンレースに挑戦中。これまで、長島☆自演乙☆雄一郎、京太郎(現・藤本京太郎)、久保優太、卜部弘嵩、卜部功也と5名のK-1チャンピオンを育てた。著書に『カラダ革命 腹を凹ます』(日本文芸社)など。
(ライター 茂田浩司)
[日経Gooday 2017年6月2日付記事を再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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