「らしさ」追わず、女心つかむ ヒットのツボを聞く
商品を買ってもらうのに、女性の心をうまくとらえることはヒットの条件と言っていい。でも「女性らしく」という古い固定観念にとらわれていてはだめ。ニーズにしなやかに応える、常識を超えた新たな開拓者を追った。
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実用一筋の仕事バッグ エースの山口彩乃さん
「女性向けのビジネスバッグでも、黒やグレーだから受けるんです」。かばん大手のエース(東京・渋谷)で2016年9月に発売した女性向けシリーズを担当する山口彩乃さん(28)は話す。
明るい色や丸みを帯びた形、きらきらした金具といった従来型の女性向け要素をあえて取り払い、実用性を突き詰めたことで、「ビジネス相手に真摯に取り組む印象を与えられる」という女性の支持を広げている。
「これまで女性は内勤のイメージが多かったけれど、営業で外回りをしたり、出張に出かけたりも当然。職種や働き方は多様だ」。ファッション要素が強いハンドバッグでは働く女性のニーズを十分にとらえられていない。仕事の実用性に応えるためには何が必要か。
山口さんが取り組んだのは徹底的な現場でのリサーチだ。通勤ラッシュの東京駅や羽田空港で、ビジネスウーマンの服装や持ち物をチェック。社内の女性には出張時の持ち物や通勤時のバッグに求める機能などを細かく聞いて回った。
女性の衣類にはポケットが少ない。補うにはカバンに外づけポケットが欲しい。パソコンや書類を入れて重くなるのを支えるためには長くて太い肩ひもが必須だ。ストッキングや繊細な素材の服にひっかからないナイロンやポリエステル素材。出張時や仕事帰りのジムではアクセサリーを外すから、しまえる収納があると便利だ――。一見するとわからないが、うれしい機能をちりばめた。「おしゃれカバンは休日に持てばいい。仕事だからこその女性の需要は確実にあるんです」
サボり肯定化粧品 スタイリングライフ・ホールディングスの大小原碧里さん
朝起きて、美容マスクを60秒はりつければ洗顔、スキンケアはおわり。すぐにファンデーションをつけて出掛けられる。コスメブランド「サボリーノ」の朝用マスクは15年4月の発売以来、累計販売5100万枚を超えるヒット商品だ。
「私も日ごろ疲れていろいろサボっちゃいたいときはある。さぼれるもの、時短できるものを作ろうがキーワードでした」。輸入雑貨店「プラザ」を運営するスタイリングライフ・ホールディングス(東京・新宿)の社内カンパニー「BCLカンパニー」の開発チームを率いたリーダー、大小原碧里さん(31)は笑顔で話す。
化粧品といえば時間と手間をかけてこそ、美しくなれるというのが定説だった。しかし現代の女性は時間に追われる。「サボり」をあえて肯定したら何ができるかに頭をひねった。
朝用マスクは朝の目覚めに役立つようメントール成分を配合。箱から両手で引き出すと、時間を掛けて整えなくても顔にそのままピタリと載せられる箱の形にこだわった。反響は予想以上で、発売時には半年分の在庫を見込んだ量が1カ月で売り切れた。
17年7月には商品群を拡大。入浴をサボりたい時にメイク落としから保湿、全身のふきとりまで1枚でできるボディーシートなどを発売する。「化粧品に限定せず、時短のヒントはまだまだあるはず」と大小原さんは等身大の女性ニーズ掘り起こしに意欲を見せる。
マーケティングライターの牛窪恵さん(49)は「女性らしいという常識の思い込みからは、画期的な商品は生まれない」と指摘する。仕事やプライベートなど、シーンによって身につけたい衣服や使いたい物は異なる。「今の女性は仕事の場で『女性だから』と見られたいと思わない人も多い」(牛窪さん)。ひとくくりにしたイメージにとらわれていては消費者を見誤る。
人口減社会で働く女性やワーキングマザー、共働き家庭が新たな消費者としての女性層を生み、ビジネスチャンスにつながる。「『時短』は時間にメリハリをつけたい女性の需要に応えるトレンド」(牛窪さん)。多様化する女性の悩みを解決する商品やサービスを作りあげるには、生の声を聞き新たな常識を見いだす発想が欠かせない。
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多様なニーズ拾い上げ~取材を終えて~
「見た目が『いわゆる女性向け』でないと、発売当初は売り場で売りにくかったのは確か」。女性向けビジネスバッグを発売した苦労をエースの山口さんがこぼしていた。ふらりと通った女性が商品を眺めても、男性向けだと思ってなかなか手に取らなかった。従来のイメージから外れた商品だからこそ、なかなか心に届かなかったのだ。
現状、エースの女性向けビジネスバッグは指名買いが多い。インターネットで同バッグの工夫と特徴を十分知ったうえで買いに来る。
シリーズのコンセプト自体は「ジェンダーフリー」。女性が使いやすいという視点で開発を進めた結果、軽さなどを求める男性にも一定数の支持を得ているという。「女性らしさ」「男性らしさ」という思い込みを捨て去ることが今を生きる多様な消費者のニーズを拾い上げることにつながるのではないかと感じた。
(若山友佳)
[日本経済新聞朝刊2017年6月19日付]
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