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リーダーの母校

甲子園のスターは同級生、早実で責任感育つ 上野金太郎・メルセデス・ベンツ日本社長が語る(上)

2017/6/19

 昨年、2年連続で輸入車販売1位となったメルセデス・ベンツ。好調を支えるのが、2012年に就任したメルセデス・ベンツ日本の上野金太郎社長(52)だ。長身でスポーツマンのようないでたちは、いかにも外資系企業のトップ。だが、多感な10代後半を過ごしたのは、バンカラな早稲田実業学校高等部(早実)だった。そこで上野氏が得たものとは。

 小中学校はアメリカンスクールに通った。

 生まれも育ちも日本で、ごく普通の日本人でしたが、破天荒でいささか風変わりな父の意向で、小学校から東京都内のアメリカンスクールに通いました。

 父は外資系企業で働いていましたが、特に英語ができたわけではないので、言葉の面で歯がゆい思いをしていたのではないでしょうか。私をアメリカンスクールに入れたのも、息子は同じ目に遭わせたくないという親心からだったのではないかと思います。

 しかし、私も母もそんな話は一度も聞かされていなかったので、小学校に上がる前に2人でランドセルを買いに行きました。家に戻ってきたら、父から「ランドセルなんて必要ないから返して来い」と命令され、仕方なく返品しに行ったことを覚えています。

 学校生活は、当然ながら、英語がわからず非常に苦労しました。アルファベットも読めない。周りの言っていることも、ちんぷんかんぷんでしたね。毎日、非常につらい思いをしました。

 でも、子供だから慣れるのもあっという間。2年生になると英語の問題はほぼなくなり、友達もたくさんできました。学校の近くには大使館がたくさんありました。その子弟も通っていました。インド人の友達とインド大使館でインドカレーを食べ、日本のカレーと違うことに驚いたり、外交官の家に遊びに行って、その広さに目を丸くしたり、楽しい日々を過ごしていました。

 ところが、途中で日本の中学校に転校、普通に高校受験することに。

 アメリカンスクールの8年目、日本の教育システムでいうと中学2年のある日、日本の中学校に転校する決心をしました。

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