「本当にシビック売れますか?」 ホンダの本音を直撃
この夏最大の注目車は、このクルマかもしれない。6年ぶりの国内再投入が決まったホンダ「シビック」だ。1972年生まれのあまりに有名な世界的FFコンパクトだが、今日本でこのジャンルはハイブリッドかミニバンしか売れなくなっている。ましてや最新型の10代目は、北米向けにミディアムクラス並みのサイズになっている。そのクルマをなぜ再び日本市場に入れるのか? プロトタイプ試乗会でラージ・プロジェクト・リーダ-(LPL)の竹沢修氏と、エンジン担当の松持祐司氏に、小沢コージが思い切って直球勝負を挑んだ。
その考え、ちょっと青臭くないですか
小沢コージ(以下、小沢) すみません。誠に失礼だとは思うのですが、本当にシビックが国内で売れるとお考えなのでしょうか。正直、僕は今の日本の200万円台マーケットはミニバンとハイブリッドに侵されていると思っていまして。ましてやそのムーブメントはホンダ自らが1990年代につくったもの。そのうえ今回の新型はセダンが4.6m台でハッチバックが4.5m台でしょう。すっかり大きくなったし、スーパーハイブリッドが搭載されたわけでもない。そういうものを今なぜ日本で売るのか。勝算を教えてください。
竹沢修氏(以下、竹沢) 台数的にはそんなに出さないです。それが正直なところです。
小沢 なんだ。それを聞いて安心しました。最近のホンダはF1にしろずいぶん途方もない夢ばかり追いかけていると思っていたので。かなりひどい原稿を書いてしまったり(苦笑)。
竹沢 そこは皆さんと同じ気持ちです。同じ日本人ですので(笑)。
小沢 ではなぜシビックを入れるんですか? あまり売れないと分かっていて。
竹沢 意義としては"ホンダ=シビック"みたいなイメージってありますよね。実際われわれも「新しい技術はまずシビックに入れて」というような位置づけでやってきましたし。ただ残念ながら8代目でそのやり方はなくなってしまいましたが、われわれとしては再び売ることを不思議だとは別に思いません。もちろん「どうして今さらシビックなんだ」ということは周りからはよく言われますけど。
小沢 ユーザー側としては多分、皆そういう気持ちなんだと思います。
竹沢 こちらとしては逆に「なぜ日本にないんだっけ?」という感じです。日本で開発し、いろいろ訴求もやっていく中、世界中で何十万台と売れているのに、なぜ日本で売っていないんだ? と。どれだけ出るか分からないけれど、ホンダの原点に立ち戻った車だったら日本でも売れるだろうと。市場は細くなっているかもしれないけど、ホンダの楽しい走りを求めている層はあるのではないかと。
小沢 本気ですか。正直僕は、青臭いなと思ってしまうんですが。失礼ながら本当にユーザーを見てるんですかと。
竹沢 営業関係で言うと、ちゃんと状況を整えていかなければとは思います。でも、開発や研究所の視点でいうと、自信をもってお出しできるものだと思っています。市場がシュリンクしてセダンは売れなくなってるし、その風潮は変わってないですが、我々にはこれだけ自信をもってお届けできる商品ができました、と。
小沢 なるほど。よっぽど良いモノができた手応えがあるんですね。
小沢 確かに今回サーキットでプロトタイプに乗って、特にハッチバックのハンドリングと乗り心地には驚きました。驚異的なスポーツ性と快適性の融合。つまりある意味、マーケティング無視の、まさしくプロダクトアウト的考えであえてシビックを出すんだと。
竹沢 マーケティング的には非常に難しいと思っています。もちろん。
もしやこれは八郷社長のカラーなのか
小沢 しかし同様に僕らの業界も自動車雑誌が売れなくて困っているわけです。「クラシックカーを取り上げましょう」「スポーツカー特集をやりましょう」と色々やってみても全然ダメで、今やイベント開催に走っている状態。時代的にもディーラーには「どれが燃費がいい?」「ハイブリッドは?」の客ばっかりくるわけで、今さらクルマの楽しさをアピールするようなピュアな作戦はなかなか通じないというか。まあ私は若干悲観的になり過ぎてますが(笑)。
竹沢 それはホンダも同じです。
小沢 しかもホンダは「トヨタにハイブリッドで先行された」と十数年言われ続けてきましたよね。それも現行「フィット ハイブリッド」で巻き返してきたと思ったら、今度はギアボックスの不具合連発で。このタイミングで原点に立ち返るというのがすごい意外だったんですけど。これは八郷社長の方針なんでしょうか。結構ピュアな方だと聞いていますが。
竹沢 そうですね。それはないわけではないです。純粋に「良いものを出したい」。本当にそれだけなんです。クサい言い方かもしれないですが「自分たちが乗りたいクルマを造りました。それは日本でも売れるのではないか」と。台数はおっしゃる通りそんなに出ないとは思いますけど。
小沢 そういう意味では損得抜きっていうことですか。
竹沢 そうです。そこが原点です。
小沢 なるほどね。そこまで覚悟はできてるんだ。もしやホンダが「オデッセイ」「ステップワゴン」を出してこの価格帯をスペース優先のマーケットに変えちゃった反省とかあるんですか?
竹沢 あまり反省はしてないと思いますけど(笑)。ただ、先ほどの良いものを出したいという純粋な思いと、もう一つ、今の日本は成熟した市場なので、逆に新しいシビックの良さも分かっていただけるんじゃないかと。スポーツに特化した「タイプR」だけを出しても意味はないと思っていて、だからベーシックなセダンとハッチバックも出すんです。新しいカテゴリーを作るくらいのつもりで。
小沢 あくまでも直球勝負。ピュアなチャレンジであり、啓発活動でもあるわけですね。
ホンダの原点に戻る
松持祐司氏(以下、松持) 私はどちらかというと、ホンダという会社をもう一度見直していただくきっかけにしなければいけないと思っています。
小沢 ホンダが今、ミニバンメーカーといわれているところに危機感はあるわけですね。
松持 もちろんその認識はあります。市場ではそういう見方をされているし、自分たち自身そう思っているところもあります。そんなときに"そうじゃないホンダ"を見せるためにはどうしたらいいんだろうと考えると、やはり今のシビックを出すのが一番なんですよ。
小沢 なるほど。今のシビックには今や消え去ったといわれている「ホンダらしさ」が詰まっていると。F1でも勝てないし、インディカー・シリーズで佐藤琢磨選手は勝ったけど、ホンダエンジンだけでもない。そんな中、俺たちには10代目シビックがある! と。
松持 F1の結果には危機感がすごくあります。本当にまずい状況になってきてると思っていて。創業者の本田宗一郎が作った輝かしいホンダの歴史を継続はしていても、味がなくなりつつあるというのは認識しているんです。だからきちんと出していかないと、ホンダではなくなるとわれわれは思っています。
小沢 走りのイメージからスペース優先方面に行ききって、また突然走りに戻るような振れ幅こそがホンダらしさ、という話もありますけど(笑)。
松持 シビックはホンダの原点であり、開発の原点なんです。今回もボディー、シャシーだけでなく、パワートレインも刷新して、全部ゼロからやっている。それができるのもシビックだからなんです。内部では非常に重みがあるんですね。
小沢 ってことは今回ホンダというブランドを含めてリセットするってことですか。
松持 リセットではないですね。原点に戻るというか。
小沢 それは……知らなかった。トヨタでいうところの「リボーン」じゃないですか! もうちょっとそれを世間に伝えたほうがいいですよ、クルマ以上に。そこまで危機感があるとは思わなかったし、最初は少々甘い考えでシビックを再投入したとばかり思っていて。
松持 その、うまいキャッチフレーズを考えつけないところも、またホンダだったりするんですよね(笑)。
小沢 やっぱり今のホンダにはハッタリ力が足りないですね。昔の宗一郎さんだったら、ホンダらしい商品を出すと同時に、ハッタリも効いてたと思うんです。世界で一番最初に自動運転車を出す! とかなんとか。妙にピュアなものづくりやビジネスだけが前面に出ているところに不満を覚えます。
松持 まあ、とがってなくなってきたということですよね。皆さんにも言われますし。
小沢 なんだかあえて厳しい滝に打たれているようですね、今回のホンダさんは(笑)。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
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