高級ヘッドホン バランスか個性か、決め手は利用時間
「年の差30」最新AV機器探訪
高価格化が進むヘッドホン。売り上げで見ると、2万円以上のヘッドホンが4分の1を占めるようになっているという。「高性能なヘッドホンに関心はあるけれど、高価なだけに失敗したくない」という平成生まれのライターが、昭和世代のオーディオ評論家が選んだヘッドホンを使ってみた。偶然、2人が持っていた同じ音源を聴き比べると、昭和生まれと平成世代の嗜好の違いも見えてきた。
昭和世代が選んだヘッドホンを平成生まれが試聴
イヤホンやヘッドホンの高価格化が進んでいる。
調査会社のGfKが行った調査によると、「ステレオヘッドホン・ヘッドセット」市場で税抜き2万円以上のヘッドホンがしめる割合は、2012年が11.6パーセントだったのに対して、16年には23.9パーセントと市場全体の4分の1をしめるところまで伸長(金額構成比)。16年にiPhone7がイヤホンジャックを廃止したことを受けBluetooth対応イヤホンが伸びたことや、ノイズキャンセルやハイレゾに対応した高機能なモデルも続々登場したことから、高価格化に拍車がかかっている。
とはいえ、高額なイヤホンの購入はそう簡単に決められるものではない。そこで今回は、オーディオ評論家の小原由夫さんにお薦めの6機種を選んでもらい、平成生まれのライター(小沼)がそれを試聴してみることにした。前編で取り上げるのは近年注目を集めるワイヤレスイヤホンだ。昭和世代お薦めのヘッドホンは平成生まれの耳にどう響くのか。
3万円クラスから個性やこだわりが出てくる
小原由夫氏(1964年生まれ。最初に買ったレコードは沢田研二『追憶』) 今回選んできたイヤホン、ヘッドホンは以下の6機種です。
小沼理(1992年生まれ。最初に自分で買ったCDは東京事変『群青日和』) 僕は今、1万円くらいで買ったJBLのイヤホンを使っていますが、それよりもかなり高いですね。
・SONY/MDR-1000X(4万3070円)★
・ONKYO/W800BT(1万9550円)★
・JVC/HA-MX100-Z(2万4800円)
・DENON/AH-MM400(2万7450円)
・Audio-Technica/ATH-CKR100(4万2940円)
※★が今回取り上げているワイヤレスモデル3機種。価格はメーカーのオンラインショップ、または家電量販店ネットショップで確認。すべて税込み
小原 小沼さんのように、スマートフォン(スマホ)や音楽プレーヤーの付属イヤホンが物足りないと感じる人は、まずは1万円くらいのものに手を出す場合が多いんです。でも1万円のものはまだ大量生産の部類。さらにもうワンランク上の3万円くらいから、メーカーの個性やこだわりが見えてくる。ここが一つのボーダーなんです。
小沼 ぜひその違いを確かめてみたいと思います。試聴する音源ですが、今回、小原さんと僕のプレイリストに共通するアルバムがありました。NIKKEI STYLEにも登場した、土岐麻子さんの『PINK』です(「土岐麻子の『旅嫌い』救った、小さな白いスーツケース」参照)。
小原 いいアルバムですよね。オーガニックで癒やし効果もある声質と、打ち込み主体のビートとエレクトロニカの要素がふんだんに盛り込まれた現代的な伴奏/アレンジがどう融合しているかに興味を持って聴き始めたんです。歌詞の語呂合わせなどにもどこかユニークで、21世紀のシティポップという感覚で、温故知新的な印象があります。
小沼 確かにシティポップは、2010年代前半から日本の音楽シーンにおける一つのキーワードになっていますね。このアルバムは音楽的な流行以上に時代の空気をくみ取ろうとしている感じで、自分も街中でふと聴きたくなるんです。
小原 最後に、再生する音楽プレーヤーをどうするかですが、これもそれぞれが普段使っているプレーヤーを使うことにしましょう。
小沼 僕はいつも音楽を聴いているiPhone 5sとApple Musicのストリーミングという組み合わせで聴いてみます。
小原 私も普段持ち歩いているAstell&Kern AK380+AK380AMPを使います。ポータブルだけどCDよりも高音質のハイレゾ音源を楽しめます。
小沼 AK380って40万円くらいするんですね。3万円前後のヘッドホンは買えても、このプレーヤーにはとても手が出せないなあ。
小原 ではさっそく試聴を始めましょう。今回はまずQuietControl 30、MDR-1000X、W800BTという、ワイヤレスで音楽を楽しめる3機種を取り上げます(コード式3機種は後編をご覧ください)。
ボーズ/ノイズキャンセリングで音がクリアに
小原 最初はボーズの「QuietControl 30 wireless headphones」から始めましょう。
小原ボーズはノイズキャンセリング機能が代名詞で、40年近い歴史があります。小沼さんはノイズキャンセリングははじめて?
小沼 初めてです。どういう仕組みになってるんでしょうか。
小原 イヤホンの内外に取り付けられたマイクで音を拾って、その音と同じ波形で逆位相の信号を作り出し、イヤホンから流すことで音を打ち消してるんですね。特にこの「QuietControl 30」の場合、スマホのアプリを使って、外部の音をどの程度取り込むかを細かく設定できます。ランニング中は外の音が聞こえたほうが安全ですが、喫茶店などではノイズを消しても座っているから問題ない。シーンによって使い分けられるのは画期的ですね。
小沼 まずiPhone 5sでApple Musicで聴いてみます。
小沼音楽が鳴っていないときがすごく静かで、音が打ち消されているのがはっきりわかりますね。おかげで音の細部まではっきり聞こえます。
小原 ノイズキャンセリングは川の水にたとえられます。川の水が汚れていると水底の小さな虫や小石は見えませんよね。ノイズは汚れと同じで、これを取り去ることで川底の細かなディテールが見えてくるようになる。音の透明度が上がり、小さな音でもクリアに聞こえるので、難聴防止にもなります。では、プレーヤーを変えて、ハイレゾ音源で聴いてみましょう。
(ここで音楽プレーヤーをAK380に変更)
小沼 リズムの抑揚やエコーの広がりなど、音の細かい部分がさっきよりもさらにはっきり聞こえて、表現力が上がったように感じます。あとは低音、高音など、全体のバランスが良くて聴きやすいです。
小原 ボーズのイヤホンはノイズキャンセリング機能ありきなので、個性的な音作りではありませんが、聴きやすさが一つの特徴になってるんですよ。
小沼 イヤホンにクセがないぶん、音楽の個性がはっきりとわかりますね。
ソニー/耳の形に最適化した音質コントロール
小原 続いてソニーの「MDR-1000X」で聴いてみましょう。プレーンなデザインは、ここ最近のソニーの路線ですね。
小沼 ハウジング(耳にあてる部分の外側)がコントローラーになってるんですね。全体的にマットな質感で、かっこいいです。
小原 これのすごいところは、人の耳の形に最適化してノイズキャンセリングや音質をコントロールしてくれるところです。
小沼 まずiPhone 5sでApple Musicを聴いてみます。
小沼 若干高音が強めに出ているかな? ノイズキャンセリングについては、ボーズよりも自然。ただ雑音が気になることはなかったですし、耳をすっぽりと覆う装着感が心地よいです。
小原 イヤホンのほうが、鼓膜により近い場所で働くぶん、ノイズキャンセリングの効果は実感しやすくなります。では、続いてハイレゾで聴いてみましょう。
(音楽プレーヤーをAK380に変更)
小沼 同じ曲をハイレゾで聴くと、やっぱり断然違いますね。一つ一つの音がきれいで、いろいろな場所から音が聞こえてくるような奥行きを感じます。
小原 情報量の差ですよね。実はワイヤレスの場合、伝送時に音が劣化してしまうんです。これはApt-Xというコーデックで送っているので、ハイレゾだけど、だいたいCD音源と同程度くらい。ただ、mp3やApple Musicに比べれば断然音は良いです。また、MDR-1000XはLDACというコーデックに対応しているので、対応機種であればワイヤレスでもハイレゾ相当の音質で聴くことができます(AK380は未対応)。
オンキヨー/完全ワイヤレスって落とさない?
小原 最後はオンキヨーの「W800BT」。いわゆる「完全ワイヤレス」といわれる、右と左が独立したイヤホンです。
小沼 AppleのAirPodsもそうですよね。万が一落としたら、と考えるとちょっと怖いですが……。
小原 片方をなくした場合、無償で提供するというメーカーもありますが、ごく少数です。ただ、2週間ほど外出時に使ってみましたが、落ちそうになったことはなかったです。酔っ払って帰ってきたときも大丈夫でした(笑)。
小沼 たしかに、イヤホンが外れる場合って、コードが引っかかったときが圧倒的に多くて、普通に使っていて耳から落ちることはほぼないですよね。漠然とした不安がありましたが、そう考えると引っかかるコードがない分、むしろ安全なのかも。
小原 何にも邪魔されないような解放感は素晴らしいですよ。これは本体とプレーヤーに加え、イヤホンのLとRもBluetoothで接続します。
小沼 高音、中音、低音、それぞれ明確に聞こえますね。その分、ちょっとドンシャリに聞こえます。ハイレゾで聴いてもドンシャリ感は同じ。ハイレゾだと、サビに入る前のリズムが変わるところで、音の広がりがぐっと豊かに感じられますね。
バランス型の平成世代、個性を求める昭和世代
小原 3つを聴き比べてみて、どれが一番好きでした?
小沼 僕はボーズでしょうか。音がプレーンな点と、ノイズキャンセリングがしっかり働いて小さな音でもクリアに聞こえるのがよかったです。
小原 ボーズは突出したアクセントがある音というよりは、必要な音をきちんと聴かせてくれるイヤホン。きらっとインパクトを求めるならソニー、オンキヨーが良いのですが、僕も日常的な生成りの良さはボーズに感じます。
小沼 小原さんが『PINK』を聞くなら、どのイヤホンを選びますか。
小原 僕はソニーを選ぶかな。打ち込みのきらびやかさ、ビート感がマッチしている気がします。
小沼 EDMとか、派手な曲を聞くならソニーも味付けの一つになるかもしれないですね。ただ、様々なジャンルを満遍なく聴く人にはバランス型のほうが手に取りやすいですよ。
小原 僕たちの世代は音作りが面白いものを求めますが、小沼さんはそういった考え方なんですね。聞いている時間が長いのも関係しているかもしれません。僕らは1日に1~2時間程度だけど、もっとつけている時間が長いでしょう?
小沼 そうですね。特に休みの日だとずっとつけたまま過ごしていることもあるので、長いと5~6時間つけっぱなしのこともあるでしょうか。そのぶん、聞いていて疲れないものを求めていると思います。この中で買うとしたらボーズを選びますね。
◇ ◇ ◇
ワイヤレスイヤホン・ヘッドホンでは、平成世代の小沼はバランス型のもの、昭和世代の小原さんは音作りの個性を求めた結果になった。後編では、ワイヤードのイヤホン・ヘッドホン3機種を聞き比べてみる。
1964年、東京生まれ。理工系大学卒業後、測定器エンジニア、雑誌編集者を経て、92年よりオーディオ&ヴィジュアル評論家として独立。自宅の30畳の視聴室に200インチのスクリーンを設置しサラウンド再生を実践する一方で、6000枚以上のレコードを所持、アナログオーディオ再生にもこだわる。主な著書に『アナログレコード再挑戦』(径書房)、『ジェフ・ポーカロの(ほぼ)全仕事』(DU BOOKS)。
小沼理
1992年、富山県生まれ。ライター・編集者。日本大学芸術学部卒業後、編集プロダクションかみゆに入社。音楽は自宅のオーディオスピーカーかiPhoneで聴くことが多い。Apple Musicへの依存度が日に日に高くなっている一歩、最近はカセットテープにも興味がある。FUJI ROCK FESTIVALには2011年から毎年参加。
(ライター 小沼理=かみゆ)
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