シビック復活 久々の「ホンダらしさ」、逆風に挑む
2017年夏、6年ぶりに「シビック」が本格的に日本国内で発売される。米国では2015年に10代目が発売され、年間36万台を販売するヒット車になっているのだが、日本では8代目が2011年に販売終了になって以来、一部の限定車を除き販売されていないクルマだ。はたして今、日本で発売する意味はあるのだろうか? 小沢コージはどう見る?
"明らかに不利"なシビックがなぜ今発売されるのか?
本当に国内復活してしまいましたよ、話題の10代目シビック! いや、まだプロトタイプにサーキットで乗れただけですけど(笑)。
なぜ意外なのかって、実はシビックは今から6年前の2011年の8代目のときに業績低迷から国内販売を停止しているのです。
理由はぶっちゃけ、このクラスのセダン&ハッチバックが日本では壊滅的に売れなくなったから。そもそも日本で4m前後のコンパクトセダン&ハッチが売れ始めたのは1960年代のトヨタ「カローラ」や日産「サニー」が始まり。その後シビックや三菱「ミラージュ」が生まれ、1990年代ぐらいまでは国内販売の中心でした。ところが2000年代には200万円ちょいのファミリーカーはミニバンとハイブリッドカーの天下になります。
ホンダ「ステップワゴン」、トヨタ「ノア」「ヴォクシー」「エスクァイア」、日産「セレナ」はもちろん、ここに王道ハイブリッドのトヨタ「プリウス」により小さい「アクア」、ホンダ「フィットハイブリッド」が登場したから、コンパクトセダン&ハッチ離れという流れはもう止まらない。
要するにこのクラスで売りになるのはもはや「広さ」と「燃費」のみ。実際、ビッグネームで残ってるのは圧倒的な販売力を誇るトヨタのカローラシリーズだけで、サニーもミラージュもランサーもすべて死に絶え、シビックもオマエもか? って状況でもあったワケです。
シビックは米国で独自成長していた?
ところがシビックがすごかったのは、日本車にとっての希望の大地、北米でバカ売れし続けたこと。もともと年間30万台レベルをコンスタントに売り切る異様な売れっぷりでしたが、新型10代目は2016年に現地でフル生産されると、既に30万台を突破。北米以外の地域を合わせると60万台超の大成功!
なので日本にも持ってきますか? と今回なったわけでしょうけど、日本からの撤退につながった根本的な原因は、解決どころか逆に悪化しているくらい。10代目シビックは北米向けセダンはもちろん欧州向けハッチバックも大型化してそれぞれ全長4650mm、4520mmと立派なサイズ。それでいてエンジンは当面1.5L直噴ターボのみでなんとハイブリッドなし! 日本車とはいいつつ、たとえるなら英語を話す身長180cmの日系米国人になっちゃってたわけで、このスペース効率とハイブリッドの時代にマジで売るんですか? ってクルマになってるんです。
というわけで小沢が一足先に、袖ケ浦フォレストレースウェイでプロトタイプに乗ってきました。
日本を元気に! ホンダらしさを取り戻せ!!
「日本を元気づけたいし、とにかくホンダらしさを取り戻したいと」。
LPL(開発責任者)の竹沢修氏をはじめ、いろいろ聞いて分かったのはホンダエンジニアの青臭いまでのピュアな思いです。小沢が単刀直入に「この広さと燃費の時代に、なぜコンパクトセダン&ハッチ? しかももうコンパクトとは言えないサイズですよね」と尋ねても、「マーケティングではありません。久々にホンダらしいまっすぐないい商品ができたので、シンプルに国内に再び投入してみたい。月何千、1万台と売れるなんてことは考えていません」と、なんとも直球な答え。
さすがのホンダもこのミニバン&ハイブリッド偏重マーケットで新型シビックがすごく売れるとは思ってないようで。ふぅ、そこはひと安心。
セダンやハイブリッドにタイプRまで想定内開発!
ではなぜこの時代にあえて不利な勝負を挑むのか。ハッチバックは欧州工場産ですけど、セダンはわざわざ日本の寄居工場で生産するわけで、結構なリスクを背負っています。
根拠は今回から北米はもちろん欧米も本気でにらんでプラットフォームから完全新規開発し、シビックが「欧州クオリティーの北米対応型グローバルカー」へと進化していること。そのためプラットフォームは北米で売れる「セダン」から欧州で売れる「ハッチバック」はもちろん、320psのハイパワーエンジンを搭載する「タイプR」まで完全に同じです。
「今までは一度セダン&ハッチバックを作ってから、派生車種として補強を入れたタイプRを作っていましたが、今回はすべて同一クオリティー」だそうで、要するにボディー剛性から全体の質感まで、全体のクオリティーがメチャクチャ上がっている。それはおそらくフォルクスワーゲン「ゴルフ」やBMW「1シリーズ」「2シリーズ」までを本気でライバル視してクルマ作りをしているから。
つまりコンパクトセグメントにはスペースや燃費とは別の"プレミアムな味勝負"のグローバルなトレンドがある。よって味にうるさい日本にも入れてみようかと。そんな狙いがあるようなのです。
もしやBMWミニもビックリのハンドリング!
というわけで今回はサーキットだけで乗れた新型ハッチバック&セダンのプロトタイプ。タイプRはモックアップを見ただけですが、まずビックリしたのはハッチバックの信じられない走り。前述の通り、全長のみ4520mmとちと短めで1800mmの横幅や2700mmのホイールベースはセダンやタイプRと基本は同じ。タイプRは横幅がデカいはずですけど。
ただ、ハッチバックは走りにうるさい欧州向けだけあってとにかくハンドリングがすごい。走り出すなり吸い付くようなステアリングフィールにビックリ! 左右に切るなり、タイヤが路面に接着してるの? ってな粘りを見せ、ズレる気配全くなし。そのレスポンス、フィーリングは既存の大衆ハッチバックとは別物です。
しかも小沢が調子にのってオーバースピードでブレーキをかけつつコーナーに飛び込んでみると、スムーズにリアタイヤがスライド! 今までだったらフロントタイヤが滑る状況なのに、あくまでも運転の楽しさを優先した味付けです。こりゃ確かにBMWミニもビックリのスポーティーハンドリングだわと。ちなみにハッチバックは6MT仕様も選べます。
パワーもハッチバックはセダンと同じ1.5L直噴直4ダウンサイジングターボながらよりパワフルな182psを発揮し、コイツのレスポンスがまたいい。回り方は正直軽めだし、ギアボックスのCVT(無段変速機)特有の出足のダイレクト感のなさも残ってはいますが、レスポンスは驚くほど良く、走りに自信があるのもわかります。
原点に立ち返って走りと使い勝手を両立
一方、セダンのほうは同じ1.5L直噴ターボで馬力は9ps落ちの173ps。パンチは多少落ちるか? 程度ながら速さは上々で、こちらもハンドリングはハッチバックほどの吸い付きぶりではないけれど、今までのシビックのイメージとは全く違うレスポンス。
「新世代シビックは全車リアサスペンションがマルチリンク式。シビックの原点に立ち返って走りと使い勝手を両立してます」と開発スタッフが言うのも分かります。ボディー剛性はもちろん、足回りのしなやかさとスポーティーさの両立は相当なレベル。
コイツでドイツプレミアム勢に対抗していこうって狙いがあるんでしょう。
実際、車内はこの手のセダン&ハッチとしては十分な広さ。フロントシートはもちろん、リアシートも身長176cmの小沢が余裕で座れて、しかもフロントのシートバックの肩を削って開放感も出しています。
オマケにトランクはセダン、ハッチ共に400L後半と十分に広い。昔のコンパクトなシビックのイメージを新型に重ねたら大間違い。十分大人びた上質移動空間に生まれ変わってます。
とはいえホントに勝てるのか?
想定されるシビックの価格帯は200万円台中盤から。タイプRはFF世界最速モデルということもあり、400万円台はいきそうでそこまで安くはなりません。
となると必然的に国内でガチンコ勝負するのはノア&ヴォクシーのようなミニバンかプリウスのような本格派ハイブリッドとなり、絶対的スペース、あるいは燃費では彼らに間違いなく負けます。実際、シビックの北米燃費は1.5Lターボで36MPG前後。日本の基準に換算すると15km/Lぐらいで、悪くはないけど特筆すべき数字でもないレベル。
かといって質感で価格が300万円以上のドイツプレミアム系に対抗できるかというとどうでしょう?
確かにスタイリングは今までのある意味"凡庸な"シビックとは一線を画します。最近とんがってるトヨタやマツダとも違うエッジの使い方で、マッチョでありつつ、角張り感もあってワイルドはワイルド。特にハッチバックだかセダンだか、ないまぜになっているリアスタイルはどちらもニュージャンルとしか呼べない出来栄え。
サイドも前のめりに鋭いプレスラインが入り、個人的にはハッチバックは実用性も含めて結構興味深い。
しかし、アウディやBMW、あるいはVWなどドイツのプレミアム系を凌駕する質感があるかって正直疑問は残ります。
それは外観もさることながら特にインテリアに顕著で、本革や上質ソフトパッドをふんだんに使うドイツ系とはひと味違う質感。
建て付け精度も悪くないけど、王道プレミアムというよりはニューテイスト。北米ではウケるかもしれませんが、欧州車好きの日本人の心を捉えるかというと、ここは実際に売ってみないと分からないでしょう!
ニッチな"ちょっと手が届くぜいたく"を!
するとホンダスタッフは言います。
「小沢さん、今の日本って国産ユーティリティー系と輸入プレミアム系に二極化しちゃってるじゃないですか。シビックはその間の"ちょっと手が届くぜいたく"を狙いたいんです」
聞けばホンダも本気で国産ミニバン系とドイツプレミアム系の両方から客を奪えるとは思ってないようで、まさに「スキマ狙い」。価格的にも200万円台半ばスタートでドイツ系より安く、ポジションは確かにそこ。ただし、言われると分かるけど、ホントにそんなマーケットがあるのか? ってとこが問題で、もしやホンダの理想は新たに市場を創り出すことなのかもしれません。
【小沢コージの勝手なる提言】いいクルマならグローバル同一でも売れる! の夢
ってなわけで聞けばそれなりに納得できる日本シビック復活計画! ミニバンやハイブリッドに真っ向対立とか、ドイツプレミアムの客を本気で奪えるとは思っておらず、実はスキマ狙いのニッチ商品。
ミニバンは飽きたし、かといってプレミアムを買うほど余裕はない。そういう人に質感は別格ではないものの上質で、スタイルは個性的で走りもミニバンにはあり得ない爽快さをもつ新シビックはどうですか? と提案してみる。話を聞いていると、そういうヤリ方もありな気がしてきます。
実際、古くからのホンダファンに「最近のホンダ車には欲しくなるモデルがない」とよく言われるとか。そういう人を中心にシビックを売っていこうという謙虚な狙いのようです。うーむ。
小沢が単に悲観的なだけかもしれませんけど…
さらにぶっちゃけた話、北米を中心に10代目は成功中だし、欧州も新型ハッチバックが今まで以上に売れているとか。そういう意味で日米欧すべてのマーケットで同一モデルを売る戦略は非常に生産効率がいいわけで、日本での多少の失敗も許されます。
何より今の時代、「いいクルマならばどんなサイズ&ジャンルでも世界中で売れる」はエンジニアの永遠の夢であり理想。それを試す意味でもシビックはよいチャンスだったのかも。
ただ、世の中そんなに甘くない! と思ってる現実主義の小沢もいるわけで、やはり今回の新型シビックの日本上陸はつくづく見ものなんですわ。
自動車からスクーターから時計まで斬るバラエティー自動車ジャーナリスト。連載は日経トレンディネット「ビューティフルカー」のほか、『ベストカー』『時計Begin』『MonoMax』『夕刊フジ』『週刊プレイボーイ』、不定期で『carview!』『VividCar』などに寄稿。著書に『クルマ界のすごい12人』(新潮新書)『車の運転が怖い人のためのドライブ上達読本』(宝島社)など。愛車はロールスロイス・コーニッシュクーペ、シティ・カブリオレなど。
[日経トレンディネット 2017年5月31日付の記事を再構成]
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