伊勢志摩サミット1年、観光効果は「賢島の一人勝ち」
三重県志摩市で昨年5月に開かれた主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)から5月26日で丸1年。サミット会場となった賢島はいまも多くの観光客でにぎわい、各国首脳やその配偶者たちをもてなした三重の名産の数々は売り上げを伸ばしている。しかし、一過性の需要にとどまるケースもあり、サミット効果は地域や施設によって濃淡が大きい。「波及効果は、まだら模様」(三重県の鈴木英敬知事)というのが現状だ。県は「ポストサミット」の経済効果を2020年までに約1489億円ともくろむが、サミットで得た遺産を生かしながら伊勢志摩の魅力を国内外に発信し、その取り組みを持続させていくことが目標達成のカギを握っている。
取り組みの一環として26日にオープンするのが、近鉄賢島駅の駅舎2階に設けた伊勢志摩サミット記念館「サミエール」だ。「伊勢志摩サミットの記録と記憶を県内外に発信する拠点にしたい」と鈴木知事は意気込む。
三重の地酒提供するカフェ併設
記念館には、サミットで使われた尾鷲ヒノキの円卓や首脳らの記名帳、贈答品の実物など約40点が展示されるほか、サミットに関する体験型のクイズ電子パネルも設置された。記念館の整備費約1億円は、官民でつくる「伊勢志摩サミット三重県民会議」への寄付金で賄い、運営は志摩市が担う。初年度の入館目標は約2万2000人。国内で次のサミットが開かれるまで設置する計画だ。記念館の同じフロアには近鉄リテーリング(大阪市)がサミットで振る舞われた三重の地酒などを提供するカフェも併設した。
サミットの主会場となった志摩観光ホテルでも、サミットの記憶をとどめようと3月、旧本館「ザ クラブ」の一角を使って記念ギャラリーを開設した。乾杯に用いられた四日市万古焼の杯や、首脳たちの胸元を飾った三重県産真珠のラペルピンなどの記念品が展示され、夕食会やワーキングランチのメニューをパネルで紹介している。さらに同ホテルでは毎朝、サミットの足跡を巡る館内ツアーが開かれ、宿泊客の人気を集めている。
同ホテルにサミットがもたらした効果は数字に如実に表れている。米国のオバマ前大統領が宿泊した旧館「ザ クラシック」の昨年7~4月の客室稼働率は、改装前の一昨年比で36ポイント上昇したという。オランド前仏大統領をはじめ各国首脳が宿泊した新館「ザ ベイスイート」では同26ポイント上昇した。英虞湾を背景に首脳らが記念撮影したベイスイートの屋上庭園には当時の撮影台が置かれ、いまも同じアングルでカメラを構える客が絶えない。
賢島の観光も好調だ。大航海時代のスペイン船をイメージした遊覧船で英虞湾を巡る「賢島エスパーニャクルーズ」は、昨年7~4月の利用者が前年比で45%アップ。このゴールデンウイークも大型バスの団体客でにぎわった。
賢島港の前で土産物店を営む岡野洋美さんは「サミットのおかげで賢島の知名度が上がって全国からお客さんが来てくれる。サミットがなかったら、今ごろはどん底に落ち込んで、はい上がれなかったんと違うかな」と振り返る。とりわけ関東方面からの客が増え、1年を通じてみると売り上げは2~3割増えたという。賢島駅前の真珠販売店も売り上げはサミット前に比べて1.5倍になった。
好調なのは首脳たちが訪れた伊勢神宮(伊勢市)も同様だ。昨年の参拝者は約874万人と前年比で4%増え、このうち外国人は約11万人と同12%伸びた。三重県を昨年訪れた延べ宿泊者数も、式年遷宮の影響で過去最高を記録した2013年を超え、1002万人と初の1000万人を突破。沖縄県に次ぐ全国2位の伸び率を示した。
特需は、サミットの舞台を彩った特産品にも広がっている。
アワビなど海産物にも「サミット効果」
例えばラペルピン。全国でもほぼ英虞湾でしか生産されない3~5ミリのベビーパール7個があしらわれたもので、三重県真珠振興協議会が昨年6月に一般向けに発売したところ、これまでに2800個をほぼ完売し、約2億円を売り上げた。「このサイズの真珠が非常に注目され、今冬の真珠の入札会では引く手あまただった」と三重県真珠養殖連絡協議会の山際定会長は顔をほころばせる。もともと県産ベビーパールの最高級品は高値で取引されてきたが、新たな需要が増え、2番手のグレードのものでも例年に比べて2割増の高値がついた。
サミットの食卓で振る舞われた伊勢エビやアワビにも好影響があった。三重外湾漁業協同組合志摩支所によると、5月から本格的な漁が始まったアワビの浜値は例年より1割ほど高い水準。昨秋から今年4月まで水揚げされた伊勢エビも浜値は平均して例年より2割ほど高かったという。
海の幸の中で最も手応えがあったのは、三重県が収穫量で全国1位を誇るアオサだ。1~5月の入札では前年比で2倍の値をつけた。同漁協の井上作広常務理事は「全国的な不漁のなかで英虞湾ではたまたま平年並みの漁があったということもあるが、サミットによるPR効果もあったのではないか。伊勢エビもアワビもブランド力がさらに高まった」と見る。
会食時に提供されたドリンクや酒類にも追い風は吹いた。デアルケ(紀北町)の「極上200%トマトジュース」は「みえの安心食材」に認定されている自社栽培のトマトを半量になるまで煮込んだもので、売り上げが前年の3倍に。予約がさばけず、今年3月までは最大3カ月待ちの状態が続いた。岩本修社長は「認知度も上がり、全国からインターネットでの注文が増えた。百貨店やホテルなど新規取引も広がった」と大きな手応えを感じている。
三重の地酒は、県酒造組合によると2016年度の出荷量は前年度に比べ8%の伸びを示したという。首脳の夕食会の乾杯酒に純米大吟醸「半蔵」が選ばれた大田酒造(伊賀市)は「半蔵」銘柄全体で引き合いが増え、売り上げも前期比で2割増。「作(ざく)」の清水清三郎商店(鈴鹿市)もサミット後に生産量を増やしたが、注文に対応しきれず、最大4カ月待ちの状態が続く。
三重県が昨年11月にまとめた試算によると、サミット開催に伴う国、県、市や町のサミット関連予算、民間企業の投資に加え、消費増など間接的な波及効果も含めると、サミットの経済効果は1070億円(県内が483億円、県外では587億円)だった。このほかにメディアによる国内外へのパブリシティー(広告宣伝)効果は3098億円に上ったと分析。2020年までの「ポストサミット」は、知名度向上に伴う観光客増や国際会議の開催増加で県内だけで1489億円の効果があると予想する。
しかし、波及効果は「結局は局所的だった」と冷めた声も広がる。観光でにぎわいが続いているのは賢島周辺と伊勢神宮だけだ。賢島から10キロほど離れた浜島地域のホテルの担当者は「今年1~2月から客足はぐっと落ちた。こちらには、もうサミット効果はない。賢島の一人勝ちだ」とこぼす。海女(あま)の町として民宿旅館が集まる鳥羽市の相差(おうさつ)は、サミット前は警備の警察官であふれたが、サミット後に大きく減った一般客の客足はいまも元に戻らない。民宿の女将は「サミット効果といっても、ピンとこないね」と話す。
「賢島の一人勝ち」サミット効果に格差も
志摩市商工会が2月にまとめた市内の小規模事業者を対象にした景気動向調査によると、サミットの波及効果が「なかった」は38%にのぼり、「あった」の30%を上回った。詳しく見ていくと賢島のある旧阿児町だけは「波及効果があった」は38%に上ったが、他地域は2割強にとどまった。同じ市内でも地域差が顕著だ。「恩恵を受けたのは一部だけ」「期待していたほど客数が伸びなかった」「期待外れ」と冷ややかな指摘も目立った。
三重県と愛知県の企業を対象にした百五総合研究所のアンケートでも、サミットの影響を「プラス」「ややプラス」と答えたとのは3割弱にとどまり、効果が一部地域に限定されていることが浮き彫りになった。県はサミット関連に約94億円を支出したが、国の補助などを除くと県の負担は約49億円に上る。その費用対効果をしっかり検証する時期がきている。
百五総研の津谷昭彦主任研究員は「影響は業種や地域によって差があり、偏る傾向がある。ただ、今後に期待している企業もある。観光客の入り込み状況をみると、日本人観光だけでなくインバウンド(訪日外国人)が増えているのはサミット効果によるもの。サミットで知名度が向上して観光客を呼び込むチャンスが広がったのは間違いない」と指摘する。
5月17日、タイの女性たち約20人が志摩市の真珠養殖場を訪れた。ゴルフと観光を組み合わせた「ゴルフツーリズム」を推進する三重県が、外国人観光客を呼び込もうと、タイのゴルフ場関係者などを招いたツアーを実施。訪れたのはその配偶者の一行だ。アコヤ貝から真珠を取り出す体験に挑戦し、白い真珠を見つけると歓声をあげた。
体験ツアーを準備したのは、昨年末に設立した旅行会社「伊勢志摩ツーリズム」。インバウンド(訪日外国人)を積極的に受け入れるための組織として老舗菓子店「赤福」の持ち株会社の浜田総業(伊勢市)が立ち上げた。伊勢志摩ツーリズムの西田宏治社長は「サミットは政治のショー。サミットが開催されたからといって、こぞって観光客がやってくるようなものではない。ただ、沖縄、北海道という日本を代表する観光地に次いで地方で開かれたサミットとしては三重県は3番目だ。これは当面、大きなセールスポイントになる」と強調する。
県は、サミットで上がった知名度を生かし、ゴルフツーリズムの誘致やインセンティブツアー(報償旅行)へのプロモーションを展開。国際会議や学会などMICE(マイス)の誘致に力を入れる。県内のMICE開催件数は16年は17件。今年も8件が見込まれる。県は補助金を支給するなどして学会の誘致を後押しし、担当職員も増やして、東京や大阪での営業活動も進める。
鈴木知事は「2020年の東京五輪とその翌年の三重国体。それまでに知名度向上を生かし、いかに持続可能な情報発信や地域の魅力づくりができるかが課題だ。伊勢志摩サミットで好評を博した食をどう発信していくかという点にも力を入れたい」という。24日には津市内でシンポジウムを開き、東京五輪の組織委員会の顧問で「みえの食国際大使」をつとめる三国清三シェフと対談。「三重の食材が世界に通用するようオール三重で取り組みたい」と強調した。
地元の志摩市も知恵を絞る。4月、志摩市の竹内千尋市長は東京・日本橋の三重県のアンテナショップ「三重テラス」で、在京のIT企業の若い経営者らを集め、意見交換会を開いた。「伊勢エビやアワビなど志摩の豊かな食材が注目されたが、海女さんは高齢化で減り、耕作放棄地も増えている。皆さんの知恵と力を借りながら、志摩の豊かな資源を守り、活性化していきたい」と呼びかけた。若い経営者たちの発信力に期待し、地元の商工会などと連携しながら観光や水産物の情報発信を進めていく考えだ。
三重県真珠振興協議会は、サミット開催決定を受け、地場産業である真珠のPR活動をしようと、生産や加工、流通の各業界が一体となって発足した。同協議会の中村雄一さんは「サミットはきっかけであって、これをどう今後の活性化に生かすかが焦点」と話す。世界に発信された伊勢志摩。そのブランドイメージを高める息の長い取り組みが必要だ。
(津支局長 岡本憲明)
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