ユニリーバの先進働き方改革 成功した5つの理由
ユニリーバ・ジャパン「WAA」(後編)
こんにちは、ジャーナリストの白河桃子です。
働く場所と時間を自由に選択できる制度「WAA(Work from Anywhere & Anytime)」の導入と、残業時間を月45時間以内という目標設定。ユニリーバ・ジャパンが2016年7月からスタートした大胆な働き方改革は、大手メディアからSNS(交流サイト)まで大きな反響を呼びました。
前編の「働く場所も時間も自由 ユニリーバの先進働き方改革」に続く、後編では改革を進める中で見えてきた課題や成功の秘訣について、同社の取締役人事総務本部長、島田由香さんに詳しくお話を伺いました。
実施後、ポジティブな意見が圧倒的多数に
──WAAがスタートしてから約10カ月が経過しました。社内の反応や変化はいかがですか。
導入後、1カ月、3カ月、6カ月、そして10カ月の段階でアンケートを実施しました。回答率はだんだんと上がっていって最新のアンケートで約57%です。
一度でもWAAを実施した人は、1カ月後は68.4%、3カ月後は88.1%、6カ月後は89.0%、そして10カ月たった今は91.7%になります。だんだん伸びてきたことが分かります。使用頻度は、この1年を通じて月1~2回が4割程度で最も多く、次に週1~2回と答えた人が2割程度でした。
6カ月後のアンケート結果をまとめますと、「毎日にポジティブな変化がある」と答えた人は、67.8%。労働時間が「短くなった」と答えた人は24.6%、「長くなった」と答えた人は4.9%、あとは「変化なし」です。10か月後のアンケートでは少し表現を変えて「新しい働き方により、毎日が"よくなった"」と回答した人が66.8%という結果になりました。
残業時間が80時間を超えている人は、導入前ですと多いときは月15人前後、少ないときは2~3人いましたが、導入後は月0~1人に減少しました。
生産性は「導入前を50とした場合、現在の生産性を0~100のうちから答えてください」という質問で問う「実感値」を採用しました。その結果、平均で66でしたので、単純に計算して30%上昇。「生産性が上がった」と答えた人は、71.6%、「下がった」と答えた人は3.3%でした。
「下がった」と答えた3.3%の人の理由をひも解いていくと、2通りしかありませんでした。1つは、「声をかけたいときにいないから、コミュニケーションがとりにくくなった」。もう1つは、「社外からスカイプがつながりにくい」というシステム上の問題でした。
――家で仕事がしにくいという声はありませんでしたか? ある会社でリモートワークをやろうとしたら、「子どもが小さくて、妻が邪魔だから帰ってくるなと言うのです」という意見が若い男性から出たそうです。日本は家も狭いし、書斎もありません。
そうした悩みには外部会社のコワーキングスペースと提携して対応しています。いくつかの会社のサービスをトライアル利用し、社員の利用状況や効果をみているところです。
ほかにも、WAAを実施したことでどのようなメリットがあったのか挙げてもらったところ、特に印象的だったのは、「病院・通院・家の用事や子どもの学校のイベント(保護者会や手伝い)に、有給休暇や半日休暇を使わずに時間をとることができた」というものです。
つまり、みんな半休や有給を取るときは、やらなければならない用事ではなく、本当は旅行や趣味のようなポジティブな使い方をしたいと思っているということです。
WAAによって時間のコントロールをしやすくなり、有給をポジティブな目的で取得できるようになったことは、すごくハッピーなことだったという声がたくさん上がりました。
もう一つ、特筆すべきは「通勤ラッシュの回避」です。「これがどれほど心と体を楽にしてくれるのか、初めて知った」といった声がたくさんありました。朝、子どもとゆったりと時間を過ごせるようになったことで、家族のつながりも強まったという報告もあります。
私は、WAA導入当時から裏アジェンダ(課題)として、「通勤ラッシュ撲滅」を掲げています。
満員電車で1時間以上もかけて出社するだけで、体力も気力も相当削られます。これほど無駄でマイナスなことはありません。
――通勤時間2時間以上の人など、週1回出社せずに仕事ができたら、本当に体が楽だと思います。残業代が減ってしまったという声はありませんでしたか。
ありました。しかし、私たちとしては残業代をあてにして働くことを良しとしていないので、給料を増やしたければ、その金額をもらえるだけの成果を上げればいいというスタンスでいます。
1つ上、2つ上の職務の仕事ができるようになれば、当然、給与額が上がります。残業でカバーするのではなく、あなたの能力やスキルをどんどん上げていって、より責任範囲の広い仕事をすればいいんじゃないですかと。
今、非管理職の方たちの給与制度も、もっと成果を出した人がもらえるような仕組みに変えようとしています。残業ではなくて、成果を給料やボーナスにより反映しやすいような仕組みにしようと、組合と話し合っています。
――いいですね。働き方改革がいきつくところ「報酬と評価」の見直しだと思います。
マネジャーの管理能力が問われるようになった
──テレワークを行う上で、業務内容の共有などはどうされているんですか。
各マネジャーに任せています。アウトルックの予定表で共有する人もいますね。実は、ここがマネジャーの力量が試されるところなんです。
例えば、マネジャーがチームの中でのルールを定めなかったり、ビジョンを持たなかったりしますと、メンバーの誰がどこで何をしているか全く把握できなくなります。
──突然仕事を休まれて、驚くこともありそうですよね。
そうなんです。予想していないトラブルが起こる可能性があります。上手なマネジャーは、予定の共有の仕方、業務の進捗報告の仕方など、チーム内で最低限守るべきルールを決めています。
私たちも、管理職に対するトレーニングを強化していますが、マネジャー同士でも情報をシェアできるように工夫をしています。まだここは、会社として手を入れるべきところかなと思っています。
──マネジャーにとっては、WAAの導入によって部下の管理が難しくなったかもしれませんが、導入前であってもこの部分は一番重要なことですよね。
そうです。WAAは、そのことに気付くきっかけにもしてほしいと思っています。
私は、社員たちに向けて、「心配(しんぱい)ではなく、信頼(しんらい)」しようということをいつも伝えています。心配するから、枠やルールをつくってがんじがらめにしてしまう。そうじゃなくて、基本的には信頼して、実行してみて、うまくいかなかったら相談しようという方が、社員は耳を傾けてくれると思います。
働き方改革が成功した理由とは
──今回の働き方改革WAAにおいて、成功の要因は何だと思いますか。
5つあると考えています。1つ目は、トップのコミットメント。人事部だけが言っているのではなく、社長だけが言っているものでもない。
役員全員がコミットし、全社に広めてきました。日本のビジネスのトップであるフルヴィオ・グアルネリは、実に素晴らしいリーダーです。彼がいたからWAAを実現できました。彼自身、来日してから「なんでみんな早く帰らないの?」「日本人はいつ家族と過ごすの?」という疑問を抱いていたそうです。WAAを提案したら、ぜひやろうということになりました。
2つ目は、ビジョンからスタートしたことです。
──それは大切ですね。リクルートが無制限テレワークを導入した時、最初は全然残業が減らなかったそうです。しかし、トップが目的を明確にし、ビジョンを示すようになってから、やっと浸透するようになった。場所と時間をどんなに柔軟にしても、古い日本企業マインドはそう簡単に変わりません。
その通りです。3つ目は、「Growth Mindset + Risk Taking」。繰り返しになりますが、心配するよりも、まずやってみようということです。
4つ目は、テクノロジー。IT(情報技術)があるから、テレワークが実現できるわけです。
最後の1つは、仕事をする上での役割や責任範囲が明確だということ。
どういうことかというと、ユニリーバを含む外資系企業では、多くの場合、人ではなく、ポジションごとに役割と責任範囲が決まっています。さらに、リーダーがビジネスの目標や優先順位を自分ごとにしているから、メンバーに対して明確に指示することができる。だから、社員一人ひとりが、自分に何が求められているのか、どうすれば評価されるのかが分かっているんです。ここが、一般的な日本企業とはもしかしたら大きく違う点なのではないか、と私は推測しています。
私は、今、企業が進めようとしている働き方改革は、長時間労働だけが問題だとは考えていません。業務内容や役割の明確化も同じくらい大切なのではないでしょうか。
何のためにやっているか分からない、言われたことだけやっているという状態では、会社が発展することはありません。このことは、会社として変えなければいけないところであり、働き方改革を進める上でも大事なポイントになるところではないでしょうか。
◇ ◇ ◇
あとがき:著名な島田さんのWAAの話をやっと聞くことができました。外資系だからマインドセットが早いのだろうと思っていたのですが、それ以上にさまざまな仕掛けがありました。また社内にとどまらず、社外にどんどん広げていく試みも素晴らしいですね。
働く場所と時間の柔軟化は仕事の柔軟化ではありますが、もともと長時間労働の企業では、逆に場所を変えて長時間働いてしまうこともあります。成功の秘けつとして「45時間という目標設定」があること、あまり深夜に働かないように「午前6時から午後9時」というルールがあることでしょう。
なによりも有効なのがマネジャーがマネジャーとして機能していること。ダメな働き方改革はマネジャーが部下の業務管理や目標の咀嚼(そしゃく)をせず、ただ仕事をふり、ただ早く帰れというだけの状態。またマネジャーの評価項目に、部下の成長や管理を担う業務が入っていないこともあります。
ポジションごとに役割と責任範囲が決まっており、管理職はしっかりとそれを管理し、成果を出すことが評価につながる。当たり前のようで、実はやっていない日本企業も多いのですね。テレワークを取り入れて、「制度を作りました」というだけの働き方改革では何も変わらないでしょう。ぜひWAAの成功の5要因を参考にしてください。
少子化ジャーナリスト・作家。相模女子大客員教授。「一億総活躍国民会議」委員。東京生まれ、慶応義塾大学卒。著書に「婚活時代」(山田昌弘共著)、「妊活バイブル」(講談社新書)、「産むと働くの教科書」(講談社)、「専業主婦になりたい女たち」(ポプラ新書)、「進化する男子アイドル」(ヨシモトブックス)など。「仕事、出産、結婚、学生のためのライフプラン講座」を大学等で行っている。
(ライター 森脇早絵)
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