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仕事人秘録セレクション

ビール王者復活へ「まず1勝」 キリンの布施社長

2017/5/19

キリンビール社長の布施孝之氏

 国内のビール各社は日々熱戦を繰り広げている。かつての王者キリンビールは、「スーパードライ」のアサヒビールにシェアで抜かれた。サントリービールもプレミアムビールで攻勢をかけている。王者復活に挑むキリンビール社長の布施孝之。5月26日から「仕事人秘録セレクション 布施孝之」(日経産業新聞)を公開するのを前に、ビールにかけた男の姿に改めて迫った。

■熊本地震、サントリーに電話

 2016年の4月、キリンビールの布施孝之がサントリービール社長(当時)の水谷徹に電話を入れた。熊本地震発生の1~2日後のことだ。九州熊本工場(熊本県嘉島町)の被災でてんてこ舞いの水谷。「こんな大変な時に……」。しかし、布施の第一声を聞いた水谷は思わず涙ぐんでしまった。「何かお手伝いさせていただけませんか」。布施はこう言ったのだ。布施とはそういう男だ。

 布施の会社人生はキリンという会社の斜陽の軌跡とピタリ重なる。早稲田大学の商学部を卒業し、布施が入社した1982年、ビール系飲料市場全体に占めるキリンのシェアは62.4%だった。まさにキリンの絶頂期で、国会ではキリンによる市場の寡占状態は「独占禁止法に抵触するのでは」といった議論が真面目になされていたほどだった。

 それから35年。キリンのシェアは雪崩を打って下がり続ける。免許制だった酒類の販売が解禁されると、販売ルートをほぼ独占してきたキリンの優位性は一気に崩れた。「苦くて重いビール」から「コクとキレ」に変わった消費者の嗜好の変化にも名門キリンはついて行けなかった。

■東大、京大以外はその他

 布施は入社試験に挑んだ際、入り口が「東大」「京大」「その他」と区別されていたことに「大変、驚いた」と告白しているが、こうしたエピソードに象徴されるように旧態依然の巨大戦艦は一気に押し寄せる激流に翻弄され続けた。

 そして現在。2016年のキリンのシェアは32.4%。首位のアサヒビールに6.6ポイントも離され、かつての王者の風格はない。「今更、ジタバタしたところで意味がない。目線を高くし10年単位で将来を考えないと」

 今、布施はどっしりと構える。ライバルメーカーの窮状に乗じてシェアをかき集めてみても「キリンは何も変わらない」ことを知り抜いている。だから震災で傷ついたサントリーに手を差し伸べた。「動きが止まったサントリーを攻めることはできたかもしれない。しかしそれは私のやり方ではない」という言葉の裏には、キリンを取り巻く環境の厳しさ、そしてキリンという会社の現状の行き詰まりを誰よりも痛感していることがある。

 ただ、劇薬を用いる手法は好まない。性急に結果を求めることもしない。「私は項羽ではない。劉邦だ」と自らを評するようにキリンという名門会社の底力を信じ、力と知恵を集め、時間をかけて大きなうねりを創り出そうとしている。

■キリン覚醒を待つ

 そのためには布施は人の話を聞く。聞いて、聞いて、そしてまた聞いて……。会社の力が一つにまとまる瞬間をぐっと耐えながら待っている。一つ一つ「勝ち」をつくり、キリンが覚醒するのを待っている。

キリンビールの主力商品「一番搾り」

 「私はカリスマだ」。2009年、サントリーとの経営統合を画策、M&A(合併・買収)に1兆円の資金を投入し、グローバル企業への道をひた走ったキリンホールディングス(HD)社長の加藤壹康は自らこう言い切った。経営統合交渉から5年ほどたったころ。「そろそろ昔話でも」と持ちかけて東京駅近くの居酒屋で会った、その時のことだ。すでに出身地である静岡に引っ込んでいたが、現役時代と変わらず自信に満ちあふれ、生気がみなぎっていた。

 その加藤と布施は全くタイプが違う。しかし、共通しているのは「キリンという会社は変わらなくてはならない」という危機感にも似た意識だ。しかも「根こそぎ、大きく変わらないと」と考える点でも一致している。

 そのためにもまずは1勝。学生時代に打ち込んだバレーボールで「小さな勝利が大きな流れを変える」ことを学んだ。それを今、経営でも確かめたいと考えている。

=敬称略

(前野雅弥)

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