小学校でアフリカの大自然を味わう 給食でレソト料理
レソト王国というアフリカの小国をご存じだろうか。四方を南アフリカ共和国に囲まれた珍しい国で、面積は九州より少し小さいぐらい。バソト族の立憲君主国だ。国土の大部分が標高1500メートル以上にあり、「アフリカのスイス」や「天空の王国」と呼ばれる。
そんなレソト王国の料理を食べられる貴重な機会が舞い込んできた。
東京の調布市立八雲台小学校で、給食にレソト王国の料理を出すというのだ。同校では、2012年度から世界の料理を給食で提供し、その国について学ぶというプロジェクトを始めた。現在学期に1度、毎回国を変えて料理を出している。
ヨーロッパ、アジア、南北アメリカなど、これまで約30カ国もの料理が給食に出たという。
オーストラリアの日本人学校に勤務した経験がある寺本喜和校長は「オーストラリアでよく食べていたチョコレートケーキも出たことがあるんですよ」と微笑む。ラミントンというココナッツをまぶしたケーキで、とてもおいしいらしい。
今回、レソト王国の料理を取り上げることになったのは、2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けた東京都教育委員会のプロジェクトがきっかけ。プロジェクトは大会参加予定国・地域を各校に割り当て、国際交流を図るという内容なのだ。
たかが給食とあなどることなかれ。同校ではレシピだけでは本場の味は分からないと、料理についての教えを乞うため、大使館員に事前に試食を依頼。できるだけ現地の味に近づけるようにしていた。
メニューとして決まったのは、バソト族の定番料理である肉と野菜のシチューと野菜ソテー、それにレソトの主要作物であるトウモロコシから作ったパッパという主食だ。試食料理を持って行ったところ、このパッパに厳しい指摘があったという。
パッパは、トウモロコシの粉をお湯に入れて混ぜ、マッシュポテトのような状態にしたもの。簡単なようだが、加熱具合や硬さなどの加減が現地の食を知らない日本人には難しかったようだ。
パッパはレソトの人には日本人にとってのコメのようなもの。本物を知ってもらいたいと、大使館の厨房で職員が実際に小学校のスタッフに作り方を指導してくれたという。
「試食したパッパはしっかり調理されていないように感じました。初めて作るのだから仕方ないですよね。トウモロコシの粉は、煮立ったお湯に少しずつ入れかき混ぜたり、蓋をして蒸らしたりという作業を繰り返して調理するんです。レソトの人ならちゃんとできたかどうかは、香りだけで分かるんですよ」と大使館の第一書記官、マシンゴアネング・モソトアネ-ムポロさんは説明してくれる。
小学校の給食では大量に調理するため、これがかなりの力仕事。給食が出された日、調理を終えた男性調理員に話を聞くと「まだ腕がぷるぷる震えています」と笑っていた。
さて、レソト王国の料理が給食に登場したのは4月下旬。当日は大使館の臨時代理大使やその夫人らも学校を訪れた。いよいよ食事となったとき驚いたのは、臨時代理大使夫人が別の容器に盛られていた野菜ソテーを、さっとパッパの器に入れたこと。曰く「レソトではこうやって料理を一皿に盛って食べるんです」。
給食の器はボウル状だったので様子が違ったが、後で聞くと、本来は大きな皿に料理を盛り合わせ、手でちぎったパッパと一緒に野菜などをつまんで食べるとのことだった。シチューも汁が少ないので、つまんで食べやすいらしい。
不意を突かれたのか同じように料理を一皿に盛る子は少なかったが、うれしそうにシチューのお代わりをする生徒も目立ち、料理は好評のよう。
すべてきれいにたいらげていた男の子に話を聞くと「シチューはさらっとして食べやすい。パッパは素朴。ツブツブとした食感で新しい食べ物という感じがした」という。聞きながら「レソトの料理の味付けはシンプル。調味料は基本的に塩だけです」とムポロさんが話していたことを思い出した。
別室に用意してもらった給食を食べてみた。
シチューは、鶏肉やニンジン、ジャガイモ、タマネギが入った鶏ガラだしのトマト風味のもので、調味料は塩とコショウのみ。野菜ソテーは、ホウレンソウと長ネギをオリーブオイルで炒めたもので、味付けは塩のみとこちらも極めてシンプルだった。
野菜ソテーを食べてみて驚いた。想像以上に薄味なのだ。ところが、塩気が足りないとは全く感じない。素材の味がはっきりと引き立ち、かえって味わい深いのだ。
シチューもやはり一つひとつの素材の味が分かるすっきりとした味付けで、何杯でも食べられそう。国によっては味付けに馴染みがないため食べにくい料理もあるそうだが、子どもたちのお代わりが納得の素直な味わいの料理だった。
そしてパッパ。
最終的には大使館お墨付きの味に仕上がった。想像よりずっと硬めに練られていて、少しもっちりとした食感。重量感もある。塩などの調味料は使われておらず、野菜よりさらにシンプルな味。ただ、ご飯のような感覚で食べるのは難しかった。スプーンでパッパの上に具材を載せて食べても、よく味が馴染まないのだ。
ふと、大使館の人の言葉を思い出し、ちぎったパッパで野菜を挟むようにして食べてみた。なるほど! こうした方がパッパにおかずの味がよく馴染み、おいしく食べられる。
そう言えば、ムポロさんも「レソトでは、料理は手で食べるんです」と話していた。「ずっと豊かな風味になるんですよ。それにフォークやスプーンで食べるとかしこまってしまうけれど、手を使うととてもくつろいだ気分になって満足感があるんです」。シチューは手でうまく食べられるだろうかと思ったが、具をパッパですくうようにするとおいしく食べられた。
食材を限りなく自然のままに味わう料理とその食事作法。少しばかり大自然に囲まれた「天空の王国」に近づけたような気がした。
(フリーライター メレンダ千春)
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