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AIでコーチは不要になるか 選手と一緒に使いこなせ 対談・スポーツとAIの未来を探る(下)

スポーツイノベイターズOnline

2017/6/13

仮想現実(VR)を使えば、スキージャンプの選手は効率的に練習できる(国立スポーツ科学センターの風洞実験棟、写真提供:日本スポーツ振興センター)

 前回(「AIがシンクロ演技を判定したら 技術点は人より正確」)に続き、スポーツと人工知能(AI)の関わりについて取り上げる。今回のテーマは、AIはコーチに取って代わるのか。日本スポーツ振興センター(JSC)ハイパフォーマンスセンターの久木留毅氏、ソウル五輪のシンクロナイズドスイミング・デュエットで銅メダルを獲得し、現在はメンタルトレーニング上級指導士として活動する田中ウルヴェ京氏、慶応大学SDM(システムデザイン・マネジメント)研究科准教授の神武直彦氏の3人が話し合った。(構成は日経BP社デジタル編集部の内田泰)

 久木留 スポーツ界にも、AIに対する脅威論は根強くあります。その一つが、チームの戦術などを分析するアナリストと呼ばれる人たちです。実際、日本スポーツアナリスト協会が昨年12月に開いたイベント「SAJ2016」でも、その話題が出ました。

 神武 アナリストがなぜ、AIに対して脅威を抱いているのでしょうか。

日本スポーツ振興センターハイパフォーマンス戦略部長・専修大教授の久木留毅氏

 久木留 AIが試合内容を自動で分析してフィードバックできる可能性が出てきたからです。つまり、「アナリストロボット」のようなものが登場する、と考えているのです。

 しかし現在のAIは、試合の映像などからデータを抽出したり分析の一部を担ったりといった特定の作業の自動化にしか対応できません。

 「アナリストが不要になるのか」と聞かれれば、私は「なくならない」と答えます。ただし、自分たちの仕事の中身やレベルを高めていかないといけないでしょう。そう考えると広い意味では、AIに仕事を奪われてしまう人も出てくるかもしれません。

■コーチが拒んでも選手は使う

 神武 私も同感です。AIは人間の知能をコンピューターで代替するものですが、その知能のレベルが、オランウータンなのか、赤ちゃんなのか、大人なのか、専門のコーチなのかで大きな違いがあります。

 例えば、「サポートスタッフの代わりをするAI」「ライン判定をするAI」「戦略を立てるAI」などの専門AIが実現することも考えられます。決められた時間の中で最も効率よくトレーニングをするためのプログラムを組むAIなどもできるかもしれない。

慶応大SDM研究科准教授・JSCハイパフォーマンス戦略部アドバイザーの神武直彦氏

 ただ、「五輪のメダリストになるための高度なプログラムを年間ベースで立てろ」とAIに命令する場合、あらかじめ、適切な「教師データ」を用意してAIを教育する必要があります。一口にAIと言っても、どのレベルのものかでかなり違いがあるのです。

 当面は、選手やコーチがAIに知見を提供する、つまり「AI×人間の知能」によってスポーツ界で活用が進むと思います。自律的で高度なAIも、将来的には実現するでしょう。

 久木留 私がJSCに来て最も面白いと思ったのは、国立スポーツ科学センター(JISS)にある風洞実験棟です。

 例えば、スキーのジャンプ競技は1回当たり、飛行時間が3~5秒しかありません。そのためジャンプ台を使う場合、1日に合計30秒とか1分間しか練習できません。ところが風洞内で仮想現実(VR)を使って練習すれば、1日に2~3時間も「飛べます」。同様のことが、他の競技でも可能になっています。

 AIについても、こうした新しい技術をうまく使いこなせるコーチやスタッフが必要になります。そこをブレークスルーしないと、AIはスポーツとうまく融合できないかもしれません。

 神武 AIとの上手な付き合い方という観点では、マインドセットを変える必要があると思います。スポーツの世界では、選手が育つためには、コーチも育つ必要がある。選手や環境、テクノロジーがコーチを育ててチームが強くなるとも言えます。

 AIも誰かがチームに導入して終わりではなく、選手やコーチも「一緒にAIを創る」というマインドに切り替わると、有効に活用できると思います。

 久木留 「AIは要らない」と誰かが言っても、アスリートの多くは使い出すので、結局は無駄な抵抗になるでしょう。AIとうまく共存できる人が、最後まで勝ち残っていくと思います。

ソウル五輪シンクロ・デュエットの銅メダリストで、現在は日本スポーツ心理学会認定メンタルトレーニング上級指導士の田中ウルヴェ京氏

 田中 AIとの共存という意味では、それこそ人間の「立ち位置確認」が重要になります。存在意義とでも、言えばいいでしょうか。AIとの共存時代には人間が「人間らしい、自分らしい」と感じる能力が必要になってきます。その点では、心身相関、つまり「身体を動かすことによる自己認識」が重要な課題になってくる。そうしたディスカッションが、実存心理学などの分野では盛んになり始めています。

 久木留 スポーツ界では一時期、「情報・機密情報(Intelligence)」という言葉がキーワードになりました。その後、キーワードになったのが「公正性(Integrity)」です。現在、私が着目しているのは「統合(Integration)」です。要は、いろんなものを組み合わせてどう使いこなすかが重要、という意味です。

 2015年にオーストラリア国立スポーツ研究所(AIS)の幹部たちが来日しました。スポーツ科学、スポーツコーチング、マネジメント、全体のトップなど8人の一行でした。彼らは、自分たちが世界のトレンドから遅れているという危機感を持っており、最新のトレンドを探すのが目的でした。そしてスポーツ科学担当の人が日本の担当者に、「統合リサーチとして日本では何をやっているのか」と聞いたんです。残念ながら日本の担当者は答えられなかったのですが、私はAISの人たちの問題意識がそこにあることに気づきました。

 答えを返せないのは、研究にオリジナリティーがないことを示しています。例えば、日本にはスポーツ栄養学を研究していたら、そこに終始してしまう人が多い。アスリートのパフォーマンスを高めるには、栄養だけでなく、フィジカルやメンタルも鍛えないといけないのに……。

■多様な分野の組み合わせに有効

 神武 バズワード(流行語)のAIとしては鉄腕アトム的なものが思い浮かびますが、AIは多様なものが統合(Integration)されて生まれる知恵なので、久木留さんがご指摘のように分野融合が不可欠だと思います。まずはシステムとして、いろんな要素を洗い出して統合する必要があるでしょう。

 要素の組み合わせのパターンは無限にあり、そこから最も良いものを選び出すのは人間よりAIがはるかに得意です。ただ、どういうパターンが良いかというメタ情報は人間が決めなくてはなりません。そこに人間とAIの共存があり、お互いが知恵を出すと強力なスポーツAIを創れると思います。

久木留毅
 日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンス戦略部長、国立スポーツ科学センター副センター長/専修大学教授。筑波大学大学院体育研究科修了(体育学修士)(スポーツ医学博士)、法政大学大学院政策科学専攻修了(政策科学修士)、英国ラフバラ大学客員研究員。日本レスリング協会特定理事、元ナショナルチームコーチ、テクニカルディレクター等を歴任。2015年10月1日より、文部科学省および経済産業省のクロスアポイント制度にて日本スポーツ振興センターに在籍出向中。
神武直彦
 慶応大学SDM研究科准教授・JSCハイパフォーマンス戦略部アドバイザー。慶応大大学院理工学研究科修了後、宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構)入社。H-IIAロケットの研究開発と打ち上げ、人工衛星および宇宙ステーションに関する国際連携プロジェクトに従事。2009年度より慶応大准教授。13年11月にSDM研究所スポーツシステムデザイン・マネジメントラボ設立・代表就任。16年6月より日本スポーツ振興センターハイパフォーマンスセンター・ハイパフォーマンス戦略部マネージャー。17年4月より日本スポーツ振興センター・ハイパフォーマンス戦略部アドバイザー。アジア工科大学院招へい准教授。博士(政策・メディア)。
田中ウルヴェ京
 日本スポーツ心理学会認定メンタルトレーニング上級指導士。IOC認定アスリートキャリアトレーナー。1988年にソウル五輪シンクロ・デュエットで銅メダル獲得。10年間の日米仏の代表チームコーチ業とともに、6年半の米国大学院留学で修士取得。様々な大学で客員教授として教べんをとる傍ら、慶応大学大学院SDM研究科博士課程に在学中。アスリートからビジネスパーソンなど広く一般にメンタルトレーニングを指導するとともに、報道番組でレギュラーコメンテーターを務める。

[スポーツイノベイターズOnline 2017年4月21日付の記事を再構成]

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