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死んだ夫と「離婚」したい 義母の介護や遺族年金は? 弁護士 志賀剛一

2017/5/11

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Case:10 夫が定年を前に他界しました。生前、酒に酔って暴力を振るわれたり、浮気をされたり、さんざん嫌な思いをしてきましたが、子どものことを考えて離婚を思いとどまってきました。夫の母親、つまり義母からもずいぶん、いじめられてきました。これから義母の面倒を見て、最後は夫と同じ墓に入らなければならないのでしょうか。「死後離婚」という制度を利用したいのですが、遺族年金などがもらえなくなることはありませんか。

■「死後離婚」とは?

 NHKの番組でも取り上げられるなど最近、話題になっているのが「死後離婚」という言葉です。法律上、死後離婚という概念があるわけではなく、民法728条2項が定める「姻族関係を終了させる意思表示」のことを指していると思われます。

 そもそも「姻族」とは何でしょうか。結婚すると法律上、配偶者との婚姻関係とともに、配偶者の血族との姻戚関係も結ばれることになっています。民法では6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族を「親族」と定めています。

 ちなみに3親等内の姻族はどのあたりまでかというと、配偶者の曽祖父母、叔父叔母、おい・めいあたりまでです。意外と広いですよね。配偶者と離婚した場合、自動的に配偶者の血族との姻族関係は終わりますが、死亡しただけでは婚姻関係は終了しても、配偶者の血族との姻戚関係は原則的にはそのまま継続されます。

 この関係を終了させる意思表示が「姻族関係終了届」です。

 「嫁ぐ」という言葉を辞書で引くと「結婚して夫の家族の一員となる」などと書いてあります。この言葉に代表されるように、これまで「妻は夫の家に入るもの」と考えられてきました。このため仮に夫が先に亡くなっても、当然のように「家族の一員」として義父母や親戚の介護をさせられ、自分が亡くなれば夫やその親が眠る先祖伝来の墓に埋葬されるのが当たり前となってきました。

 しかし、都市化や核家族化の進行に伴い、このような生き方を選択しない人が増えてきました。終了届は夫が亡くなった後、夫側の親戚と縁を切る届け出です。もちろん、この届け出は妻が亡くなった後に夫が提出することも可能ですが、こちらはほとんど利用されていません。

■姻族関係終了届の効力

 姻族関係終了届は本人の意思のみで提出することができます。配偶者側の親族の同意などは一切、必要ありません。ただし、終了届を提出しただけの状態では、姓は変わりません。姓も旧姓に戻したいのであれば、「復氏届」を別に提出する必要があります。

 終了届の効果として、ちまたでは配偶者の両親や兄弟姉妹などへの扶養義務がなくなると説かれています。確かにそのとおりですが、そもそも民法では扶養義務は直系血族および兄弟姉妹が負担するのが原則で、3親等内の姻族に扶養義務が発生するのは家庭裁判所が「特別の事情」があると認めた場合に限定されています。

 したがって、夫を亡くした妻が義父母などの扶養義務を法律上、負担すること自体、もともと多いケースではないのです。ただし、配偶者が亡くなるまでの間、配偶者の両親を事実上、介護していたという人も少なくなく、そういう場合には「特別の事情」があるとして扶養義務が発生する場合もありえます。しかし、終了届を提出すれば、「特別の事情」の有無にかかわらず、扶養義務が課せられることはなくなるのです。

■遺族年金は? 配偶者の遺産相続は?

 遺族年金は国民年金法と厚生年金保険法などに基づいて、被保険者が死亡した際、残された遺族に支給される公的年金ですが、姻族関係終了届とその受給資格は何も関係がありません。つまり、終了届を提出した後も遺族年金は受給できます。

 「縁を切るなら死んだ息子から相続した遺産を返せ」などと義父母に要求される場合もあるようですが、相続開始時に法定相続人(配偶者)であった以上、相続権はなくなりませんし、終了届を提出した後に返す義務もありません。むしろ、義父母らに名義を移転するのであれば贈与となり、贈与税が発生します。

 このように終了届を出すことによって、経済的な不利益を被ることはありません。

■「夫の墓に入りたくない」

 「死後離婚」という言葉は「夫や姑(しゅうとめ)と同じ墓に入りたくない」という妻側の声とあいまって報じられるようになってきましたが、姻族関係終了届と自分が死んだらどこの墓に埋葬されるかは直接の関係はありません。終了届を出さなくても、遺言で祭祀(さいし)承継者を自分の意をくんでくれる人にしておいて、夫とは別の墓への埋葬を指定しておくなどの方法もあります。最近では祭祀承継者を必要としない永代供養墓も増えてきました。

 ただ「夫の家の墓ではなく、自分の実家の墓に入りたい」という場合、実家の墓の永代使用権者の承諾が必要となります。

■いろいろな家族の形

 姻族関係終了届は、法律的に、というよりむしろ、精神的に妻を解放する制度といえるでしょう。夫の暴力や浮気、姑との折り合いなどで苦しんできた人は、この制度を有効に活用してもらいたいと思います。しかし、家族の形は様々です。当然ながら、実の親と同じかそれ以上に義父母と仲が良く、自らの意思で一生懸命、義父母の介護をしている人もいますし、誰もが終了届を出す必要はありません。

 少子高齢化社会がますます進行する中で、介護や祭祀承継のあり方も多様化してきています。終了届を提出した人自身が、何年後かには自らの介護や死と向き合うことになるのです。社会全体の問題として考えていく必要があると思います。

志賀剛一
 志賀・飯田・岡田法律事務所所長。1961年生まれ、名古屋市出身。89年、東京弁護士会に登録。2001年港区虎ノ門に現事務所を設立。民・商事事件を中心に、企業から個人まで幅広い事件を取り扱う。難しい言葉を使わず、わかりやすく説明することを心掛けている。08~11年は司法研修所の民事弁護教官として後進の指導も担当。趣味は「馬券派ではないロマン派の競馬」とラーメン食べ歩き。

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