圧倒的な包容力と存在感 メアリー・J・ブライジ
デビュー25周年を迎えた米国のヒップホップソウルの女王、メアリー・J・ブライジが4月19日、東京・新木場スタジオコーストで公演した。喜怒哀楽、観客の様々な感情をすべて1人で引き受けるかのような圧倒的な包容力と存在感を放ちながら、全身を使ってひたむきに歌い続ける。まさに「女王」の異名にふさわしいライブだった。
日本の一般の音楽ファンにとってメアリー・J・ブライジといえば、1990年代の歌姫というイメージが強いだろう。実際、92年に大ヒットした「リアル・ラヴ」をはじめ、ヒップホップとR&Bを融合させた独特のスタイルは90年代に入って台頭したブラックミュージックの新潮流で、後のR&Bに大きな影響を与えた。
しかし、メアリーは今、全盛期に匹敵する好調な状況にある。昨年10月に出したシングル「シック・オブ・イット」が全米アダルトR&Bチャートで16週連続1位を記録し、さらに今年2月発売のシングル「ユー+ミー(ラヴ・レッスン)」もヒット。この2曲を含む13作目のアルバム「ストレングス・オブ・ア・ウーマン」を4月末に出したばかりなのだ。
「女性の強さ」と訳せる新アルバムについて、メアリーは次のようなコメントを出している。「2年半前の前作を作った当時、私は今のように強くなくて、心は弱く、深い悲しみの中にあった。自分が何者なのか、自信が持てずにいた」「自分自身を愛せるようになったことで、このアルバムが生まれた」「自信を取り戻すうちに、女性である自分の強さに気づかされた。このアルバムこそが本物のメアリー・J・ブライジです」
新アルバムのオープニング曲「ラヴ・ユアセルフ」、つまり「自分自身を愛しなさい」というストレートなメッセージを込めた作品で幕を開けた今回のステージにも、全編にわたって今の彼女の勢いと自信がみなぎっていた。
アルバムでは時流に乗ったエレクトロニックなサウンドも聴かせるのだが、ステージではドラム、ベース、ギター、キーボード、3人の女性コーラスによる息の合ったバンドサウンドを前面に出し、ヒップホップソウルというより、単にR&Bと呼んだ方がいいような王道のサウンドを聴かせた。
メアリーは以前から、女性の代弁者として、世の女性たちを勇気づけてきたアーティストといっていいが、この夜はその彼女らしさが明らかにパワーアップしていた。会場には男性ファンも多かったが、40代から20代くらいの女性客の姿が目立った。メアリーと女性客は確かな絆で結ばれ、共感の熱気がどんどん高まっていく。そんな印象を受けた。
彼女は圧倒的な歌唱力を誇るボーカリストではない。ダンスを武器とするわけでもない。ひたすら、がむしゃらに歌う。それが最大の魅力であろう。時に顔をゆがめ、髪を乱しながら、感情のおもむくままに歌う。跳びはね、ひざまずき、倒れ込み、それでも歌い続ける。見かけなど構っていられない、私は人々のために、女性たちのために歌わなくてはいけないんだと言わんばかりのステージ姿である。
観客の喜怒哀楽のすべてを一身に引き受け、歌の力で浄化してみせようという迫力を感じた。この存在感と包容力は若いころのメアリーにはあまり感じなかったもので、まさに彼女が名実ともに「ヒップホップソウルの女王」と呼ぶに値する存在になったと実感できるライブだった。
(編集委員 吉田俊宏)
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