人工子宮でヒツジの赤ちゃんが発育 ヒトへの応用は?
早産児の治療を大きく前進させそうな成果がもたらされた。米国の研究チームは2017年4月25日、ヒツジの胎児8匹が人工子宮内で4週間生存し、発育したと科学誌「ネイチャー・コミュニケーションズ」に発表した。同種の研究で動物が生きた期間としては最も長い。
報告によると、子ヒツジの肺やその他の内臓は母親の子宮の中と同じように発達し、早産児を生かすために現在使われている保育器と人工呼吸器を使った場合と比べると、大幅に改善したという。研究に使われた子ヒツジのうち数頭が成長し、1頭はすでに1歳を過ぎている。
「ヒツジたちは全ての点で正常に育っているとみられます」と、研究を主導した米フィラデルフィア小児病院のアラン・フレーク氏は話した。「子ヒツジの知能テストはしていませんが、みなとても賢いと思います」
研究者らは、将来的に同様の技術を人にも活用し、超早産児の健康な発育を助けられることを期待している。
人の平均的な妊娠期間は40週。だが、米国では毎年約3万人の赤ちゃんが26週未満で生まれる。生きられるかどうかの境界線にあと少しで届きそうな22~23週の赤ちゃんはたいてい450グラムほどしかなく、生存の可能性は50%を下回る。命を保った子どもも、多くは肺疾患や脳性まひをはじめ、さまざまな重い障害が残る。
新たな機器が人にも使えれば、未来の早産児の両親は水槽のような保育器をのぞき込むことになるかもしれない。早産児はポリエチレンの大きな袋に入り、透明な袋は人工羊水で満たされている。
赤ちゃんは子宮の中と同じく呼吸するように羊水を吸ったり吐いたりし、へその緒につないだ機器が血液中に酸素を送り、二酸化炭素を取り除く。
研究チームは、人工子宮を本物の子宮の代わりにする意図はないという。また、約22~23週未満の胎児は救えないとしている。その段階ではあまりに小さく、未成熟だからだ。
「生きられる限界の週数を早めることが、我々の目標では決してありません」。24日の記者会見で、研究結果を発表したフレーク氏は強調した。「我々が目指すのは、超早産児の予後を改善して生存率を高めることです」
胎児を育てる袋
フィラデルフィア小児病院のチームは、3年前から人工子宮の研究に取り組んできた。最新版の人工子宮では、発達の状態が人の胎児の23週に相当する妊娠105~108日のヒツジの胎児5匹を母体から外科的に取り出し、試験に用いた。また、妊娠115~120日のヒツジの胎児3匹でも試験を行った。
その結果、最も妊娠期間が短かった子ヒツジでも人工子宮内で正常に育ち、袋にいる間に動いたり目を開けたりし、毛も生えてきた。肺その他の仕組みが十分育った段階で、子ヒツジは袋から「出産」されて人工呼吸器をつけられ、正常な肺機能を示した。
米ミシガン大学体外循環研究ラボラトリーの小児・胎児外科医、ジョージ・ミチャリスカ氏は「とても有望かつ見事な結果」と評価する。同氏はロバート・バートレット氏と共に、子宮に似せた人工機器を初めて考案し、独自の人工子宮を10年にわたって開発している。
フィラデルフィアの研究チームによる機器は、血液を送り出すポンプ機能を胎児自身の心臓に頼っているが、ミチャリスカ氏らの機器は機械のポンプを使う。いずれも胎児は人工羊水を吸ったり吐いたりするが、ミシガン大学のものは胎児が袋の中で羊水に浸かる形ではない。
どちらの研究チームも、各自の仕組みの利点を挙げる。前者は小さな心臓に余計な負荷をかける機械のポンプを使わずに済み、後者は早産児に何かあればすぐ処置を始められる。だが、どちらも人間での試験はまだ行われていない。
映画『マトリックス』の世界ではない
何であれ人工子宮システムの目標は、胎児を完全に母体の外で育てることではないとミチャリスカ氏は言う。「それは『マトリックス』の世界です」として、人が容器の中で育つ1999年の映画のようになる可能性を退けた。
「人工胎盤の本質は、子宮の環境を一定期間再現し、生まれた後に外の世界で生きられるように胎児の器官を発達させることです」とミチャリスカ氏。
人の赤ちゃんの場合、その状態に達するのが約28週だ。この頃になると、肺が空気を呼吸できるまで成長する。もし赤ちゃんが人工子宮に入ったとしたら、機器による感染や血栓の危険を減らすため、ほとんどの場合はこの段階で外に出されることになるだろう。
普及するのがどちらのシステムであれ、こうした人工子宮は近いうちに実用化されるだろうと、ミチャリスカ氏、フレーク氏は共に自信を見せている。
だが人間の赤ちゃんで試す前に、新たな装置でさらなる動物実験を成功させ、人での試験が安全だと実証しなければならない。また、人間の赤ちゃんは今回使われた子ヒツジの半分以下の大きさであり、この点でも調節が必要だ。どちらの研究チームも、3~5年後にはそうした試験の準備が整うだろうと話している。
(文 Erika Engelhaupt、訳 高野夏美、日経ナショナル ジオグラフィック社)
[ナショナル ジオグラフィック ニュース 2017年4月28日付]
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