経営者、中間管理職、平社員 ストレスが大きいのは?
東京大学大学院・近藤尚己准教授に聞く「ストレス社会への処方箋」(3)
会社の中には様々な立場があり、それぞれ違った悩みやストレスを抱えている。平社員、中間管理職、経営層、どの役割が一番きついかといえば、一概に比較できない。ただし、あくまでも平均値であるが、統計データから分析するとはっきりとストレスの度合いが分かる。「毎日が激務でへとへとだ……」と思っても、実は近くに座る上司の方が頭を抱えているかもしれない。
社会と健康との関連を研究する社会疫学の専門家、東京大学大学院医学系研究科の近藤尚己さん。「孤立」が健康に与える悪影響について聞いた第1回「『孤立』はたばこと同じくらい体に悪い?」、「人とつながる力」の男女差がテーマの第2回「男性が女性より短命なのには、深いワケがあった」に続き、今回は仕事とストレスの関連性について話を聞いていこう。
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管理職・専門職の死亡率は、95年前後を境に上昇
――ちょっとドキっとするワードですが、労働者の自殺率についてお話を伺いたいと思います。近藤さんは、管理職、専門職、その他の労働者の死亡率について研究されたそうですね。
はい。北里大学の和田耕治さん(現・国立国際医療研究センター)たちと一緒にやった研究です[注1]。欧米などの格差社会では、社会的地位によって健康状態に格差が生じることが報告されていますが、それと同じように、日本でも職業や職場での役割によって健康面での格差があることが分かりました。
[注1] Wada K, Kondo N, et al. Trends in cause specific mortality across occupations in Japanese men of working age during period of economic stagnation, 1980-2005: retrospective cohort study. BMJ 2012;344:e1191.
僕らは、30~59歳男性の死亡率について1980~2005年の推移を職種で分けて調べました。図1を見てください。
これは、管理職、専門職、その他(肉体労働・事務職・販売業など)の3つの職種に分けて、5年ごとの死亡率の推移をグラフにしたものです。1995年あたりまでは、死亡率が一番高いのは肉体労働者を含むその他職種、2番目が専門職、3番目が管理職となっていました。ところが、95年を境に専門職と管理職が上昇に転じ、さらに2000年代に入ると管理職がトップに立ちました。
もう少し詳しく見てみましょう。図2では、死亡要因の中でも「自殺による死亡率」の推移をまとめてみました。
こちらも、95年を境にトレンドが変わっています。それまでは、最も自殺死亡率が高いのはその他職種で、次いで専門職、管理職の順だったのが、95年からグーンと管理職・専門職が上昇しています。その後も管理職が上昇し続けて、ついに最も自殺死亡率が高くなりました。
95年は、バブル崩壊直後の年です。90年代前半にバブル崩壊が起き,98年には山一證券や日本長期信用銀行、北海道拓殖銀行などの大手金融機関がバタバタと連続倒産し、日本経済が一気に冷え込んだ時期でした。自殺率が急上昇したのもその年です。
ここから管理職の死亡率、特に自殺死亡率が上向きに転じました。一方で、肉体労働者などのその他の職種では、死亡率の減少傾向が続いています。
なぜ、管理職の死亡率は急増したのか
――なぜ、管理職の死亡率が上昇し続けているのでしょうか。
死亡理由は様々ですから、完全に調べることはできませんが、いくつかの理由が考えられます。
1つは、全労働者数に対する管理職の割合が急減したことです。80年代から2000年にかけて、管理職の割合が8%台から3%台まで落ち込みました。つまり、半分の人数で管理業務をこなさなければなりませんから、1人あたりの仕事量が急増してしまった可能性があります。
2つ目は、非正規雇用の増加です。1990年代に入ってから非正規雇用が増え始め、さらに1999年から労働者派遣法が数回にわたって改正されたことで派遣社員が増えていき、非正規雇用の増加に拍車がかかりました。
非正規雇用が増えると、管理職はどのような影響を受けるでしょうか。日々の管理業務プラス、仕事に不慣れな非正規雇用の人たちを育成したり、一緒に仕事をしていかなければなりませんから、仕事量が大幅に増えてしまいます。
こうして管理職の仕事量が増えてしまったことがストレスを増大させ、死亡率の上昇にもつながっているのではないかと思います。もちろん、コンピューターの普及等による過度な効率化によるストレスなど、ほかの要因もあるのかもしれませんが、それが管理職にだけ強く影響することは考えにくいでしょう。
いずれにしても、今、管理職が危機的な立場に立たされているのは事実だと思います。ちなみに私たちの研究で示した「管理職」とは、中間管理職よりももっと上の経営者レベルの管理職です。従って、そういった人々は、よりストレスが高まっているのではないかと懸念しています。
――中間管理職よりも経営層の方がストレスが強いのですか?
例えば不景気によって会社が倒産するかもしれないという重圧です。死亡自殺率が急上昇した95年前後には、実際に会社が潰れた直後に自殺した零細企業の社長さんも大勢いらっしゃったのではないかと憶測しています。
管理職、特に経営層のストレスを軽減するような仕組みを整えなければ、日本経済にとっても大きな損失となります。社会のリーダーたちがどんどん死んでしまっては困りますよね。
以前、ホワイトカラー労働者に対して労働時間の規定を免除する「ホワイトカラー・エグゼンプション」という制度が話題になりました。労働時間を含めた働き方への裁量が上がって働きやすくなればいいのですが、逆に労働時間が長くなってしまうとさらに健康を害してしまいます。ここは気をつけなければならない点でしょう。
裁量度が高いとストレスは減る
仕事におけるストレスを考える場合、図3に示す「デマンド・コントロール・モデル(要求度-裁量度モデル)」[注2]が一つの目安になります。
これは何かというと、仕事におけるストレスは、仕事の要求度(デマンド)と裁量度(コントロール)の掛け合わせによって決まるというものです。要求度が高い仕事、つまり作業量が多かったり、ノルマが厳しかったり、ミスが許されない業務だと高ストレスになります。一方、仕事の裁量度が高い、つまり意志決定の自由度が高いとストレスは減っていきます。
それらを掛け合わせるとどうなるか。要求度が高くて裁量度が低い仕事をする人たちが最もストレスが高いということです。実際に追跡調査をしますと、そういった業務を行う人たちほど早死にしていることが分かりました[注3]。
例えばどんな仕事かというと、休憩もなしに一日中パソコンでデータを打ち込むような業務です。山のような作業を休みなしにしなければいけない仕事は、非常に辛いですよね。
[注2] Karasek RA. Job demands, job decision latitude, and mental strain: implications for job redesign. Administrative Science Quarterly 1979;24:285-308.
[注3] Tsutsumi A et al. Psychosocial job characteristics and risk of mortality in a Japanese community-based working population: the Jichi Medical School Cohort Study. Soc Sci Med. 2006;63:1276-88.
一方、管理職というのは、そういう業務ではありません。要求度は高いかもしれませんが、裁量度も非常に高い。本来は、アクティブに生き生きとやれる仕事なのです。専門職、例えば医者も、どちらかというとそういうタイプの職種ですね。仕事量は多いんだけど、やりがいもあるし、自分である程度時間の自由もきく。
しかし、仕事量が度を超してしまうと、ストレスが増大してしまうと考えられます。先ほど95年以降に管理職の死亡率が高まっているという話をしましたが、その原因として、管理職への要求度、つまり仕事量が過剰になっている可能性があると考えられます。
ただし、このデータは失業者のデータを除いています。失業者の中には、病気やけがで働けない人なども大勢いらっしゃいますから、死亡率は単純に比較できないので分析からは除きました。ちなみに、失業している方の死亡リスクは労働者よりも遥かに高いことを付け加えておきます。
「健康になるべき」と押し付けてはいけない
――最近、「健康経営」という言葉が注目されていますね。企業が従業員の健康に気を配り、経営という面でも大きな成果を得ようというものです。
従業員のストレスチェックを義務化したり、働きやすいように社内の環境を整えたりする動きがありますね。企業は今、健康をテーマに積極的に労働環境を改善しようとしています。
例えば、デスクワークをあえて立って行うことで運動不足を解消しようとしたり、社内でコミュニケーションをとりやすくするために社員の座席を固定しない「フリーアドレス制」にしたり、様々な取り組みをする企業を目にします。
ここで大切なのは、健康にならなければならないという「押し付け」をしないことです。健康になることは、目的ではありません。生きがいのある仕事をしたり、家族や友人と有意義な時間を過ごしたりといった、幸せになるための一つの手段です。
――「健康になりたい」という最後の決断は、誰かに押し付けられてするのではなく、自分ですることが大切なのですね。
そうです。自分で決めれば、文句は言えませんからね。最近、よく耳にするようになった「ナッジ(nudge)」という考え方もそうです。直訳すると「肘などで軽く突く」という言葉ですが、これは「人の行動のクセ」に関する行動科学の成果を活用して、人が望ましい、つまり健康的な行動をするようにそっと促すような仕掛けをつくるような取り組みのことです。
基本的に、やるかやらないかは本人の自由です。ただ、それをちょっとだけ、健康的な方向に後押ししてあげるような環境をつくろうというスタンスが大切なのかなと思います。
例えば、社員食堂のおかずの配置をちょっと工夫してみる。列に並んで順番に好きなおかずをトレーに乗せていくシステムがよくありますよね。野菜を積極的に食べてほしい場合、最初にサラダや野菜の小鉢を並べると、手に取る率が高まり、野菜摂取量が増えるんです。
――企業が少し工夫をするだけで、従業員をより健康的な生活へと近づけることができるのですね。仕事をする時間は1日の多くを占めますので、企業も個人も健康意識が高まっていけばいいなと思います。このたびは、貴重なお話をありがとうございました。
【近藤尚己准教授に聞く「ストレス社会への処方箋」】
第1回「『孤立』はたばこと同じくらい体に悪い? 」
第2回「男性が女性より短命なのには、深いワケがあった 」
社会疫学者、医師、医学博士 東京大学大学院医学系研究科准教授。東京都町田市生まれ。2000年、山梨医科大学医学部医学科を卒業。その後、ハーバード大学公衆衛生大学院での客員研究員、山梨大学大学院医学工学総合研究部社会医学講座講師などを経て、2012年より現職。専門分野は、社会疫学、公衆衛生学、健康格差対策、健康に影響を与える社会的な要因の研究。
(聞き手:ライター 森脇早絵、写真 秋元忍、図版 増田真一)
[日経Gooday 2017年3月1日付記事を再構成]
健康や暮らしに役立つノウハウなどをまとめています。
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