落語家の名前を自動変換してみたら…
立川談笑
マクラ話のテーマは「ヘアスタイル」。今回は落語家の髪形について考えてみます。周囲を見回して、先日ふと思ったのです。
「最近の落語家は短髪が多そうだぞ」
そこで考えました。現在活躍している落語家をヘアスタイルごとに分類して、相関関係を探ってみたら何か見えてくるのではないかと。そこに伝統は息づいているのか。はたまた意外な流行や、団体ごとの傾向があるのか。新作派と古典派にヘアスタイルの違いはあるのか。ふんわりヘアか、てかてかヘアなのかといった整髪剤の使用度も気になるところです。
調査を前に、なんとなくの仮説を立ててみます。古典落語に重きを置く人は、丸刈りに近いほどの短髪が多くて、一方、新作にも挑む人はちょっと長かったりする。その上で「総じて短髪が多い。ただし、ソフトモヒカンのように部分的に長くするような、特徴的な短髪が主流」。これがひとまずの仮説であります。しかしながら先入観は禁物。冷静にいきます。
それにしても便利な世の中です。先日は沖縄に向かう飛行機の中での執筆でした。いま現在は広島から東京に帰る新幹線の中でノートパソコン(PC)に向かっています。同時にスマートフォン(スマホ)でもインターネット。快適快適。
時速250キロ(たぶん)の高速で移動しつつ、リサーチから開始します。あまねく落語家の画像を求め、落語協会のホームページにスマホでアクセス。都内に4つある落語家団体のうちの最大手です。ページを開くと、おやおや、何かポップアップしたぞ。
「中国語(簡体字)のページです。日本語に翻訳しますか?」
何だこれは。協会がウェブサイトに仕込んだジョークか。そうでもないか。漢字が多いから中国語と認識したのかな。
気を取り直して。「芸人紹介」のページ、さらにその中の「真打」をクリック。うわっ! ずらりと落語家の名前が並ぶ。それもものすごい数だ。本当に真打だけで、これか。予想をはるかに超える数に、ヘアスタイルどころか人数をカウントするだけでも気が遠くなります。100人? いや、そんなもんじゃない。
人数はあとまわし。とにもかくにも最上段の御大、三遊亭円歌師匠をうやうやしくクリック。ご尊顔を拝してヘアスタイルを……と思ったら、問題発生。「剃髪(ていはつ)」は短髪に含めるのか? 出だしから深刻なトラブルに直面しました。そしてさらに、ナチュラルな剃髪風、つまり禿(はげ)頭はどう扱うべきか? さあ、困った。あれこれといろんな落語家の写真を開いては髪形を眺めるほどに、執筆の先行きが曇っていきます。あ、あ……。
んでまた、どうでもいいけど、いちいち「中国語のページです」の告知が出てうるさい。大丈夫か、このスマホ。
うーん。いっそのこと勧められるままに翻訳してみました。
わははは。ホントに翻訳しやがった。落語家の名前を、すべて中国語とみなして一斉に日本語に翻訳してみせた。このスマホめ! 思わぬ展開。しかもこれ、面白すぎるやつだ。よし、ヘアスタイルの話はやめてこちらに集中します。だって、マクラ話だもの。面白さ優先です。
ということで、急きょテーマが変わりました。
「落語家の名前を中国語→日本語として翻訳してみた」
なんとも、えらいことになってます。元のお名前はあえて書きません。クイズにもならないような、とりわけ破天荒なものばかりを列挙します。
落語家の名前の、日本語訳。
「キム・ボーティン元越」
「劉さんの小さな男」
「古代と現代のパビリオンチーさんチュ」
「金閣寺前の良い馬」
「〇〇発酵(←実在の企業名)パビリオン補助ばね」
「Linjiaヤンいち」
「船への陳ティンファン」
「オレンジのファミリーサークル十郎」
「劉の家族は非常に実用的な床であります」
「私も劉家族の建物でした」
あは、あはははは。もう、何なんだこれは。新幹線の客席でひとり、悶絶(もんぜつ)しきりです。
機械翻訳を使った誤変換遊びは、昔、はやりましたね。わざと繰り返し変換したりして。最近でもGoogle翻訳が誤訳も含めて話題になりました。近年はずいぶん翻訳機能が向上したと聞いていましたが、さすがに落語家の名前には対応しないようです。きっと、一般の姓名と違って「芸名」はサンプリングされていないため、固有名詞と認識せず力任せに翻訳してしまうのでしょう。
それにしてもこんな猛烈な誤変換の嵐の中、唯一微動だにしないのが隅田川馬石さん。何だか分からんが、かっこいい!!!
ええ、そろそろ他団体を扱うのが後ろめたくなってきました。機械翻訳の対象を身内にします。まずは「立川流」で検索。よし、「立川流の系図」を発見。クリック。ん? ポップアップだ。
「中国語(簡体字)のページです」
おいー! またまた機械翻訳が自動的に立ち上がるってどうなってるんだ。しかも「そんなページかもしれません」「可能性があります」じゃなくて、「ページです」って自信満々で言い切ってるものなあ。どこから来ちゃうかなあ、その自信は。でもまあ、とりあえず手間がはぶけたってことで、お言葉に甘えて「翻訳」をポチっと、な。
おお、「日本語に翻訳しました」と誇らしげな宣言にそえて、「常に翻訳」のチェックボックスが力強くほほえみかけてきます。いやいや、毎度勝手にこんなふうに翻訳されたら笑っちゃって仕事にならないじゃないか。ONになんてしないよ。絶対に、しないんだからね。
では、さっそく。
家元、立川談志を日本語に変換すると。「立川話チー」
ぶぶっ。かわいくなっちゃった。「チー」って。カタカナで来るかー。
そして落語立川流の我らが現代表・土橋亭里う馬師匠。「土橋ブースU馬(第10世代メッシュ)」
うおー、唐突にメカっぽい。サイバーパンク。というか日本語なのかこれ。
立川志の輔師匠は、「フーカイの立川」。
前後逆転するのね。フーカイって、何?
例外的にきれいなのが2つだけありました。
「幸いなことに立川話」は立川談幸師匠。
「立川は、春の話を」は立川談春師匠。
ううむ。機械翻訳のくせに、人によって顔色をうかがうそぶりが憎たらしいですな。
立川志らく師匠。「立川チーEASY AUTO」
もはや日本語を離れて英語になってます。談志の「チー」を受け継いでます。
「立川は、ヘルプについて話します」
短文完成型は立川談之助師匠。しかも5・7・5。
そして私、立川談笑は「笑っ立川」
ひどい! 読みは「わらったてかわ」か。リズムの裏をかいてきた。こいつ、絶対に笑わす気、満々だ。
同じくこの欄で連載をしている私の弟子たちは、こうなりました。
「李川吉笑い」(立川吉笑)
もはや読み方が分からないし。だいたい「李」ってどっから持ってきちゃったんだ?
「立川笑い2」(立川笑二)
いきなり続編か!
ああ、キリがない。あっという間に新横浜です。いま座っている新幹線の車内では、そこここでスーツ姿のビジネスマンがノートPCやタブレットを駆使して仕事をしています。その横で私ときたら、同じようにPCは開いているものの、日曜日のお父さんみたいなゆるい格好でやたらニヤニヤして時にプッと噴き出してる。周囲からの「この人はいったい、何してるのか?」という怪訝(けげん)な目線を強く感じています。
いや、こんな私でも広島から東京まで4時間かけて、これでも執筆中、仕事してるんですよ。思い切って自己紹介したいなあ。
「エヘン! ええ、わたくしは、怪しい者ではありません。落語家です。名前は『わらったてかわ』。すっかりヘアスタイルに興味はありません!」
うん。不審者、確定だね。
☆ ☆ ☆
次回のテーマは「犬・猫、ペット」。まずは立川笑い2、任せたぞ!……って誰だ、おまえ?
(次回4月23日は立川笑二さんの予定です)
1965年、東京都江東区で生まれる。海城高校から早稲田大学法学部へ。高校時代は柔道で体を鍛え、大学時代は六法全書で知識を蓄える。93年に立川談志に入門。立川談生を名乗る。96年に二ツ目昇進、2003年に談笑に改名。05年に真打昇進。古典落語をもとにブラックジョークを交えた改作に定評がある。十八番は「居酒屋」を改作した「イラサリマケー」など。
<今後の予定>吉笑(二ツ目)、笑二(同)、笑坊(前座)の弟子らとともに開く一門会は4月28日の予定。
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