高橋優とICレコーダー 録音するのは歌ではなく?
温かな人柄がにじむ歌声と、社会を見据えるまなざしから生み出される率直な言葉で多くのファンを獲得するシンガーソングライター・高橋優さん。半年ほど前から小型ボイスレコーダー(ICレコーダー)を愛用しているという。楽曲制作のためかと思いきや、その目的は驚きのものだった。
ラジオ番組を担当して、自分の話し方が気になるように
このボイスレコーダーを入手したのは2016年10月くらい。楽曲制作には一度も使ったことはありません(笑)。
なぜ、買おうかと思ったかと言うと……。想像するとすごく気持ち悪い話なんですが(笑)、自分の日常会話を録音したくなったんです。
きっかけは『高橋優のリアラジ』(JFN)や『オールナイトニッポンサタデースペシャル 大倉くんと高橋くん』(ニッポン放送)などラジオのレギュラー番組や、テレビでお話しさせていただく機会が増えたこと。「知らず知らずのうちにひどいことを言ってるんじゃないか」「もしかしてものすごくKYなんじゃないか」って(笑)。気になって、自分の話し方のクセやよく言う言葉をあぶり出したくなった。
それに……、もっと根本的な理由として、日常の会話が楽しいほうがいいじゃないですか。自分の話し方や考え方がパターン化してしまったら、つまらない人間になっちゃいそうな気がして。僕は今33歳なんですが、20代と違って30を過ぎると周りもとやかく言わなくなる。言っていいか分からない存在になるんでしょう(笑)。
それで家族や友達など、ごく身近な人との会話を録音して聞き返したくなったんです。もちろん、録音する前には「取っていい?」って了承を得ていますよ。
「最後まで言わない」を意識するようになった
会話術が上達するようにというのが、意外な目的。実際に自分の会話を録音することで、いろいろな「気づき」があったという。
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聞き返してまず気になったのは、話すスピードが速いこと。緊張していたり、鋭いことを言われると特に早口になります(笑)。そもそも"緊張しい"で、ライブのMCで最初の簡単なあいさつさえ何度もかんじゃう。それって気ばかり焦って早口になるからだと分かって、以後MCやラジオではゆっくり話すよう心がけています。
普段の会話にも役立ってますよ。僕って、どうもしゃべりすぎるみたいで……。こうした取材では遠慮なく話し続けられますが(笑)、友達と食事しているときは会話のキャッチボールをしたいですからね。自己主張が強いからかついつい全部話したくなるんだけど、そうすると相手が語る余地がなくなる。ボイスレコーダーを使うようになってからは「最後まで言わない」を意識するようになりました。僕以外の人は、それを自然とやってるんだと知って今さらながら反省しています(苦笑)。
声のトーンでも発見がありました。僕は歌が生業なので声帯の働きが気になるんですが、話のトーンがずっと同じだと声帯の同じ部分ばかりを使ってしまいます。声帯は縦長の筋肉みたいなもので、高い音から低い音までまんべんなく出して声帯を上から下まで使えたほうが歌にも良い効果が表れます。マイケル・ジャクソンがファルセット(高音の裏声)みたいな声で話したのは、日常的に声帯をフルに使うためじゃないかと聞いたことがあります。ただ、僕が急にファルセットで話し始めたら、ただの変な人になっちゃう(笑)。
それに、ずっと同じトーンで話していると、お経みたいで聞いてる側は眠たくなりますよね。なので、ラジオもあいさつはいつものトーンですが、メールやお便りを読むときはちょっと声色を変えるようになりました。話が面白いなと思う方、俳優さんやお笑い芸人さんなどは、それを一つのスキルとして身につけていらっしゃるなと感じますね。
選択のポイントはさりげなさ、店員の勧めが決め手
このレコーダーを選んだポイントは薄くて小さいこと。クリップ式でポケットの内側に挟んでいつでも持ち歩けるのも気に入ってます。録音するのも簡単なんです。ボタンを押すだけなので、大げさにならないでさりげなく録音が始められます。
買ったのは家電量販店です。使う目的や「携帯できて容量が大きいもの」と店員さんに伝えたところ、勧められたのがこれでした。その店員さんがとても感じが良かったのも決めた理由の一つです。いくら必要だからって、行ったお店の店員さんがあまりに素っ気なかったら「今日は買うべきじゃないのかな」と思って、やめることもありますから。
僕のモノに対する考え方って、効率悪いんだろうなって思います。いまだにCDや雑誌もダウンロードではなく、形ある、実感のあるモノを求めてしまう。それも、わざわざお店に行って店員さんにあれこれ聞いてから決めるんですから、面倒くさいったら。
きっと、モノを手に入れることももちろんだけど、過程が大事だと思っているからなのかなって。だって、「今日はこれから買い物するんだ」って考えると、その日が楽しくなるじゃないですか(笑)。
結果よりも過程を大事にしたい
人との会話を大切にする高橋優さんの新作は、映画『クレヨンしんちゃん 襲来!! 宇宙人シリリ』の主題歌『ロードムービー』。このタイトルも会話から生まれたものだった。
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面と向かって話をする。面倒だし昨今無駄に見えるかもしれないけど、ものづくりではとても重要だと思います。新曲の『ロードムービー』というタイトルも、『しんちゃん』を撮った橋本昌和監督とお会いしたときに「今回の映画はロードムービーにしたいんですよ」という言葉が出てきたのがきっかけ。実際に会って話さなければ、聞き出せなかったでしょうね。
相手が何を語るかも大事ですが、どんな表情で話しているかもいいヒントになります。情熱を持ってワクワクしながら作品への思いを話す姿を見て、「この人はきっとあの感じが好きだろうな」ってイメージできたりする。けど、人づてに聞くとどうしても歪曲(わいきょく)されてしまう。たとえば、「あんまりバラードしすぎない感じがいいかなぁ」って軽い感じで言っていたものが、巡り巡って、最終的にマネジャーからメールで「バラードNG」って伝えられたらちょっとカチンとくるかもしれない(笑)。誰も悪気はないのに、ずれて、すれ違ってしまうんです。
今回は、橋本監督の思いも十分伝わったし、何より僕は『クレヨンしんちゃん』の最初の作品から25年越しのファンなのでモチベーションが高いまま制作できました。ちょうど「来し方行く末」という長いツアー中に作ったので、自分の日常とも重なった。シンガーソングライターとして幸運でしたね。
『ロードムービー』の歌詞にも込めましたが、僕はゴール地点よりもその過程に価値を見出すのが好きなんです。ロードムービーというジャンルの映画は、目的地に向かって旅をする、その途中での出会いや困難に立ち向かう姿に大半を費やすと思うんですよ。僕にとってツアーはまさにそうです。ライブ会場でファンのみんなと会える時間は最高だけど、それはわずか数時間の出来事。それ以外はお客さんと全く繋がってないと考えたらすごく寂しいですよね。会場に向かう新幹線で過ごす時間やわくわくドキドキする思い、会うための準備や頑張りもすべて、僕にはかけがえのない時間なんです。
iPad Proは肌身離せぬ道具
自らアナログ人間だという高橋優さんだが、デジタルグッズにも愛用品がある。iPad Proだ。いまや肌身離せぬ道具になったというiPad Proの使い方は?
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浮かんでは消えていく日々の様々な思いを、すかさずiPad Proにメモしています。どちらかといえばアナログ人間だと思うんですが、昨年末に発売されたものは、そんな僕さえ便利だなと思う機能が満載。もともとiPadやiPhoneの録音機能を使ってデモ音源を取っていましたが、このiPad Pro(9.7インチ)は専用のペンやキーボードも付けられるようになり、それがすごく便利なんです。
『ロードムービー』の歌詞は新幹線で移動中に、このiPad Proを使って書きました。言葉に詰まったら、気晴らしにペンで絵を描くこともあります。歌詞のイメージ図みたいなものを描いたり、急に自分の左手をデッサンしたり。するとそれまで使っていた脳と違う部分が活性化されるみたいで、作詞にいい影響があるなと感じます。
移動中によくiPad Proで映画を見るんですが、そこから歌詞が不意に浮かんだりもします。その時は映画の画面を縮小し、スワイプしてメモの画面をさっと出す。メモした言葉は極力消しません。後になってスクロールして見返したりすることもありますからね。以前はメモ帳を持ち歩いていたので、後から探すのに一苦労。紙も使わなくなりちょっとエコにも貢献できているかなと。
iPadを買うときも、周りのスタッフにいろいろ聞きました。「ペンが便利だよ」とか「大きく(12.9インチ)なくても十分使える」とか。あくまで僕個人の考えですが、ネットの情報はあまり当てにしないし、気にもしません。ネットの情報を盲信するんじゃなく、あくまでも一つの指標です。有名グルメサイトで2.8点だとしても、自分が好きな店なら通い続けますし、友達が「あの店のしょうゆラーメンは絶品なんだよ、他はまずいけど」ってうれしそうに話す言葉を信じるし、食べてみたいなと思う。映画は大好きなのでなおさらです。どんなに高評価であろうと、事前に知ってしまうと僕の中である種の偏見が生まれてしまうので見ないようにしています。
映画って、1800円払って好き放題言えるのが楽しかったりするんですよね。「映画は良かったけどエンディングのテーマ曲がイマイチだったな」とか(笑)。僕自身がそうだから、映画の主題歌を手掛けたときは気が気じゃありません。4回くらいは見に行くんじゃないかな。最初の2回くらいは、お客さんの反応が気になってふわふわして本編をまともに見られない。4回目くらいになってやっと、「ああ、こういう映画だったのか」って地に足つけて見られるんじゃないかと思います。
1983年12月26日生まれ、秋田県横手市出身。札幌の大学へ進学すると同時に、路上で弾き語りを始める。2010年にデビュー。2016年には地元の秋田県横手市で初の音楽フェスを主催。2017年は横浜アリーナ2DAYSを含む全国ツアーを開催した。2017年夏には『熱闘甲子園』の番組テーマソングを手がけることも決まった。
(文 橘川有子、写真 藤本和史)
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