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スタンフォード大学経営大学院の授業風景 (C)Elena Zhukova

スタンフォード大学経営大学院の授業風景 (C)Elena Zhukova

世界でもトップクラスの教授陣を誇るビジネススクールの米スタンフォード大学経営大学院。この連載では、その教授たちが今何を考え、どんな教育を実践しているのか、インタビューシリーズでお届けする。今回はコミュニケーション科目を束ねるJ・D・シュラム氏の5回目だ。

会議、プレゼン、メール、電話……。あらゆる仕事は人とのコミュニケーションで成り立っている。私たちはなぜコミュニケーションで失敗してしまうのか。その理由は、すべてのコミュニケーションの基本「AIM」(エイム)をおさえていないからだという。(聞き手は作家・コンサルタントの佐藤智恵氏)

スタンフォード大学経営大学院 J・D・シュラム氏 Courtesy of Stanford GSB

スタンフォード大学経営大学院 J・D・シュラム氏 Courtesy of Stanford GSB

コミュニケーションのフレームワーク「AIM」とは?

佐藤:シュラム先生のコミュニケーションの授業では、必ず「AIM」というフレームワークを教えているそうですね。AIMとは何の略でしょうか。

シュラム:「AIM」はダートマス大学のメアリー・マンター名誉教授らが著書「Guide to Presentations」で紹介したフレームワークです。コミュニケーション戦略にはたくさんフレームワークがあり、他の学者も似たようなフレームワークを提案していますが、この「AIM」が最もわかりやすいので、授業で取り上げています。

・A=Audience(聴衆):どんな属性の人に伝えるのか
・I=Intent(目的):伝えることによって相手に何をしてほしいのか
・M=Message(メッセージ):どんなメッセージを伝えれば相手は行動してくれるか

このフレームワークはあらゆるコミュニケーションに使えますよ。本を書くときでも、ツイッターに書き込むときでも、メールを送るときでも、電話をするときでも、スピーチをするときでも、事前に「AIM」を考えてから、相手に伝えることが大切です。

佐藤:仮に私がテレビ局のプロデューサーで、予算1億円のテレビ番組を制作したいと思ったとします。どのような企画書を書いて、企画会議でどのようにプレゼンすればよいのでしょうか。AIMでご説明いただけますか。

シュラム:まずは、聴衆(Audience)の分析です。企画を審議する人たちはどんな番組にメリットを感じるか、彼らに「イエス」と言わせるには何を提案したらいいか、を徹底的に考えてみてください。

彼らが気にしているのは、テレビ局のブランドイメージをあげることでしょうか。コストカットでしょうか。偏りのない番組編成でしょうか。あるいは、女性プロデューサーに活躍の場を与えることでしょうか。

次に目的(Intent)の分析です。あなたは、この会議で何を達成したいのでしょうか。その場で1億円の予算を獲得したいのか。試作番組を制作するために1000万円の予算がつけば万々歳なのか。あるいは、開発プロジェクトを立ち上げる、詳細をつめるために次のミーティングを設定するということさえ決まればいいのか。

聴衆(Audience)と目的(Intent)がクリアになったら、次はメッセージ(Message)の作成です。ここで忘れてはならないのは、どんな企画書を書けば相手はのってくるかを考えて、相手のメリットを強調した企画書を作成することです。自分のやりたいことだけを強調しても、目的は達成できません。

仮に企画会議に8人の参加者がいたとしたら、8人全員の属性と利害を把握しておきましょう。その上で、どのように意思決定するのかも知っておかなくてはなりません。多数決なのか、一人のトップが最終決断するのか。それによって誰に訴求するのかが変わってきます。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

佐藤智恵(さとう・ちえ) 1992年東京大学教養学部卒業。2001年コロンビア大学経営大学院修了(MBA)。NHK、ボストンコンサルティンググループなどを経て、12年、作家・コンサルタントとして独立。「ハーバードでいちばん人気の国・日本」など著書多数。

「企画書の使い回しや焼き直し」は失敗のもと

佐藤:相手によってプレゼン内容を変えなくてはならないということは、前回うまくいった企画書を焼き直すというのはダメなわけですね。

シュラム:そうです。「企画書の使い回しや焼き直し」は失敗のもとです。たとえば、私がよく話すのが典型的な起業家の失敗例です。起業家は様々な組織から資金を調達しなければなりませんが、毎回、同じ企画書を使ってプレゼンして失敗してしまうというケースは多いのです。

エンジェル投資家、ベンチャーキャピタリスト、事業コンペの審査委員では、それぞれ「投資したいと思うポイント」が違います。エンジェル投資家は若者を指導したい、世界にインパクトを与えるような事業に投資したいという意識が高い。ベンチャーキャピタリストは、将来大化けするようなテクノロジーに投資したいと思っている。事業コンペの審査委員は、若い起業家を支援したいという思いが強い。

エンジェル投資家が特に知りたいのは、ROI(投資収益率)、ビジネスモデル、人材の育成方法で、ベンチャーキャピタリストが特に知りたいのは、おそらくテクノロジーでしょう。事業コンペの審査委員が知りたいのは、ROIと社会貢献かもしれません。

ところが多くの起業家は、それぞれの聴衆に合わせて、プレゼン資料を作り変えることをしません。強調すべきところを強調しなかったがために、どの投資家にも訴求できずに、失敗してしまうのです。

佐藤:日本企業でも、「自分の伝えたいメッセージを書いて、熱意をもって提案すれば、思いは伝わるはずだ」、と考えている人は多いと思います。たとえば、テレビ局の番組企画会議では、「この番組にはこういう社会的意義があると私は思うので制作すべきです」とひたすら自分の思いを語るディレクターやプロデューサーがいます。

シュラム:それは日本のテレビ業界だけに限りませんよ。多くのビジネスリーダーが、AIMのA、Iを考えずに、M(message)をつくるところから始めるという間違いをおかしています。

私がいつも授業で話している実話を紹介しましょうか。とてもささいなことですが、わかりやすい失敗事例です。

ある会社が出張・経費精算書のシステムを変更したときのことです。経営陣は、全社一斉メールで1000人の社員に「7月1日から、出張・経費精算書の作成方法と提出方法が以下のように変わります……」と長くて詳細なメールを送りました。

さて、ここで問題です。このメールを1000人に送る必要があったでしょうか。実際、この会社で出張業務に関わっている人は100人。出張・経費精算書の作成業務に携わっていたのはたったの10人。つまり残りの890人にとっては、全く不要なメールでした。にもかかわらず、経営陣は一斉メールで送ってしまったわけです。

佐藤:これは日本企業でもよくあります。日本企業の場合は、一斉メールも多いですが、過剰にCCメールが多いのです。この場合、AIMにのっとれば、どうするのが正解だったのでしょうか。

本当に重要なメッセージが届かない危険も

シュラム:10人と100人に、別々にメールを送り、必要な情報を伝えるべきでした。事務を請け負うアシスタント10人には、詳細な長文メールとサンプル書類を送り、出張する100人には、「出張・経費精算書の作成方法と提出方法が変わりますので、その旨をアシスタントに伝えました」と数行のメールを送ればよかったのです。

こういうことを経営陣が続けていたらどうなるでしょうか。経営陣からメールが来るたびに社員は「また不要な事務連絡か」と思って、流し読みをして削除してしまいます。結果、本当に重要なメッセージが社員に届かなくなってしまうのです。

※シュラム氏の略歴は第1回「『自殺未遂者の沈黙を破る』 世界が涙したTEDトーク」をご参照ください。

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