茶わん作り450年を生きる 樂家次代篤人さん
3月から東京国立近代美術館(東京・千代田)で開催中の展覧会「茶碗(ちゃわん)の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」。茶の湯を大成した千利休の理想を追い求め、桃山時代から現在まで、茶の湯のための茶わんを作り続けてきた京都・樂家の歴代の名碗約150点を集めた展覧会だ。初代・長次郎から現在の当主で15代吉左衛門など歴代の茶わんだけでなく、次の16代を継承する篤人(あつんど)さん(35)の茶わんも展示している。次代の若い担い手が、450年近く続く伝統や茶わんづくりに向き合う姿を追った。
樂家は代々、親からたった一人の子へと「一子相伝」で伝統を受け継ぐ。篤人さんは15代吉左衛門さんの長男として生まれた。「家に来た方々に『あんたが跡継ぐんやな』と言われ続けたので、普通の家ではないことは幼稚園の時から意識していた」と話す。東京造形大学彫刻科を卒業後、英国で陶芸などを学んだが、継ぎたくないと苦悩した時期もあった。「伝統や家というものを心に背負って、ストイックにものを生み出す父の背中をみて、しんどいなという意識が強かった」。父や歴代の茶わんづくりへの愛情から、継ぐことを決心。2011年から29歳で本格的に茶わんを作り始めた。
樂家には、伝統として守り継ぐ茶わんの型や色づけする釉薬(ゆうやく)の調合法など制作のための秘伝書はない。受け継ぐのは、焼き方や利休の精神を受け継いだ長次郎の意識だけという。「父も歴代も、長次郎の茶わんと向き合いながら、それぞれの時代の中で自分だけの茶わんを作っている」
篤人さんは今、たった一人で自分だけの茶わんづくりに向き合っている。背中をみてきた父、15代吉左衛門さんの作品について、「父の作品はこれを表現しているんだ、と突きつけるちょっととんがった作品」と話す。「父は学生運動があるなど、他の作家も含めて色々なものをぶつけていた時代に生きた。だからこそ生まれた作品。父が今の時代に生きていたら違う茶わんになっていた」と指摘し、「僕は表現を突きつけようという気はない。自分らしいお茶わんを探っている状態」と自らの姿勢を示す。
京都市の樂家の敷地内にある樂美術館ではいま、「茶碗の結ぶ『縁』」と題した特別展が開かれている。樂家の歴代の茶わんとともに、困窮していた3代道入を様々な形で支援したという本阿弥光悦の茶わんや、歴代を重用した有力大名との協業作品など、それぞれの代で結んだ縁によって生み出された茶わんや茶道具が並ぶ。「利休さんと長次郎の縁に始まり、それぞれの代が結んだご縁のもとで今の樂家がある」と語る篤人さんがテーマを設定し、展示作品を選んだ。「若い人が関心を持ってくれるような茶わんを作りたい」。今の時代の空気や伝統を背負いつつ、縁を大切に歩み続けるという篤人さんの茶わん作りへの姿勢に静かな覚悟が込められている。
(映像報道部 鎌田倫子)
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