丸坊主 失敗した時は心から素直に謝ろう
立川笑二
師匠と兄弟子の吉笑と共にリレー形式で連載させていただいている、まくら投げ企画。20周目。今回の師匠からのお題は「ヘアスタイル」。
私は小学4年生の頃に少年野球チームに入ったのをきっかけに丸坊主にして以来、今日にいたるまでヘアスタイルはずっと丸坊主にしている。
中学校に入ってからはバリカンを購入し、自分で髪を切っているので美容室や床屋さんと呼ばれるようなところに行くこともなくなった。
バリカンというのは3週間に1回ぐらいのペースでしか使用しないため、なかなか壊れることがない。購入してから5年間ぐらいは普通に使えるのだが、買い換える時期を間違えると、とんでもないタイミングで壊れてしまうことがある。
今から7年ほど前、私が大阪のよしもとクリエイティブ・エージェンシーでお笑い芸人をやっていた頃のお話。20投目。えいっ!
当時、芸人としての収入がゼロに等しかった私は難波駅の近くのコンビニで深夜の時間帯にアルバイトをして生計を立てていた。
そのアルバイトの出勤前。お風呂に入るついでに風呂場で髪を切っていたらバリカンが壊れてしまったのだ。
そのバリカンは5年間ほど使っていたもので、髪の毛を切るパワーが落ちてきているのは気づいていたのだが、まだ使えるだろうと油断してしまっていた。
私が坊主にする時は、まず、おでこからうなじにかけてセンターラインにバリカンを入れ、右半分を完全に切ってから左半分を切るという手順で行っている。この右半分を切り終えたところでバリカンが動かなくなってしまったのだ。
充電器に差し込んでみても全く反応してくれない。部屋の中で焦っているうちに気づけばバイトの出勤時間を過ぎてしまっていた。慌てて私は頭を隠すためのニット帽をかぶり出勤した。
バイト先のコンビニに着いた時には30分の大遅刻。お店のバックヤードに入るなり店長さんから
「なにしてんねん! お前が遅いから俺が帰られへんやろ!」
と怒鳴られてしまった。
普段は温厚な店長さんだっただけに、怒った時はものすごく怖い。
「すみませんでした!」と私が謝りながら頭を下げると更に怒られた。
「お前バカにしとんのか! ひとに謝る時は帽子をとれ!そんな事も知らんのか!」
今にも殴りかかってきそうな勢いだ。
一瞬、躊躇(ちゅうちょ)したものの言われてしまったら仕方がない。
「本当にすみませんでした!」
私はニット帽をとって謝った。それこそ、人をバカにしているような私の頭が露出した。
ぶん殴られる!
と、とっさに身をすくめると、私の頭を見た店長さん、まさかの大笑い。
「あっはっはっは! どうしたんやそれ! 新しいネタか? めっちゃおもろいやん!」
完全に笑いのツボに入ったのか文字通り腹を抱えて笑っている。店長さんの意外なリアクションにとまどいながらも事情を説明すると
「笑ってもうたから今日だけは勘弁したる。次からは気ぃつけや。今日はその帽子かぶったまま働いてええから」
と言って店長さんは帰っていった。
面白かったから失敗も許される。
さすが笑いの街、大阪!
私は大阪という土地柄の素晴らしさを感じながら、ニット帽をかぶって勤務を開始した。
しかし、その勤務中、私はまたしても失敗をしてしまう。
深夜3時ごろ、40代中ごろの男性のお客さんがお店に怒鳴り込んできた。
どうやら私は弁当を購入されたそのお客さんのレジ袋に、お箸を入れないまま渡してしまっていたらしい。
お客さんは少し酔っているのか店中に響き渡るほど大きな声で「なんで箸が入ってないねん! どういう事や! 店長を呼べ!」と怒っている。
店長さんは普段から「困ったことがあったら、夜中でも電話してきてええよ。近所に住んでるからすぐ行くわ」と言ってくださっているので、これまでの私ならここですぐに店長さんに電話をしている。これまでの私なら……。
そう。私はこの日、学んだのだ。ここは笑いの街、大阪。面白いが正義の街だ。店長さんを呼ばずとも私ならこの場をおさめられる!
私は少し間をおいて、ニット帽を取り、神妙な顔をし、髪の毛が左半分しかない頭を見せ付けるように深々と頭を下げた
「本当に申し訳ありませんでした」
「なんやそれ、バカにしとんのか!」
レジのカウンター越しに胸ぐらをつかまれ、さらに大きな声で怒鳴られた。
そこから私は涙声で店長さんに電話を掛け、状況を説明して呼び出した。
すぐに駆け付けてくれた店長さんが、私とお客さんの間に入って言った台詞(せりふ)が
「すみません。この子、吉本の芸人なんですけど全然売れてなくて、悩みすぎて頭半分だけハゲてしもたんです。悪気はないんです」
私は思わず吹き出してしまった。
さすが店長さん! こんな状況でも笑いを取って収めるつもりだ!
さすが、笑いの街、大阪! 素晴らしい!
と思った次の瞬間、今度は店長さんが胸ぐらをつかまれて
「まともなやつはおらんのか!」
と怒鳴られていた。
どんな時でも失敗したときは、心から素直に謝ろうと改めて思った出来事だった。
(次回4月9日は立川吉笑さんの予定です)
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