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「運がいい」の陰には努力 熱い心取り戻せ 三枝匡著「戦略プロフェッショナル」(4)

慶応大学ビジネススクール教授 清水勝彦

2017/5/20

 戦略プロフェッショナルに描かれる主人公・広川洋一の成功には「運が良かった」という評価もあるでしょう。実際、この会社が立ち直った理由は非常に大きな潜在力を持った新製品があったからです。しかし、よく考えてみると優れた技術、製品を持ちながら没落していく企業は山のようにあります。シャープしかり、東芝しかり、一時期のソニーしかり。一体何が違うのでしょうか?

 例外はあるでしょうが、どの経営者も努力はしているのだと思います。しかし、おそらく2つの問題があります。1つは、「企業の目的」が曖昧になり、かつ戦略立案をアウトソースしていること。シャープが2期連続赤字になってから、5社ものコンサルティング会社を入れていたことは有名です。

慶応大学ビジネススクール 清水勝彦教授

 そして、より深刻な問題は「自分は精いっぱいやっているんだ」と低いレベルで満足していることです。結果として、あとは専門家や現場に任せればよいと決めつけ、うまくいかないと他人のせいにする。プロ野球オリックスの宮内義彦オーナーが「キャンプは順調です」と聞いて、「去年最下位だったチームが順調というのは、今年もまた最下位ということだ」と指摘したそうですが、まさにそういうことです。

 「運が良い」と言われる人、企業は、その運を生かす努力をしています。しかし、その努力は多くの場合見えない。成功者は「当たり前のことをやっただけ」というのですが、失敗し続けている経営者はそこで指摘される「当たり前」のレベルが自分と違うことがわからないのです。

 「努力」、あまりにもありきたりでしょうか? 「日本のビジネスマンの多くはいま、熱くなることを忘れている。『論理性』と『熱き心』の結合、それがいま日本のビジネスマンに最も求められていることではないか」というエンディングメッセージは、まさにそうした「青臭い原理原則」の重要性を問うているのではないかと思うのです。

■カンを軽視するな

 戦略理論の重要性から始め、データに基づいた理論的な戦略立案の重要性を説く三枝匡氏ですが、実は「カン」の重要性についても触れています。そして、「コンサルタントの人がそんなことを言うのはおかしくないですか?」という質問を受けながら「特に声を大にして言いたい」と前置きをした上で、

 企業の中で「うまく説明できないけれどもこの先何かある」といった感覚を簡単に殺してはならない。

 と強調するのです。実際に本書でも三枝氏が指摘するのは、経営のカンは「後天的」に養われるものであり、それは多くの失敗の(疑似)体験を通じて、因果律のデータベースを増やすということです。当然ですが、失敗しても他人(あるいはコンサルタント)のせいにしたり、そもそも目的が曖昧で失敗したのか成功したのかよくわからなかったりという状態では、因果律もカンも磨かれるはずはありません。

■「当たり前のこと」にもレベルの違い

 他の人にできなかった再建をなぜ三枝氏ができたのか? そこから我々は何を学ぶことができるか? もちろん、三枝氏がとびきり優秀であることは間違いありません。しかし、「カン」についてもそうですが、多くは生まれつきというより、彼が後天的に学んだことが多いように思われます。

 それでは「学ぶ人」と「学べない人」は何が違うのか? いや優秀かどうかだ、という話はあるのですが、これも「運」と同じで、優秀なのに学べない、あるいは経営できずに社員を不幸にしてしまう経営者がいるのが現実です。

 それは、ここまででいいという「基準」、目線の違いではないかというのが私の意見です(注1)。近著「ザ・会社改造」で「ジャンプが人生の学びを極大化する」と言う三枝氏の指摘と同じです。結局できる人ができても、成長でも学びでもなんでもない。できない、無理かもしれないことに挑戦し、仮に達成できてもさらに上を目指していく気概があるかどうかではないかと思うのです。

 その意味で、成功した経営者(あるいはスポーツ選手)が「当たり前のことを、当たり前にやっただけです」としばしば答えるのは、非常に深いものがあります。目に見えるアクションばかりにスポットライトが当たりがちですが、実は何をもって「当たり前」と思っているかは見えないですし、本人は「当然」と思っているのでそこには触れない。しかし、その部分こそが大きな違いを生み出すのではないでしょうか。

■「もっと上」目指す勇気を

 例えば2017年元旦の本紙コラム「私の履歴書」で、カルロス・ゴーン氏は月の3分の1ずつを日本、フランス、第三国で過ごし分刻みのスケジュールで動きながら、「こんなことはグローバル化の時代に多くの経営者に求められる」当たり前のことだと書いています。

 その意味で、図で示したように「実践的戦略プロフェッショナル」を目指す人々、リーダーを目指すべき人々は、世の中で語られる「すごい話」だけではなく、自分が持つ「基準」がどこにあり、本書が繰り返し指摘する「戦略の基本原則」をきちんと理解し、さらには自社にあった形で展開・応用できているかという「見えない当たり前」をもう一度見直してみることが大切なのではないかと思います。

 「20歳代でたくさん恥をかき、30歳代で一度は自信過剰になって失敗し、40歳代では謙虚に努力して、50歳代で花開く」というこれまでの日本ビジネスマンの成功パターンを、よりグローバルな世界で加速しながら実現するためには、高いレベルの「当たり前」を「熱い心」で追求する勇気が必要だと思うのです。

(注1)さらに興味のある方は拙著『リーダーの基準』(2017年日経BP社)、『あなたの会社が理不尽な理由』(2016年日経BP社)を御覧ください。

清水勝彦
 慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。1986年東京大学法学部卒、94年ダートマス大学エイモス・タックスクール経営学修士(MBA)、コーポレイトディレクション(プリンシプルコンサルタント)を経て、2000年テキサスA&M大学経営学博士(Ph.D.)。同年テキサス大学サンアントニオ校助教授、06年准教授(テニュア取得)。10年から現職。近著に「リーダーの基準」「あなたの会社が理不尽な理由」(日経BP社)などがある。

=この項おわり

この連載は日本経済新聞土曜朝刊「企業面」と連動しています。

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戦略プロフェッショナル―シェア逆転の企業変革ドラマ (日経ビジネス人文庫)

著者 : 三枝 匡
出版 : 日本経済新聞社
価格 : 700円 (税込み)

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