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「セグメンテーション」「プロダクトライフサイクル」「ポートフォリオ」――本書にはそうしたカタカナ言葉、つまり戦略理論のフレームワークが色々出てきます。いずれも、本書が書かれた1991年よりずっと前から使われている「古い」ものばかりです。

実はその約20年後のミスミの経営改革もほぼ同じ手法で行われています。近著「ザ・会社改造」によれば、「古典的な恐竜」と言われ忘れ去られていたプロダクト・ポートフォリオ・マネジメント(PPM)理論にこだわって多角化の問題点を明確にし、結果を出すことができたのです。

慶応大学ビジネススクール 清水勝彦教授

慶応大学ビジネススクール 清水勝彦教授

「十年一日のように同じことを言う」というのは大学教授の定番ですが、「最新の理論を取り入れなければいけない」という指摘には大きな落とし穴があることを三枝氏は示してくれます。

第1回の繰り返しになりますが、「原理原則」は年がたったから古くなるというものではありません。さらに言えば、世の中が変わるから、より複雑になればなるほど、原理原則の重要性がいっそう増すのです。はやりの枝葉末節に浮かれて本質を見失いがちになるからです。そうした傾向はいわゆる「意識高い系」、あるいはそうした人々が集まっている「優良企業」に多いように思われます。

そして、一見「最新」に見せるために本来は単純であるはずのコンセプトをより複雑に見せることすらあります。GEの元CEOのジャック・ウェルチは「複雑に説明するとよく考えているように見える」ことに警鐘を鳴らしています。良い戦略は本来シンプルであるはずだからです。

「古典的コンセプト」にこだわると「時代錯誤」などと言われるかもしれません。しかし、考えてみてください。原則を外した戦略が機能するでしょうか? そして、戦略の本質が「バカなとなるほど」であるとすれば、他社が新しいものに踊らされがちな時こそ「古典」の良さが生きるのではないでしょうか?

よい戦略がシンプルでなくてはならない理由

三枝氏は、戦略はシンプルでなくてはならないことを繰り返し強調しています。例えば次のように。

 私の経験では、良い戦略は極めて単純明快である。逆に、時間をかけ複雑な説明をしないと理解してもらえない戦略は、だいたい悪い戦略である。悪いという意味は、やっても効果が出ないという意味である。
良い戦略は、お父さんが家に帰って、夕食を食べながら子供に説明しても分かってもらえるくらい、シンプルである。悪い戦略は、歴戦のビジネスマンに1日かけた説明会を開いても、まだもやもやしている。

その理由は3つでしょう。1つは、結局原理原則に基づいたものが、それほど複雑になるわけはないということです。複雑になるとすれば、原理原則、あるいはそのよって立つ基本を外して「最新」「欧米企業が使っている」などという枕ことばのつく枝葉末節的施策を並べて取り繕おうとした結果、わけがわからなくなっている状態です。

2つ目は、第1回で指摘した点とも重なりますが、シンプルであるから応用力があるということです。「九九」ということを申し上げましたが、この81パターンをマスターすれば、ほぼどんな掛け算(最終的には割り算)にも対応できますが、例えば4桁同士の難しい掛け算の答えを81、あるいは100も200も一生懸命覚えたところで、その応用範囲は知れています。

そして最後にもう1つ重要なのは、やや大げさに言えば「人は単純なことしか実行できない」ということです。立案した本人は理路整然として素晴らしいと思われる戦略であっても、現場の一人ひとりに腹落ちしなければ「絵に描いた餅」です。それを、「意識高い系」の企画部門の方は「現場は分かっていない」などと言うことがありますが、それはそのまま自分に言うべき言葉です。

企業改革の「3枚セット」

近著「ザ・会社改造」ではこうした点と関連して改革の要諦を次のように指摘します。

 リーダー能力の切れ味は「3枚セット」のシナリオをいかに的確かつ迅速に作るかにかかっている。<1枚目>は、複雑な状況の核心に迫る「現実直視、問題の本質、強烈な反省論」。<2枚目>は<1枚目>で明らかにされた問題の根源を解決するための「改革シナリオ、戦略、計画、対策」。<3枚目>は、<2枚目>に基づく「アクションプラン」である。

つまり、3枚でまとめられなくては、企業改革はうまくいかないということです。

ウェルチの5つの質問

この点もジャック・ウェルチの指摘と見事に重なっています。以前に本欄でもご紹介したウェルチ著「ウィニング」で、「現実の社会では、戦略は非常に単純なものだ。大まかな方向性を決めて、死に物狂いで実践する」「戦略を複雑にしてしまってはいけない……それは戦略ではない。苦痛だ」と強調しています。そして、より現実的で本質的な戦略に迫るために次の5つの質問に答えろというのです。詳しくは「ウィニング」を見ていただくとして、5つの質問だけをここでは挙げます。

1.競技場は今どんな状況か?
2.競合相手は何を考えているのだろう?
3.曲がり角の向こうには何がある?
4.あなたは何をしているんだ?
5.勝利するための一手は?

改めて経営の原理原則というのは、時代、洋の東西を問わないことを感じませんか? 海外事業がうまくいかず「中国は特殊だ」という言い訳を錦の御旗にしているようなケースは、特殊さというよりは、むしろ原理原則のところで間違っていることがままあります。

清水勝彦
 慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。1986年東京大学法学部卒、94年ダートマス大学エイモス・タックスクール経営学修士(MBA)、コーポレイトディレクション(プリンシプルコンサルタント)を経て、2000年テキサスA&M大学経営学博士(Ph.D.)。同年テキサス大学サンアントニオ校助教授、06年准教授(テニュア取得)。10年から現職。近著に「リーダーの基準」「あなたの会社が理不尽な理由」(日経BP社)などがある。

この連載は日本経済新聞土曜朝刊「企業面」と連動しています。

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著者 : 三枝 匡
出版 : 日本経済新聞社
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