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戦略理論は企業経営に役立つか コンサルが自問自答 三枝匡著「戦略プロフェッショナル」(1)

慶応大学ビジネススクール教授 清水勝彦

2017/4/29

 スタンフォードMBA(経営学修士)、ボストンコンサルティンググループ日本人第1号採用、そして現ミスミグループ本社取締役会議長。きら星のような肩書の並ぶ三枝匡氏が25年以上前に自らの経験を基に書いたのが本書です。その後多く出版されている実話仕立ての経営書の先駆けと言ってもいいでしょう。

 本書で投げかけられているのが「戦略理論は役に立つか」という基本的な問いです。私もしばしば受ける質問です。著者の答えを少々単純化して言えば「正しく使えていないのに役に立つわけはない」ということです。

慶応大学ビジネススクール 清水勝彦教授

 「正しく使えていない」理由は2つです。1つは、戦略理論の価値は「単純化」にあるにもかかわらず、それを良しとしない感情的な問題。「そんなに単純なものではない」「一概には言えない」という反応はよく聞くところですが、それはおおむね「原理原則と枝葉末節を混同」していることの裏返しです。

 何でもそうですが原理原則を明らかにした上で個別の問題に取り組まなければ、解決できることも解決できません。「当社はちょっと特殊だから」。そう言い続けて迷路にはまり込んだ企業を再生してきたのが著者なのです。

 もう1つは「戦略理論を使えばすぐ問題解決」という短絡的な発想です。しかし、これも当たり前ですが、原則は同じでも応用(あるいは実践)はその企業に合ったものでなくてはなりません。ハーバード大学のクリステンセン教授も指摘するように、抗がん剤がどんなに良い薬でも、風邪は治らないのです。

 そう考えると「MBAは役に立つか」、あるいは「英語は役に立つか」も全く同じで、そもそも問い自体が間違っています。欧米でもそうですが、ビジネススクールとは端的に言えば「高級就職専門学校」です。MBAを取ること自体は目的でもなんでもなく、自分のキャリアアップこそが重要なのです。「自分(あるいは自社)の目的」があって、初めて正しい問いが成り立つのです。

■戦略立案のそもそもの間違い

 「イノベーションのジレンマ」でも有名なクリステンセン教授の言葉を、正式に引用すれば次の通りです(注1)

 具合が悪くなり、医者にかかった場面を想像してみよう。

 症状について説明することもなく、勝手に医者が処方箋を書き上げて「これを2錠ずつ、1日に3回服用しなさい。そしてまた来週いらっしゃい」という。「どこが悪いのか、まだお話していないのに、これが私に効くとどうしてわかるのですか」とあなたは尋ねる。「効くにきまってるじゃないですか。前の2人の患者には効いたのですから」と医者は答える。

 クリステンセン教授は「こんな医者はいないだろう」と言いながら、学者やコンサルタントは同じようなことをしており、また経営者も喜んでそうした「治療」を受けているのではないかと指摘します。部下には「考えろ」と言っておいて、「先生、どこかに成功事例ありませんか」なんて聞くのはそれです。「戦略は差別化」と言っておきながら、どこかにある「成功パターン」をそのまま採用する根本的な勘違いは、残念ながら今でも驚くほど多いのです。

 こうした現象は日本ばかりでなく欧米でも多く起こっています。三枝氏は戦略論が魅力的であればあるほど、そしてそれがビジネススクールを通じてより精緻化、複雑化するにつれ、本来参謀であるはずの戦略企画部門がより強力になり、「智」が「将」の上にくるような弊害が目立つようになったと指摘しています。

■CEOの価値

 1991年になされたこうした指摘は、2008年のハーバード大学のシンシア・モンゴメリー教授の論文のポイントとほぼ同じであることに驚かされます。「Puttting leadership back into strategy(邦題:戦略の核心)」として、1月号のハーバード・ビジネス・レビュー(日本語版は4月号)に掲載された論文で、彼女は「かれこれ25年前から、戦略は分析的な問題解決の方法であり、左脳型の作業として見なされるようになった」「戦略立案がコンサルタントにアウトソースされるようになった」と批判します。さらには「最高戦略責任者であるべき最高経営責任者(CEO)の最も重要な仕事は、企業の目的を明確に示すことであり、それなしに作られる戦略は単なる短期的なゲームの計画だ」とまで言い切るのです。

 ここで彼女が強調するのは、最近日本でもよく言われる「企業の創造する価値」とは何かということです。実際、ハーバードビジネススクールのエグゼクティブプログラムで、以下の3つの簡単な質問をするそうですが、「うるさかった教室が数分もしないうちに静まり返る」と言います。「難しいから答えられないのではなく、あまりにも基本的すぎて(つまり、わかっていると思い込んで)実は答えられない」質問は以下の通りです。

1. あなたの会社がなくなった場合、困るのは誰か。それはなぜか。
2. 同じく、一番困る顧客は誰か。それはなぜか。
3. あなたの会社の代わりとなる企業が現れるまでに、どれくらいの時間がかかるか。

 そうした「目的」を踏まえて、様々な不確実性にダイナミックに対応し、企業を中長期的に繁栄させるのが経営者であり戦略家の役割であると指摘するのです。

 その意味で戦略理論に対して「単純すぎる」という意見は、単に的外れであるばかりでなく、間違っているということがよくわかるでしょう。原理原則に基づいたシンプルな戦略でなければ、応用など利かないからです。私も戦略理論を「九九」に例えることがあるのは同じ理由です。

■実践的戦略プロフェッショナル

 三枝氏は第1章の終わりに「実践的戦略プロフェッショナルになろう」と題して、やや謙遜気味に次のように言います。

 分厚い本に書いてある複雑にこね回した理論を考える必要はない。単純な基礎的セオリーを完全にマスターし、それを自分の判断やプラニングに忠実に使えば、時として目覚ましい効果を上げることができる。

 次回に触れますが、これは米ゼネラル・エレクトリック(GE)の前CEOであり希代の経営者、ジャック・ウェルチの指摘とほぼ同じです。

(注1)Christensen, C.M., & Raynor,M.E. 2003. Why hard-nosed executives should care about management theory. Harvard Business Review, 81(9): 66-74.邦訳「よい経営理論、悪い経営理論」(ダイヤモンド・ハーバード・ビジネス・レビュー、2004年5月号)

清水勝彦
 慶応義塾大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。1986年東京大学法学部卒、94年ダートマス大学エイモス・タックスクール経営学修士(MBA)、コーポレイトディレクション(プリンシプルコンサルタント)を経て、2000年テキサスA&M大学経営学博士(Ph.D.)。同年テキサス大学サンアントニオ校助教授、06年准教授(テニュア取得)。10年から現職。近著に「リーダーの基準」「あなたの会社が理不尽な理由」(日経BP社)などがある。

この連載は日本経済新聞土曜朝刊「企業面」と連動しています。

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戦略プロフェッショナル―シェア逆転の企業変革ドラマ (日経ビジネス人文庫)

著者 : 三枝 匡
出版 : 日本経済新聞社
価格 : 700円 (税込み)

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