マネー研究所

ぼくらのリアル相続

親の自宅を売るなら 相続前、相続後のどっちが有利? 税理士 内藤 克

2017/3/24

PIXTA
「今日はどんなご相談ですか?」
「父の家の件なんです」
「はい」
「実は父もそろそろ年なので、彼が一人で住んでいる家をこの先どうするのか考えておかなければならないと思いまして」
「早めの相続準備とは感心ですね。それで?」
「よく、相続後に不動産を譲渡するとそれに対しても譲渡所得税がかかるから、生前に譲渡しておいた方が節税になると言われていますよね。あれは本当ですか? ならば父にもその方向で相談してみようと思うのですが」
「しばしば聞かれる質問です。その答えは……」

 長年住み慣れた家で往生したいと思っている父親に、「お父さん。どうせこの家はお父さんの死んだ後には売ってしまうんだから、生きているうちに早めに売って賃貸に住めば?」と持ちかけることのできる非情な子供はあまりいないでしょう。でもこの場合、もし親がOKしたら本当にそれが税の面で有利なのでしょうか。

 「生前に譲渡しておいた方が有利だ」と主張する説の根拠は、「生前であれば居住用の3000万円控除が使える。もし使えなくて納税することになっても、その納税した分、相続財産が減るので相続税対策になる」「遺産分割時にもめないためにも不動産は現金化しておいた方がいい」「相続発生後だといい値段で売れない」ということらしいのですが……。

■所得税の「居住用の特例」vs. 相続税の「居住用の特例」

 所得税では居住用不動産を譲渡した場合に、2つの有利な特例が設けられています。1つは「居住用財産を譲渡した場合の3000万円の特別控除の特例」で、もう1つは「居住用財産の軽減税率の特例」です。

 前者の「居住用の3000万円控除」とは、自らが居住している家屋とその敷地を譲渡した場合に、譲渡所得の計算上3000万円を控除して計算するというもの。後者の「居住用の軽減税率」とは10年以上所有していた居住用不動産を譲渡した場合に、非居住用の通常の税率(所得税15.315%+住民税5%=20.315%。5年超の場合)ではなく6000万円までの部分については軽減税率(所得税10.21%+住民税4%=14.21%)の適用が受けられるというものです。

 どちらも居住期間の制限はありませんが、居住していた本人が譲渡した場合のみ認められる制度です。例えば一人暮らしの親に相続が発生し、別居している相続人がその物件を相続したのちに譲渡しても、3000万円控除の特例も軽減税率も使うことはできません。この場合、「生きているうちに譲渡してもらっていたら特例が使えたのに……」ということになります。一方、親と10年以上同居していた子供が相続でその不動産を取得した後に譲渡した場合は、居住要件を満たしているため「3000万円控除も軽減税率も適用できる」ということになります。ここまでは所得税の話です。

 これに対して相続税の居住用の特例とは、被相続人の自宅の敷地や貸宅地を一定の親族が相続した場合に相続税評価額を最大80%減額できるという制度です。居住用、事業用、賃貸用の不動産を複数所有している場合は、この「小規模宅地の評価減の特例」をどう使いこなすかが税理士の腕の見せどころです。なんせ80%も減額できる有効な節税手段なのですから。ちなみに先ほどの親と10年以上同居していたケースではこの「小規模宅地の評価減」も使えるため、所得税の「居住用の特例」と相続税の「居住用の特例」をダブルで適用できることになります。そうすると親の相続後に自宅を処分した方が圧倒的に有利になります。

■シミュレーションはできるけれど…

 上で説明した所得税の節税を取るか、相続税の節税を取るか。どちらか一方しか使えないとしたら、通常は次のように計算することになります。

 a. 親の自宅を生前に時価で譲渡した場合の譲渡所得税などの額
 b. 生前に譲渡したという前提での相続税額
 c. 生前に譲渡した場合の税額の合計(a+b
 d. 親の自宅を譲渡せずに相続を迎えた場合の相続税額
 e. 相続後に譲渡した場合の譲渡所得税などの額
 f. 相続後に譲渡した場合の税額の合計(d+e

 そしてc. とf. とを比較し、どちらが有利か判断するわけです。ただし、トータルでの節税額は試算できても、各相続人にとって本当に有利なのかは分かりません。それは「誰がどの財産を取得するのか」といった分割内容にまで踏み込んで計算しなければならないからです。

 もっといえば、相続後に譲渡する場合には取得費加算の特例(相続申告期限から3年以内に譲渡した場合、譲渡資産に対応する相続税を控除できる制度)や、前に「相続した空き家 売れば節税になるってホント?」で解説した空き家税制なども考慮しなければなりません。さらには相続物件は古くから引き継いでいるものが多いため取得費が不明で、概算取得費を使わざるを得ない場合も多く、その点もハードルになります。こう考えてくると、厳密なシミュレーションは税理士に依頼しない限り難しいでしょう。

 では、前提条件をつけた上で専門家にシミュレーションしてもらい、その結果の損得で判断するのが正解なのでしょうか。私は実はそうは思っていません。考え方はいろいろあると思いますが、税額にとんでもない差が出ない限り、最後の親孝行としては「親が残りの人生をどこで過ごしたいか」を優先させてあげたいものです。あなたを生み、一人前になるまで育ててくれた親なのですから。

内藤克 税理士法人アーク&パートナーズ 代表・税理士。1962年生まれ、新潟県長岡市出身。97年に銀座で税理士・司法書士・社会保険労務士による共同事務所を開業。2010年に税理士法人アーク&パートナーズを設立。弁護士ら専門家と同族会社の事業承継を中心にコンサルティングを行っている。事例中心のわかりやすい講演にも定評あり。「士業はサービス業である」ことを強く意識し、顧客満足度を追求。日本とハワイの税法に精通し、ハワイ税務のコンサルティングも行っている。趣味はロックギター演奏。

マネー研究所新着記事