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リーダーのマネジメント論

「人事は不公平」に挑むアイリス流の360度評価 アイリスオーヤマ社長 大山健太郎氏(中)

2017/3/21

 ――大山社長が家業を継いだとき、社員は何人だったのですか。

アイリスオーヤマは家電事業に本腰を入れている(同社のLED照明)

 「5人です。私も40歳代までは技術でも売り上げでもなく、人が足りないとばかりいっていた。足りなかったから、弟を1人1人引っ張ってきた(笑)。もちろん今でもよりいい人はほしいし、人手不足です。しかし、私は今でも、海外の工場を立ち上げるときも、どこかの商社から引っこ抜いたりしません。英語もしゃべれない、現場から育った高卒の人を工場長にします。中途採用はしていますが、ヘッドハンティングは一切やりません。今いる社員が頑張って成長すれば、周りも成長します。何より、どこかの大会社から偉い人がいきなりきたら、部下は仕事しなくなります。海外の4番バッターを高い金で引っ張ってきても、そういう人はいずれまた金で逃げていきますよ」

■大阪のベテランエンジニアを採用

 ――アイリスは13年、大阪市内に家電の開発センター(大阪R&Dセンター)を作り、家電メーカーのベテランエンジニアが続々と入社しています。今は宮城に拠点を置かれていますが、大阪に拠点を作ったのは、もともと大山社長の出身地ということもあったのでしょうか。

 「地元というのは、正直、後付けですね(笑)。シャープやパナソニック、三洋電機(当時)など、大阪の家電メーカーの経営が厳しくなり、技術を持っていたけれどリストラされた人たちが大量に出ました。その受け皿になったのです。我々は、もともと家電にも数多くのアイデアがあり、家電事業をやりたかったしね」

 「当初、彼らに仙台にきてもらおうと思っていました。しかし、リストラされた人の大半が40歳代、50歳代以上の家庭のある人で、いまさら単身赴任で仙台までいけないといわれてしまった。きてくれる人もいたけど打率は2割くらい。残り8割の人を採用するには、会社を大阪に作ればいいんじゃないかと。それでも、滋賀県や門真市(大阪府)、八尾市(同)などメーカーによって工場がバラバラだったので、全員にとって一番便利な場所を探して、(大阪市の)心斎橋にビルを買ったのです。この家電開発、非常にうまくいって今では売り上げの4割を占めるようになりました。あともう少しすれば、とんでもない会社になりますよ」

大山健太郎(おおやま・けんたろう)
 1945年大阪府生まれ。64年大山ブロー工業代表者に就任。91年アイリスオーヤマに社名変更。著書に「アイリスオーヤマの経営理念 大山健太郎 私の履歴書」(日本経済新聞出版社 )がある。71歳。

(松本千恵)

 前回掲載「『クビになっても』アイリス社長が説く震災対応 」では、東日本大震災発生時の危機管理などについて聞きました。

「リーダーのマネジメント論」は原則火曜日に掲載します。

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