吉本とトニー賞の名優 ダンスアカデミー開校の狙い
この1~2月、全国の6会場で、あるオーディションが進んでいた。400人近く集まった応募者は、国際的なダンサーを夢見る若者たち。審査にあたるのはヒントン・バトル。演劇やミュージカル界で最高の栄誉とされるトニー賞を、アフリカ系アメリカ人で初めて3度受賞した実績を持つブロードウェイの名優だ。彼と吉本興業が組んで、4月10日にダンサーの養成学校「ヒントン・バトル ダンスアカデミー(HBDA)」を都内に開校する。その生徒を選ぶ第1期生オーディションなのだ。
最終地・東京での開催は2月12日。審査はワークショップ形式で進み、参加者はバレエ、モダン、ヒップホップ、タップの順に各々がアピールした。第1次の通過者を対象に最終オーディションが3月5日に都内で催され、34人が合格した。
HBDAを卒業したダンサーは、国内はもちろん、ブロードウェイ公演など世界での活躍を目指す。そのため、ヒントン自身や彼が選んだ講師(ブロードウェイで活躍する振付師やダンサー)から、最大3年間、無償でレッスンを受けられる。英才教育を施して、日本から世界的なダンサーを育てようという試みなのだ。
ダンスが学校の授業に取り入れられるなど、ダンス人口の広がりを受けて、吉本はキッズや一般向けのダンススクールや、気軽にダンスを楽しめるアプリの開発などの周辺事業も立ち上げる。
吉本のスクール事業は、1982年にお笑いタレントを養成するNSC(吉本総合芸能学院)を開校したのが手始め。ここからダウンタウンやナインティナインら多くのスターが生まれた。2007年には姉妹校として、スタッフを養成するYCCを開校。そして、ショービジネスのグローバル化を見据えて、ダンサーの育成に乗り出したのが今回のHBDAだ。さらに数年以内に、ヒントンらを講師に起用して、沖縄に世界のエンタテインメントを学べる専門学校を設立する計画がある。
日本人の課題は自己表現
ヒントンと吉本は30年来のつきあい。87年、なんばグランド花月のこけら落としのショーに主演したのがきっかけだ。13年には26年ぶりに再演するなどで吉本との絆を深め、HBDA設立につながった。昨年10月、開校を発表した会見で大崎社長は、「数年後にブロードウェイで新しいミュージカルを制作する企画も用意している。人材育成の流れの先に出口をつくれるのが我々の強み」と、本場アメリカでのショービジネス参入も視野に入れていることを明かした。
とはいえ、実際のブロードウェイの舞台では、アジア人俳優が演じられる役柄は限られ、いまだ狭き門なのも事実。そこで活躍できる日本人を、本当に育てられるのか。それには、自身の経験が役に立つと、ヒントンは言う。
「70年代、80年代、ブロードウェイに出ていたとき、黒人の役は非常に限られていた。でも、自分はあきらめずに頑張った。今は黒人の役も増えたが、その変革を担った1人という自負がある。変化を恐れず、先頭に立って業界を変えていくという気持ちが一番重要だ。HBDAでは、テクニックだけではなく、どうすれば業界で成功できるかも、自分の実体験を通して教えるつもりだ」
日本人ダンサーを育てるうえでの課題や方針も明確だ。日本のテレビ局の深夜番組でダンサー発掘を手がけた経験などから、「日本人は感情をあらわにして、自己表現するところが弱い」と指摘。「もっと自由になっていい、ということをしっかり伝えたい」と、熱く語る。
映画や音楽の世界では、国際的に活躍する日本人が増えているが、ミュージカルや演劇はまだ少ない。成功例が1つでれば、状況は大きく変わるだろうから、HBDAにかかる期待は大きい。
(日経エンタテインメント! 小川仁志)
[日経エンタテインメント! 2017年4月号の記事を再構成]
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