ブラームス没後120年 故郷の新ホールで奏でた交響曲
クラシックCD・今月の3点
トーマス・ヘンゲルブロック指揮NDR(北ドイツ放送協会)エルプフィルハーモニー管弦楽団
「エルプ」は聞き慣れない単語だが、ドイツのハンブルク付近で北海へ注ぐエルベ川(Die Elbe)を意味し、フィルハーモニーなど他の単語に組み合わさると「e」がとれ、発音も「ベ」から「プ」へ変わる。今年1月11日、ハンブルクのエルベ川沿い再開発地区に古い倉庫とウルトラモダンな超高層ビルを組み合わせた「エルプフィルハーモニー」がオープン。日本の音響設計家、豊田泰久氏が手がけた最新鋭のホールを新たな本拠に得た北ドイツ放送交響楽団は、楽団名もNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団に改称した。
3月に同管弦楽団と日本ツアーを行った首席客演指揮者でポーランド出身の若手(34歳)、クシシュトフ・ウルバンスキは新しいホールの音響について、こう語った。
「以前の演奏・録音会場のライスハレは古い建物で、すべての音がまろやかに溶け合い、心地のいい響きがした。これに対しエルプフィルハーモニーはオーケストラのすべてのセクション、個々の奏者の音が明瞭に分離して聞こえる。それをいかにして均質な響きに整え、新しい時代の解釈を究めるか。私たちは大きな挑戦の機会を授かった」
日本公演では、すでに新たなサウンドの兆候をはっきり示した。ドイツ人指揮者ハンス・シュミット=イッセルシュテットによって第2次世界大戦が終わった年、1945年に組織され、クラウス・テンシュテットやギュンター・ヴァントら歴代の首席指揮者がはぐくんできた北ドイツ放送響の音は深く、ダークなものだった。ウルバンスキとの組み合わせでは、弦の渋い音色は残しつつも、より柔軟で透明度の高い響きへの志向が際立った。
現在の首席指揮者、トーマス・ヘンゲルブロックは正式オープンに先立つ2016年11月16~19日、エルプフィルハーモニーで最初のCD録音を行った。ハンブルク出身で17年が没後120年に当たるブラームスの「交響曲全集(第1~4番)」の第1作、この「交響曲第3&4番」である。
北ドイツ放送響のブラームス全集はシュミット=イッセルシュテットで1種、ヴァントで3種が発売されており、ヘンゲルブロックはヴァント最後の録音以来ほぼ20年ぶりの取り組みに当たる。CDは第4番、第3番の再生順だが、4番の冒頭には大きな驚きが用意されている。ブラームスが自筆譜に記しながら、出版譜では採用しなかった4小節の導入句を第1楽章に先立ち、演奏したのだ。最初は違和感を覚えるものの、繰り返し聴くうちに、独特の効果を発揮していることに気付く。
ヘンゲルブロックは1958年、ハンブルクと同じ北海沿いの街ウィルヘルムスハーフェンに生まれたドイツ人指揮者。元は古楽の泰斗ニコラウス・アーノンクールの薫陶を受けたヴァイオリニストで、85年にフライブルク・バロック・オーケストラの設立にかかわり、指揮へと進出した。ブラームスは「ドイツ・ロマン派」の一言で語られがちだが、実際には中世・ルネサンス期から同時代までの音楽への膨大な知識を駆使して異なる様式の素材をいったん解体、自作の中に再構築した点で、続く20世紀の作曲技法の先がけをなした。
ヘンゲルブロックは古楽での体験も踏まえ、ブラームスの交響曲に潜む様々な時代の音楽語法の痕跡をこと細かに、明るみへと引き出していく。シュミット=イッセルシュテットやヴァントと全く異なるアプローチを打ち出す上で、エルプフィルハーモニーの音響は強い味方と思われる。続く第1、2番への期待が募る。(ソニー)
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実はブラームスの記念年にちなみ、ハンブルクのもう一つのオーケストラも一足先に交響曲全集を完成させている。ハンブルク州立歌劇場の管弦楽団、ハンブルク・フィルハーモニーが先代の音楽総監督シモーネ・ヤングの指揮で、2007~10年に録音したものだ。面白いことに収録場所は、エルプフィルの旧本拠であるライスハレ。クロアチア系オーストラリア人のヤングは東京二期会が昨年上演した「ナクソス島のアリアドネ」(R・シュトラウス作曲)で、女性指揮者への偏見を一切寄せ付けず、強じんで雄大な音楽を東京交響楽団から引き出したばかり。ブラームスでもオペラで鍛えた「ドラマの語り部」の能力を全開し、ある意味ではヘンゲルブロックよりも「男前」の演奏に徹している。(独エームス、日本の輸入販売元はナクソス・ジャパン)
マリン・オルソップ指揮ボルティモア交響楽団
ジェニファー・ジョンソン・カーノ(メゾソプラノ=第1番)
ジャン=イヴ・ティボーデ(ピアノ=第2番)
ニューヨーク・フィルハーモニック黄金時代の指揮者として頭角を現したマエストロ(巨匠)、レナード・バーンスタイン(1918~90年)が亡くなって27年、来年には生誕100年を控える。本人は指揮以上に作曲で評価されることを切望し、「『ウエストサイド・ストーリー』だけの作曲家と思わないでほしい」と生前、何度も語っていた。交響曲も3曲を完成、バーンスタインの教えをじかに受けたニューヨーク生まれの女性指揮者でボルティモア響の音楽監督、オルソップはすでに「第3番『カディッシュ』」を発売しており、今回で師の交響曲全集録音を完成した。
エルサレムの破壊に苦しむ民の嘆きを描いた1942年の「エレミア」、オーデンの同名の詩に触発された48年の「不安の時代」の2作は第2次世界大戦の前後に作曲された。「今までずうっと『時代の危機』『信仰の危機』が生む苦難について、作品を書いてきた」と、バーンスタインは77年に述べたが、それは「分断」が取り沙汰される米国社会の現状に対しても、有効なメッセージであり続ける。
作曲者自身の2度にわたる録音に比べ、オルソップのアプローチはバランス感覚に優れ、シリアスな作品でも一定の大衆性を備えたバーンスタインのポップな側面がより素直に浮かび上がる。フランスの名手、ティボーデの華麗なピアニズムも指揮者と同じテイストを共有している。(ナクソス・ジャパン)
ジャン・ロンド―(チェンバロ)
ソフィー・ジェント(ヴァイオリン)、アントワーヌ・トゥーシュ(チェロ)、エヴォレーヌ・キーナー(バスーン)ほか
ディナスティ(王家)とは18世紀の音楽史に燦然(さんぜん)と輝くバッハ・ファミリーを指す。アルバムの軸は、一族の家長で「音楽の父」あるいは「大バッハ」とあがめられたヨハン・セバスティアン(JS)が他の楽器の独奏のために書いた協奏曲をチェンバロ用に再構成した第1番ニ短調、第5番ヘ短調の傑作2曲が担う。
大バッハ最初の妻マリア・バルバラとの間に生まれた長男で才能にも恵まれながら、破滅型の性格で不遇のうちに亡くなったヴィルヘルム・フリーデマン(WF)の作品からは鍵盤楽器用ソナタの緩徐楽章をロンド―が協奏曲風に編曲した「ラメント(哀歌)」が選ばれ、その人生を象徴する。先妻の死後に再婚したアンナ・マグダレーナとの間の末っ子で、ロンドンに渡ったヨハン・クリスティアン(JC)からは長くWF作と思われてきたヘ短調の協奏曲。ベルリンで活躍した次男、カール・フィリップ・エマヌエル(CPE)が数多く作曲したチェンバロ協奏曲では、1748年作のニ短調。
演奏は1991年生まれのチェンバロ奏者、ロンド―と第1ヴァイオリンのジェントが率いる各パート1人ずつのアンサンブル。21世紀の若いフランス人たちは、3世紀前のドイツを席巻した偉大な音楽ファミリーの交流の足跡に確かな物語を見いだし、短調系の切迫した雰囲気の協奏曲の「すごみ」を、ロック顔負けの強烈な響きで現代によみがえらせる。(ワーナークラシックス)
(コンテンツ編集部 池田卓夫)
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