会社帰りに「死んで」みた 終活への関心、若い世代も
ある平日の午後9時すぎ。東京都豊島区の寺院、金剛院の敷地内にある建物の入り口から光が漏れ、ぞろぞろと女性たちが出てきました。彼女たちはみな、同寺で開催された「死の体験旅行」というワークショップに参加していました。平日の夜、会社帰りに「死」を体験するというこのイベントは、チケットがすぐに完売するほどの人気です。
「終活」は高齢者だけの関心事かと思えば、実はそうではないようです。寺やカフェで行われる「死を見つめる」イベントを支える僧侶や関係者に話を聞きました。
「大切なもの」を次々捨てて、死に至る
金剛院で月1回開催されているワークショップ「死の体験旅行~自分と向きあう大切な時間」は、敷地内のコミュニティースペース「蓮華堂」の一室で、倶生山なごみ庵(横浜市神奈川区)の住職の浦上哲也さんを迎え、死を思考で疑似体験するというものです。運よくチケットが手配でき、筆者も参加してみました。
開始前に会場に入ると、既に満席。左右の壁に向かって座る男女が30人ほど。前だけを見てただ無言で座っている人々の姿は、学習塾、あるいは説教部屋のようです。
この「旅行」の参加者は、座ったままで、ファシリテーター(進行役)である浦上住職が読み上げるストーリーを聞きながら、死を前にしたときの自分の心を想像します。事前に自分の「大切なもの」を紙に書いて机の上に並べておきますが、ナレーションの進行にあわせてそれらから1枚、ときには複数枚を選び、グシャリと手のひらで潰し、床に捨てていくのです。
死が近づくと、残された紙が減っていきます。そして最後に残ったものは、なんだろう――を考えるというものです。その1枚は、自分の人生で、どういう意味があるのか。終わりのほうで、その結果について4、5人のグループと、全体とで2回シェアする時間があります。死ぬ寸前まで自分が何に執着をして、それが何を意味するのかを、グループワークで話す中で気づきがあり、面白い体験でした。その回では、最後に残ったものが「大切な家族(とりわけ母親)」という人が多かったのですが、中には「iPhone」という人もいました。「歌を歌う」という行動を選んだ人もいました。
人生には選択肢が多すぎる
筆者がそこで気付いたことが2つありました。まず、人生で最後まで手離したくないものとは必ずしも「自分にとって大事な人」ではなく、人生で執着しているものなのだ、ということでした。意外にも、この世界で一番関係性に問題があり、人生の悩みの種である肉親が最後の1枚に残りました。「彼女とは、このままの関係で終わりにしてはいけない」と無意識に感じていたのだ、と自分の心の内を知ることができて、驚きました。
もう一つ気付いたのは、人生には選択肢が多すぎる、ということ。紙を捨てる過程が非常に苦しかったのです。生きるということは常に能動的に何かを決めないといけないという現実に改めて考えが及びました。死んだ瞬間は、その全てから解放されたような気分でとてもスッキリし、あまり恐怖を感じることはありませんでした。
参加者の多くが「死を想像したことで、今自分が生きていることを改めて考えさせられた」「有意義な気づきだった」と、満足そうでした。
みんなで"死んだ"後は、「今日は命日ですね。ここにいる人たちはみな同じ日ですね」というユーモアたっぷりの浦上住職の言葉で会は終了。自己紹介の時間があるわけでもなく、職業も名前も明かさず、ただ一緒に「死」を考えただけの2時間。参加費用は3000円。次回のチケットも既に完売で、人気の高さが伺えます。
さらに死に近づくための体験イベントもあります。
散骨事業からスタートし、船上葬などの企画・サービスを提供しているハウスボートクラブ(東京・江東)は2015年2月、ライフコミュニティカフェ「ブルーオーシャンカフェ」を東京・住吉にオープンしました。介護や葬儀など生と死の相談ができるカフェとして人気となり、遠方からの来客も多いそうです。「想定していたよりも若い世代が多く、お客様は40~50代が中心」(ハウスボートクラブ社長の村田ますみさん)といいます。
棺おけに入り、人生の幕引きについて考える
ブルーの外観に、木の温かみを感じさせるインテリア。メニューはロコモコ丼(890円)やアサイーボウル(800円)など、カジュアルなハワイアンスタイル。店内には1つ75万円もする、スワロフスキーとコラボして作られた美しい骨つぼも飾られています。
このカフェでは、隔月で「自分を見つめる入棺体験~棺の中で耳をすませば~」を開催しています。これは「棺おけに入る」という体験を通して人生の幕引きについて考えるワークショップで、昨年7月にスタート。僧侶を1人ずつ招いて、これまでに4回実施しています。
「『棺おけの中でお経を聞いてみたいね』という僧侶の一言で始まったものですが、すでにリピーターもいて反響は上々」(村田さん)。参加費用はドリンク込みで2500円、人数は最大で8人まで。1人が入棺する時間は3分ほどで、その間、僧侶がお経または弔辞を読み上げます。弔辞は、自分以外の誰かが自分を送る言葉を自分で想像して、その場で書きます。
カフェではほかに「海洋散骨と手元供養」、「医療に効くエンディングノート」や、「認知症カフェ『ラウレア』」などさまざまな交流イベントを実施しています。大切な人を亡くした後に体験する悲しみや喪失感を癒やすグリーフケアについてのワークショップもあります。
やはり入棺体験イベントを2013年から開催しているというウィルライフ(東京・港)は、機能性を重視した頑丈な紙素材(一部、国産スギ間伐材を使用)の組み立て式の棺おけを開発、販売する会社です。同社の「エコフィン イズ」は蓋の上にマジックでイラストや「ありがとう」などのメッセージを書いたり、故人の好きだった着物の布を飾ったりしてその人らしく演出できるというもの。紙素材のため環境にやさしく、1棺ごとに1本、モンゴルに木を植えるという社会貢献活動も行っているそうです。
「エコフィン イズ」に入る入棺体験イベントは、外部で開催したものも含めると参加者は延べ200人以上。30代と40代で過半数を占めるといいます。過去には、海外から超高齢化社会・日本の葬祭ビジネスを取材しにきたジャーナリストも入棺を体験しました。リピーターも多く、その多くが「棺おけに入る」体験そのものより、死や葬儀についてディスカッションができる場であるところに価値を見出しているそうです。
「送る立場」としての終活
40代以上になると、親の介護やみとりが現実的になってくる人が増えます。「送る立場」として終活に関心を持つ人も多いようです。
「葬儀は人生の卒業式。だからこそ、葬儀社のいうままに行なうのではなく、生前のその人らしさあふれる形で行えたら理想的。故人を送るにあたって、遺族に悔いが残らないようにすることが大切です」(ウィルライフのカスタマーサービス担当・安田かほるさん)
生前から棺おけを購入し、自宅に置いている高齢者もいるそうですが、一方で「葬儀の話などしたくない」という高齢者もいます。状況は家庭によって違います。送る側がいざというときを考え「今のうちに準備をしなければ」と思っても、当人が死の準備に積極的でなければ、死や葬儀の話は避けたほうがよさそうです。
「大事なのは、今、生きている家族とどう向き合うのか。送り方は人それぞれ。故人が好きだったものや、その人らしさがしのばれるものを用いて集まった方が思い出を共有し、心からのお別れができる葬儀が理想ではないでしょうか。そのためには、大切な家族や、親しい人と、生きている間にどういう関係性を築けるかが大切だと思います」(安田さん)。死を通して今を見つめるとはこういうことなのかもしれません。
ウィルライフでは現在、定期的な入棺体験イベントは行っていませんが、リクエストに応じて開催することはあるそうです。
終活が盛んなのは日本だけではありません。米国・ハワイのパロロ本願寺では、寺の行事の一環として「生前葬」を開催しています。住職の「生前葬をやってみませんか」という提案に、手を挙げた50代の日本人女性が参加しました。
「自分の葬儀の際には絶対に流してほしい曲があったので、それを流してもらい、ダンボールで作られた棺おけの中でそれを聴きながらニヤニヤしていました。家族にはこの生前葬でお焼香もしてもらったので、『もうこれで私の葬儀はすんだから、あとは、死んだら火葬だけお願いね』と話してあります。結婚式は2回、3回してもいいけど、葬式は1回だけ。遺族の負担を少なくできたことにも妙な満足感があります」(参加した50代女性)
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今回印象的だったのは、比較的若い世代の「終活」をサポートしているのが、やはり同じくらいの世代の僧侶たちだったことでした。終活が広まったからといって、従来からの寺や葬儀のあり方がすぐに変わることはないかもしれませんが、「死をみつめること」を通して確実に気持ちのありようは変わります。
自分自身や家族のゴールに向かって、今生きているこの世界で何をすればいいのか、ひとつひとつパズルを解くように解決していければ理想的です。「死ぬことそのものよりも、死を避けていることのほうが怖い」という人もいました。生きているからこそ必要な、心の中の不安や恐れ、とらわれをひとつひとつ取り除き、納得していく作業。それが終活なのかもしれません。
(ライター 大崎百紀)
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